ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

神は酸素のようなお方です

 

  夫婦など付き合いが長くなると、相手のことを、空気みたいな存在、と例えたりします。

 

  そばにいても気にならない楽な存在という意味もあり、相手を気遣ったり意識しなくても居られる居心地の良い存在という意味もあり、普段は意識していないけれど、無くなったら生きられない大切な存在という意味もあります。

 

  神の存在を例える場合は、空気ではなく、酸素のような存在でしょう。人は、空気に取り囲まれて存在していますが、その中から、酸素を体に取り込んで生きています。

 

  酸素は、血液に入って体中を行き巡り、内臓を機能させます。酸素が不足すれば、その臓器の働きは衰えていきます。やがて、不具合を起こします。

 

  呼吸機能が衰えると、呼吸の活動が低下して、酸素吸入が必要となります。その時、人は酸素を意識します。

 

  自分が呼吸をしていることを意識して生きている人は、ほとんどいないのではないでしょうか。特に、何かに夢中になっている時に、今私は空気を吸った、今私は息を吐いた、なんていちいち確認し、呼吸を意識していることはないでしょう。

 

  自分の意識のほかで、呼吸し、臓器は動いているのです。意識しなくても、生きているのです。それが、生かされているということです。

 

  ある人は言いました。

  「尿意を感じて目が覚め、トイレに行って、あ~あ、私の中で神が働いておられる、と思ったのよ。私が寝ている間も、私の体の中で、私を生かしておられる神が働き、消化し排泄に向けて作業し、心臓や臓器は活動し続けている。これって、神の働きなのよ。」

 

  その人が何を言っているのか、私には理解出来ませんでした。しかし、今ようやくわかるようになりました。

 

  神は、機能として、人に現れて下さっているのです。神なんていないと言っている人の内でも、いのちの神は働いて、酸素を送り人を生かしておられます。

 

  目に見えない酸素は、人間が生きるためになくてはならないものです。大切なものは、肉眼では見えません。

 

  神は、木々や植物に光合成の働きを与えて、酸素を生み出させます。万物を造られた神は、各々に役割を与えて、それぞれの機能を用いて互いを生かすために共存させておられます。人は、木々等環境を管理する者としての働きを任命されています。

 

  肉眼で見えるものの存在を通して、神を知るようにされているようです。大切な人を与えたり、愛するものを取り去ったり、人の心を砕かれます。

 

  この世の営みの中で、心砕き忠実にことを行う人、他人のものに忠実な人は神から遠く離れてはいません。

 

  神は、そのような人には、肉眼に見えるものが取り去られると、目に見えないものを与えられます。キリストに出会うチャンスが用意されているのです。

 

  目に見えるものに忠実だった人は、見に見えないものにも忠実です。他人のものに忠実であった人は、自分に与えられた神の恵みを大切にし、神から預かった働きに誠意をもって仕えます。

 

  目に見えるものを信じ、肉の目で見えるものに従って生きている人間も、霊なる神を信じ、霊の目で生きることを学ぶ人も、神の酸素によって生きているのです。

 

  神の酸素を失うと、生きていかれません。肉体は死んでしまいます。しかし、目に見えない霊の部分で生きる人は、肉体に死んでも、神の霊で生き続けます。

 

  何故なら、神の霊で生きる人は、永遠に生きる神の御霊のうちにあるからです。御霊を持つ人は、永遠の神の御国に入り、キリストの御霊を持たない人は、神のおられない永遠の火で焼かれるように定められているからです。

 

  命を生かす酸素を意識してみましょう。そして、酸素が無ければ生きていかれないように造られた肉体と肉体を生かす酸素の存在から、霊においても御霊が無ければ生きていかれないという事実があることを知ることが出来ますように、と思います。

 

  活性酸素は害を与えます。神はおひとりです。それなのに、多くの偶像の神々を作って、真の神以外を拝むことは、酸素を活性酸素に変化させてしまうことです。活性酸素は酸素の働きをしません。生かすいのちの神の働きはしないのです。

 

  地上にいる間は、肉体と霊を分けて考えることは難しいですが、肉体が死んだ時に、肉体は魂を入れる器であったことに気づくのです。肉体が朽ちて器の機能を失なったら、霊の器が必要になります。

 

  御霊によって生きて来た魂は、霊のからだを受けます。しかし、そうでない魂は、はだかになります。はだかの者は、神の御国から締め出されます。

 

  神が、生きるための酸素のようになくてはならないお方であることを知り、御霊を求めてください。

 

  神は、肉眼で見るものしか信じられない、霊の目が塞がれた人間にも神がわかるようにと、神の御姿のひとり子の御子を肉体を持つ人の子として、地上に遣わされました。

 

  人が、イエスを見て神を見、イエスのことばを聞いて神を信じるようにされたのです。神は、人の目で見えるかたちをとって、世に現れて下さったのです。

 

  空気のような存在です、という言葉を、目に見えない空気のように存在するのかどうかわからない、と捉える人間には難しいこと、理解不能なことでしょう。

 

  酸素は空気の中にあります。世に満ちているのです。

 

  酸素が無ければ生きていかれない、酸素は必要不可欠な存在だ、と認める人は、神に求めて下さい。

 

  神は、永遠に生きる御霊を与え、キリストの御霊によって、永遠のいのちと霊のからだを与えられるのです。