ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

イエスの祈り


  イエスは苦しみもだえて、祈っておられました。ゲッセマネでのことでした。


  十二弟子のひとり、イスカリオテのユダが、剣や棒を手にした大勢の群衆を連れ立ってやって来て、イエスを捕まえる直前のことです。群衆は皆、祭司長、律法学者、民の長老達から差し向けられたものでした。

  その晩、イエスは大祭司のところに連れて行かれ、裁判にかけられました。自分をキリストとして神を冒瀆した罪で、処刑することを協議した祭司長、民の長老達全員は、イエスを縛って連れ出し、総督ピラトに引き渡しました。

  総督は、イエスに尋ねました。「あなたは、ユダヤ人の王ですか。」


  イエスは彼にいわれました。「その通りです。」


  ピラトは、イエスに罪を見つける事は出来ませんでしたが、祭司長達がイエスを厳しく訴えました。ピラトは、祭司長達に扇動されて叫ぶ群衆の機嫌を取るために、イエスを鞭打って後、十字架につけるようにと引き渡しました。


  イエスが十字架につけられる前日、イエスと弟子達は、エルサレムで最後の晩餐を終えて、オリーブ山に出かけて行きました。


  イエスは、弟子達にいわれました。「あなたがたは皆、つまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊は散り散りになる』と書いてありますから。しかしわたしは、甦ってから、あなたがたより先に、ガリラヤへ行きます。」


  オリーブ山のゲッセマネという所に来て、イエスは弟子達にいわれました。「わたしが祈る間、ここに座っていなさい。」

  そして、ペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れて行かれ、そこで、イエスは深く恐れもだえ始められました。そして、彼らにいわれました。


  「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、目を覚ましていなさい。」


  それから、イエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈り、こういわれました。


  「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたの御心のままを、なさってください。」


  イエスは、人々の罪の身代わりの生贄の子羊として、天から来られました。十字架につけられるために、人の子となられた、神の御子でした。

  神に遣わされた神の子羊イエスに、いよいよ、この地上に来られた目的を果たす時が来たのです。


  イエスは神の御子ではありますが、100%女から生まれた人の子でもありました。肉体を持っており、お腹もすけば、傷みを受け、苦痛を感じる、他の人々と変わらない人でした。


  御父に従順に従われたイエス。父に聞き、父のことばを語り、父のわざを行い、父と一つとして歩まれたイエス。しかし、父から引き離される時がやって来たのです。


  御子には初めての経験です。天地万物を創造する以前から、永遠の昔から、父と不離一体の御子でした。父のおられない世界、死の世界に入らなければならない、御子の苦悩ははかり知れないものでした。

  地上で歩まれる間、聖霊がともにおられ、御使いが仕えていました。父のことばを受け、光のうちを歩まれました。しかし、父のことばもなく、聖霊もおられず、仕える御使いもいない、全き闇にひとりで入って行くのです。

  闇に勝利しなければ、闇にのまれていまいます。勝利の決め手は、神の子羊の血です。十字架で血を流さねば、勝利が得られません。

  十字架は、神の呪いです。子羊イエスは人類のすべての罪を負って、父の呪いを一身に受けるのです。罪の贖いの子羊イエスの血が流される事で、イエスの十字架は、神の赦しとなるのです。

  御子は、いつも父に愛され、父に守られてきたのです。この心を尽くして、精神を尽くして、思いを尽くして、知力を尽くして愛し、従ってきた父から、捨てられるのです。


  神は、何も罪を犯さなかった御子に、すべての憎しみとすべての怒り、すべての呪いを下されるのです。罪深い人々を義とするために、全き聖であり、全き義であり、全き愛であるご自身の御子を呪い、ご自身から断ち切られるのです。


  イエスも父とともに創造した人類を愛していました。彼らを死の滅びから救い出すために、神の子羊として、世に来られたのです。


  この世の救いを実現させるために、イエスは十字架を負いました。

  イエスの祈りは、肉体を持つ人の子の祈りでもあり、神の御子として父にすがる祈りでもありました。アバ、父。お父ちゃん、とイエスは、父に心を注ぎました。「どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。」

  しかし、イエスはわかっていました。このために、世に、地上に来たことを。人類を救済する神のご計画のために、人の子となって、この世に遣わされていることを。

  人類を救うために、御父も御子も、御自身の大事なものを捨てられたのです。

  イエスは祈られました。「しかし、わたしの願うことではなく、あなたの御心のままを、なさってください。」


  イエスは、父に従われました。イエスの祈りは、父に従うための祈りでした。すべての不安や恐れ、すべての感情を神の前にさらけ出し、最後は、自分の願いではなく、父の御心のままになるようにと祈られました。

  イエスは、神が義であられ、神の御心が最善であることを知っていました。それで、子羊イエスは、甦り、神の右の座、栄光の御座に着座されました。


  神の御心は、子羊イエスによって成し遂げられたのです。子羊は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足されます。


  イエスの祈りは、神の御心を讃え、御父のご栄光を現わすための祈りでした。