ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

イサクとヤコブ


  イサクには、十四歳年上の兄がいました。七十五歳にして不妊の妻サラの妊娠を諦めて、サラの女奴隷のエジプト人ハガルとの間に設けた子イシュマエルでした。異母兄弟です。

  閉経後のサラにイサクを宿らせたのは、神でした。神は、アブラハムに約束した相続人である子孫、イサクを妻サラから生み出されました。

  「奴隷の子は、わたしの子イサクと一緒に跡取りになるべきではありません」というサラの強い願いと、神の御思いに従い、アブラハムは、女奴隷ハガルとその子イシュマエルを送り出しました。

  アブラハムにとってイシュマエルは、八十六歳にして初めて腕に抱いた我が子でした。イシュマエルが相続する子だと思い、愛情をこめて育てていました。アブラハムにとって、つらい出来事でした。

  アブラハムは、イサクにイシュマエルの分も愛情を注ぎました。イサクは父の愛に守られて、父を慕い、父に信頼して成長しました。

  イサクの記憶のうちに、乳離れする時まで一緒にいた兄イシュマエルの存在が残っていたと思われます。イシュマエルは、共に暮らした家族でした。

  いつも側にいてからかったり、構ったりしてくれていたお兄さんが、突然、家からいなくなった事は、幼いイサクにとって心にぽっかりと穴が空くような衝撃的な出来事だったでしょう。

  大変な喪失感を味わったと思われます。しかし、母サラの激怒する様子や大人の緊迫した様子に、この事には触れてはいけないと幼いながらも察したのかも知れません。

  粗野な兄でしたが、イサクにとっては遊んでくれる楽しい存在だったのかも知れません。

  イサクの心奥深くに眠っていた兄イシュマエルへの思いが、イシュマエルに似た我が子エサウを愛させたのかも知れません。

  エサウは、相続人になるには、問題ありの人物でした。神も彼を退け、弟ヤコブを選んでいました。エサウは、長子として生まれていただけで、自覚もなければ素養もない、全く相応しくない者でした。エサウは、ヤコブに長子の権利を売り渡しました。

  しかし、父ヤコブはエサウを愛していました。幼い頃に失った大事な兄との家族関係を、エサウを愛する事で埋めていたのかも知れません。

  弟ヤコブは、生まれる前から神に選ばれた者でした。それなのに、父イサクの愛は神に退けられている兄エサウに向けられていたのです。父イサクは、神に退けられている長子エサウを憐れに思ったのでしょうか。

  双子の弟ヤコブは、父の愛が自分に向けられていないのを身に沁みながら育った事でしょう。父の祝福の祈りを受け取るには、エサウに成りすまさねばなりませんでした。ヤコブとしてでは、祝福してもらえません。

  父の祝福の祈りを奪われたエサウは、ヤコブに殺意を持ちました。ヤコブは、母リベカの兄のもと、伯父のもとに逃げました。


  長子の権利と祝福の祈りを受け取ったヤコブでしたが、約束の地カナンから出て行く惨めさと先が見えない不安、寄る辺ない身の上に打ちひしがれていました。

  旅の途中で、石を枕にして眠ると、夢を見ました。一つの梯子が地に向けて立てられています。その頂は天に届き、神の御使い達がその梯子を上り下りしています。主が立っておられます。そして、いわれました。

  「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫に与える。あなたの子孫は、地の塵のように多くなり、あなたは西、東、北、南へと広がり、地上のすべての民族は、あなたとあなたの子孫によって祝福される。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」

  翌朝早く、ヤコブは、誓願を立てて言いました。

  「神が私と共におられ、私が行くこの旅路で私を守って下さり、私に食べるパンと着物を賜り、私が無事に父の家に帰る事ができ、主が私の神となって下さるので、すべてあなたが私に賜る物の十分の一を私は必ずあなたに献げます。」

  ヤコブは、枕にした石を石の柱として立て、油を注いで神の家とし、その場所をベテルと呼びました。こうして、ヤコブは目に見えない神に仕えるアブラハムの信仰の相続人となり、また、カナンの地(現イスラエル)を神の家に、ヤコブの子孫を神の家にする事を誓ったのでした。

  伯父ラバンの家でヤコブは仕えました。ヤコブから事情を聞いたラバンは、帰る場所のないヤコブをいいように使いました。ラバンのふたりの娘をヤコブの妻として与え、神によって祝福されているヤコブの祝福を、ラバンは報酬を変えて自分のものとし、ヤコブを引き留めました。二十年経って、ヤコブは、妻と子供たちと自分の財産を持って、伯父であり、舅であるラバンのもとを離れ、カナンの地にいる父イサクのもとへ帰りました。

  ヤコブは、兄エサウを恐れていました。エサウへの贈り物を用意し、策略を練りました。その夜、ある人が夜明けまで彼と格闘しました。その人は、ヤコブに勝てないのを見て取ってヤコブの腿のつがいを打ったので、ヤコブの腿のつがいが外れました。それでも、ヤコブは離しません。

  父イサクにとって小さな存在であり、伯父ラバンにいいものにされたヤコブに、安
心できる保護者はいませんでした。自分を受け止め守ってくれる力強い父の愛に飢えていたヤコブ。ヤコブは全身全霊で神にすがりつきました。決して離しません。祝福して下さい。私を祝福して下さい、とヤコブの霊は叫んでいました。

  その人はいわれました。「あなたの名は、イスラエルだ。あなたは神と戦い、人と戦って、勝ったからだ。」

  その後、ベテルに上り、兄エサウから逃れていた時に現れた神のために祭壇を築きました。神は再びヤコブに現れ、祝福されました。

  「あなたの名はイスラエルでなければならない。」
  「わたしは全能の神である。生めよ。増えよ。一つの国民、諸国の民の集いが、あなたから出て、王たちがあなたの腰から出る。わたしはアブラハムとイサクに与えた地を、あなたに与え、あなたの後の子孫にもその地を与えよう。」

  アブラハムの神が現れ、ヤコブは神から直接祝福を受けたのでした。こうして、ヤコブ(イスラエル)は、アブラハムの神、イサクの神の契約と祝福を相続する者となったのです。