ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

信じる人のただ中にある神の国

 

  「シオンの娘よ。喜び歌え。イスラエルよ。喜び叫べ。エルサレムの娘よ。心の底から、喜び勝ち誇れ。主はあなたへの宣告を取り除き、あなたの敵を追い払われた。イスラエルの王、主は、あなたのただ中におられる。あなたはもう、災いを恐れない。

 

  その日、エルサレムはこういわれる。シオンよ。恐れるな。気力を失うな。あなたの神、主は、あなたのただ中におられる。救いの勇士だ。

 

  主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。」      ゼパニヤ書 3:14~17

 

  神に愛された契約の民、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫、ユダヤ人よ。嘆きの時は終わった。喜び叫べ。イスラエルの王の民よ。心の底から、喜び勝ち誇れ。あなたを苦しめた悪魔の企みに勝利したのだ。あなたへの審きは取り除かれ、あなたを訴える者はもういない。イスラエルの王が、あなたの命を狙う敵を追い払われた。今、あなたはイスラエルの王の砦におり、イスラエルの王はあなたのただ中に住んでおられるからだ。あなたは安全で、もう災いを恐れることはない。

 

  その日、イスラエルの王は、戦いから抜け出たエルサレムにこういわれる。神の契約の民、ユダヤ人よ。もう恐れることはない。すべてを失って、気力を失ったユダヤ人に言われる。あなたの気力を取り戻そう。あなたの神、主が、あなたのただ中におられるからだ。イスラエルの王は、あなたを救い、取り戻す、救いの勇士である。

 

  あなたの主、イスラエルの王は、喜びをもって契約の民のことを楽しみ、愛をもってあなたを包み、安らぎを与えられる。イスラエルの王は、高らかに歌ってあなたを喜ばれる。主は、ユダヤ人を創造したことを喜び楽しまれる。

 

  これは、悪魔と悪魔の勢力を打ち破って、地上にイエス・キリストを王とする、新しいイスラエルの国が建国されることの預言です。

 

  十字架で死なれた神の子羊イエスが復活して天に上がり、今は、神の右の座に着いておられます。この神の右の座のキリストが、聖なる都、新しいエルサレムとともに天から下って来て、地を治められるのです。

 

  イスラエルの王は、ユダヤ人とともにおられて、彼らの目の涙をすっかり拭い取ってくださいます。以前のものが過ぎ去り、もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもないからです。

 

  イスラエルの王は、国々の民の唇を変えてきよくされます。彼らは皆主の御名によって祈り、一つの肩になって主に仕えるのです。彼らは、ひとりの神、イスラエルの王のみ旨を担う一つの肩となるのです。

 

  神の御住まいである神の幕屋が、人とともにあります。神は彼らとともに住み、彼らは神のうちにいる民、イスラエルの王の民となるのです。神御自身が彼らとともにおられるのです。

 

 

  パリサイ人達は、イエスに尋ねました。「神の国はいつ来るのですか。」

 

  イエスは答えて言われた。「神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。『そら、ここにある』とか、『あそこにある』とか言えるものではありません。いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。」

 

  天から来られたキリスト。神にキリスト(救世主)の油を注がれた、神の子羊イエスは、神に従って十字架で罪の贖いの血を流し、神の御力によって、墓から甦り死から復活されました。こうして、イエスが神の御子キリストであることが公に証されたのです。

 

  キリストは、世に聖霊のバプテスマを授ける権威者です。地上に神の霊である、聖霊を遣わされる方です。神から、その権威が授けられています。それで、キリストの御名によってバプテスマを授けると、聖霊を受けるようにされました。

 

  聖霊は御霊として、イエスを信じる者のうちに住み、神と人との仲介者となられます。イエスの御名で祈った祈りを神に届け、神のことばをその人のうちに届けられます。

 

  御霊は、キリストのことばを思い起こさせて教え、ことばを与え、信仰を与え、救いの道に導き、いのちの道を歩ませられるのです。

 

  生まれたばかりの乳飲み子に乳があるように、御霊は、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善や妬み、すべての悪口を捨てて、純粋なみことばの乳を慕い求める霊の子に生まれさせます。

 

  新しく生まれた霊の子は、みことばの乳によって成長し、御救いを受ける神の子に造り変えられるのです。

 

  御霊が住まわれる霊の子は、すでに、主が慈しみ深いお方であることを味わっています。新しく生まれた彼らのうちには、永遠のいのちの希望と喜びがあります。

 

  彼らは信仰により、神の御力によって守られており、御救いの望みを持って大いに喜んでいます。

 

  さまざまな試練の中で悲しまなければならないのですが、信仰の試練は、イエスの称賛と光栄と栄誉に至るものであることがわかると、尊く有難く思い、感謝するのです。

 

  彼らは、イエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、言葉に尽くすことの出来ない、栄えに満ちた喜びにおどっています。

 

  これは、信仰の結果である、魂の救いを受けているからです。

  これは、その人のうちに、神の国があるからです。

 

  キリストの御名によって与えられた、御霊の成せるわざです。

  御霊のおられるところに、神の国があるのです。

 

 

    著作本 『人はどこから来てどこへ行くのか』鍵谷著 (青い表紙の本)

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