ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

アダムと人の子

 

  アダムは、塵から造られました。父なる神は、土の塵で人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き入れられた。それで、人は生きる者となったのです。

 

  人は進化して、人になったのではなく、神のご意思で、人の形に形造られたのです。人は、最初から人として現れたのです。受精卵からではなく、赤ちゃんからではなく、大人のかたちで造られました。

 

  海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させるために、そして、神が創造されたものに、名をつける者として、神が設けられたエデンの園に置かれたのです。

 

  神は、いわれました。「われわれに似るように、われわれのかたちに人を造ろう。」

 

  神は、父なる神、子なる神、聖霊の三位一体の神に似せて、人を造られたのです。人は、神とお話して交わることが出来ました。神のことばを受ける者でした。神の御思いを受けて、行動することの出来る者でした。

 

  しかし、人はひとりでした。神の交わりの中に入るために、神のことばと一つとなるために、ひとつとなる交わり方を学ばなければいけません。

 

  神は、人を二つに分けて、ひとつとなることを体得させられました。神が造られた人は、アダムとエバと言う名で呼び合う一体となりました。二つの者が一体となることで、ひとりであった人は、関係性を体験したのです。

 

  アダムとエバは、神のことばの中にいました。神のことばによって生きていたのです。

 

  しかし、ここに悪魔が近づき、アダムとエバの関係のうちに入って来ました。神のことばの中にいたエバを、神のことばの外に導きました。神のことばの外に出たエバが、アダムを誘い、アダムも神のことばの外に出たのです。

 

  神のことばの外に出たアダムとエバは、悪魔に捕らえられ、神のことばのうちに帰ることの出来ない者として、悪魔の支配下に置かれたのです。

 

  それで、アダムから生まれた子らは皆、悪魔の奴隷として、この世で生きる者となりました。この世の人間は、アダムの子として、朽ちて行く土の性質を持ち、生まれながらの人間として肉欲のまま生きて、罪と汚れの中で死んでいくのです。

 

  人が造られた時、神のひとり子もかたわらに居て、神とともに創造する者でした。人は、神のひとり子のために造られたのです。神の御子は、人を大変愛していました。それが、悪魔に奪われてしまったのです。悪魔は、神の御子を憎んでいました。

 

  神は、ひとり子のために、御子が愛した「人」を、悪魔から奪い返す計画をされました。

 

  神は、御子に肉体を造り、人の子として、世に遣わされました。人の子とは、アダムとエバに分かれる前の「人」、神が塵で形造り、その鼻に息を吹き込まれた「人」です。

 

  善悪の木の実を食べる前の「人」、神が非常に良かった、と満足された「人」です。御子は、アダムの子としてではなく、人の子として、処女から生まれました。

 

  人の子は、神の子羊イエスとして、ユダヤ人の中に生まれました。ユダヤ人は、神と契約を持ち、割礼のある民であり、神の律法が与えられている民でした。神のことばの中を歩む民です。

 

  ユダヤ民族は、父なる神が神のひとり子を地上に遣わすために、御子のために造られた民でした。聖なる神、全知全能の神に仕える国民です。

 

  神が用意されたユダヤ民族の中に、御子は、人の子イエスとして生まれました。人の子は、神に献げられる神の子羊でした。神御自身が用意された、聖なる生贄の子羊です。

 

  神の子羊は、祭司の国民ユダヤ民族の手によって、人の罪の贖いのために、聖なる契約の神に献げられたのです。

 

  神は、罪のための生贄である、屠られた聖なる神の子羊イエスを受け取られました。子羊イエスの血を聖なるものとされました。この子羊の血に、すべての罪を洗い清める力を与えられました。

 

  神の子羊イエスは、神に受け入れられて、死から復活しました。そして、神は、イエスを信じる者に聖霊を注がれました。御霊は、彼らのうちに住み、滅びゆく肉の子らに永遠に生きる霊の子として、新しい創造を与えられます。

 

  イエス・キリストを信じる者は、御霊によって新しく生まれるのです。

 

  神は、イエスを、神が遣わされた聖なる神の御子キリストであると信じる者を、子羊イエスの血で洗い清め、「人の子」としてくださるのです。

 

  神のことばから外れて、罪によって汚れた肉の存在であるアダムの子は、永遠に罪ある者として、枯れ木のように火で燃やされ、永遠に滅びます。

 

  しかし、御霊によって生まれた人の子は、罪赦され、罪は無いと宣言される聖なる者として、神の御国で永遠に生きるのです。

 

  世に生れ出た者は皆、アダムの子です。女から生まれた者は皆、アダムの子です。

 

  しかし、神の子羊イエスの贖いの血を受け、御霊によって生まれた者は皆、人の子です。

 

  アダムは肉の子、人の子は霊の子。

 

  朽ちて異臭を放つ肉は、永遠の火で燃やされなければなりません。憎しみも怒りも叫びも呪いも死も、火で燃やされます。

 

  復活した霊は、聖なる神の御子とともに、永遠の神の御国で、永遠に生きるのです。

 

  人の子は、神の御国を神の御子とともに相続する神の子です。人の子は、かぐわしいキリストの香りを放ち、神の御前で安息するのです。

 

  キリストによって滅びから救われた神の子らは、永遠に神の力と栄光と誉れを讃え、賛美と感謝を献げ、愛と喜びと平安に満たされるのです。

 

 

    著作本 『人はどこから来てどこへ行くのか』鍵谷著 (青い表紙の本)

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