世界の教会全体からすれば、携挙の信仰を持つ人の割合は少ないのではないかと思います。携挙という言葉、あるいは空中再臨という言葉を聞いた事の無いクリスチャンも多いと思われます。
携挙は、神に忠実なクリスチャンに用意された恵みなのです。生きたまま天に上げられる、世の混乱と暴虐から救い出される、という測り知れない恵みです。
聖書の中には、ノアの父レメク、レメクの父メトシェラ、メトシェラの父エノクがいますが、このエノクについて書かれた箇所があります。
「エノクは神とともに歩んだ。神が取られたので、彼はいなくなった。信仰によって、エノクは死を見ることの無いように移されました。神に移されて、見えなくなりました。移される前に、神に喜ばれていることが、あかしされていました」とあります。
信仰がなくては、神に喜ばれることは出来ません。神に近づく者は、神がおられることと、神が求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。
エノクには信仰がありました。それで、エノクは、生きたまま天に移されたのです。肉体のまま、永遠に生きる天上の人に変えられたのです。
イスラエルには、神に忠実に仕えた預言者エリヤがいました。エリヤが語る神のことばを憎む王にいのちを狙われても、真っすぐに神のことばを語り続けました。
主がエリヤを竜巻に乗せて天に上げられました。一台の火の戦車と火の馬とが現れ、エリヤは、竜巻に乗って天に上って行ったのです。エリヤも生きたまま、天に上げられたのです。
神に喜ばれる信仰のあるエノクと神に忠実であったエリヤは、主によって、生きたまま天に上げられ、地から天に移されたのです。
神は、終わりの時代にも、神に忠実な者や神に喜ばれる信仰の者を、生きたまま天に上げられるご計画です。一瞬で、また、一挙に地から天に移されるのです。
地の人々は、彼らが上がって行くところを見ることは出来ませんが、世界中至るところで、キリストを愛し、不思議なことを信じ語っていた彼らの姿が消えたことに気づき、驚くのです。
多くのクリスチャンは、携挙の話を知らないので、世の人々と同じように不思議に思います。しかし、携挙の話を聞いて知っていたクリスチャン達は、キリストが来られたことを知って、慌てふためくのです。地上に残されたことに気がついたからです。
再臨待望集会に参加して待ち望んでいた時期もあったのに、油断していました。最後まで、熱心ではいられなかったのです。
携挙の恵みを知っている人々はうろたえます。携挙で聖霊が世を去った後の話も聞いていたからです。聖霊がおられる世に慣れてしまった彼らは、いつでも悔い改めたなら神は赦してくださる、と高をくくっていました。
しかし、世は変わりました。聖霊が居なくなり、神に忠実な神のことばを語る人々も居なくなってしまいました。無法者達が力を増し、よこしまな者達が街を横行し、本当に恐ろしい世界になったのです。
御霊はもうおられません。希望がなくなりました。絶望します。信仰を持ち続けるのを助ける御霊はもうおられないのです。
クリスチャンがキリストを信じると告白することは、命と引き換えになります。むごたらしい死が待っています。信仰を持ち続けることのできる者は幸いです。多くの者は、命を守るために信仰を失います。信仰を失うことは、永遠のいのちを失うことです。
このような状況になる前に、神は、キリストを愛し、熱心に忠実にイエスのために生きていた人々を、世から救い出されたのです。
彼らはキリストを愛する聖なる者でした。それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない」と聖書に書かれてあるからです。
「あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現れのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望なさい。従順な子どもとなり、以前あなたがたが無知であったときの様々な欲望に従わず、あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なる者とされなさい」との、聖書のことばを守っていたのです。
神は多くの前兆をもって、今の時代がどのような時代であるかを知らせておられます。
聖霊が取り去られた世では、信仰があると思っていた者でさえ、信仰を持ち続けることが厳しい状況となります。多くの人は、とっさにキリストを否み信仰を失います。
背教が起こり不法の人と呼ばれる滅びの子が現れます。彼は、すべての神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言する、不法の人(悪魔が権威を与えて立つ指導者)です。
彼がその定められた時に現れるようにと、いま引き止めているものがあります。不法の秘密(神の御子キリストに敵対する悪魔の仕業)はすでに世で働いているのですが、今は聖霊がおられ、御霊の力を行使する神の聖徒らが働いています。御霊が引き上げられるまでは、不法の力と戦い続けて、不法の人が世に現れないように引き止めているのです。
携挙は、信仰により、神の御力によって生きたまま天に引き上げられ、邪悪な世から救い出され、永遠のいのちが守られる奇しい救いのわざです。
地上に残される者の救いは、むごたらしい死によって永遠のいのちを勝ち取る救いです。死に至るまで忠実であれば、いのちの冠を受けるのです。最後まで耐え忍ぶ者は救われます。