異邦人の時の完成に当たって、一番初めに完成する御霊の教会は、キリスト教会です。キリスト教会に属する、神に忠実な殉教者たちの教会です。
終わりの雨【聖霊】が注がれると、天の御国の倉に収める麦の初穂が収穫されます。
その収穫される初穂の麦は、神の御霊とともにある神に忠実なキリスト者たちです。天の倉に収められる良い麦は、ユダヤ人ビリーバーとクリスチャンによって構成されます。彼らは、子羊(イエス・キリスト)の婚宴に招かれる人々です。
彼らは、死に至るまでイエス・キリストに忠実なしもべです。イエスのしもべである使徒たちから始まった、神の子羊イエス・キリストにある殉教者の働きを完成する者です。
私たちの主、神の子羊イエス・キリストの血によって、世の罪は贖われました。
キリストの御霊によって新しい心が与えられ、新しい創造を受けて、キリストのからだの一部とされた弟子たちの血は、彼らの民族を贖います。また、民族や国や世界の救いのために、御救いを妨げていた不信仰の罪を贖い、不信仰を取り除きます。
キリスト教会は、世界の救いの先駆けとして、彼ら(神に忠実な殉教者たち)の血によって、いのちの道を開くのです。
イエス・キリストの血によって、すでにいのちの道は開かれていましたが、キリスト教会以外の人々にまで及んでいませんでした。
しかし、終わりの時、神の子羊イエス・キリストに忠実なしもべの殉教者の血によって、不信仰の世を贖い、すべての人々に聖霊を注がれます。
イエス・キリストの流された血によって、イスラエル以外の人々にも、神の御救いの福音が世界に及んだのと同様です。
御霊によって新しく生まれ新しい創造を受けたキリスト者たち(主に忠実に歩み、肉に死んで御霊によって歩む信仰の人々)の血は、彼らの民族、国を贖う力があります。
神はまず、神の子羊イエス・キリストのことばを教えるキリスト教会を試みられるでしょう。試みの中で、キリストの御霊とともにいる人々がより分けられます。
キリストの御霊とともにいる者たちの中から、本当に神に忠実な人々、信仰に立っている人々に、殉教者としての使命を与えられることでしょう。
神に信頼している彼らは、自分のいのちを惜しむことなく、神への信仰を持ち続けて、喜んでイエス・キリストの御名のために、神にささげます。
彼らは、御霊とともに歩む「信仰の勝利者」です。
バビロンのネブカドネザル王は、王の命令に従わないで王が立てた金の像を拝まず、彼らの先祖の神、イスラエルの神に忠実な捕囚の民ユダヤ人のシャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを怒り、火の燃える炉に投げ込みました。
ネブカドネザル王が彼らに、「ひれ伏して、私が造った像を拝むなら、それでよし。しかし、もし拝まないなら、あなたがたはただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる。どの神が、わたしの手からあなたがたを救い出せよう。」(ダニエル3:15)と言った時に、彼らは次のように言ったからです。
「私たちはこのことについて、あなた(王)にお答えする必要はありません。
もし、そうなれば(私たちが火の燃える炉に投げ込まれるならば)、私たちの仕える神(イスラエルの神)は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ、(イスラエルの)神は私たちをあなたの手から救い出します。
しかし、そうでなくても(たといそのまま火の燃える炉の中で焼け死ぬようなことがあったとしても)、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」(ダニエル3:16-18)
イスラエルの律法(モーセの律法)では、神が民に、「わたしは、あなた(イスラエル)をエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神(イスラエルの神)、主(イスラエルを救う神)である。
あなた(イスラエル)には、わたし(イスラエルの全能の主)のほかに、ほかの神々があってはならない。
あなた(イスラエル)は、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。
それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者(神の命令を守らない者)には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。」(出エジプト20:2-6)と命じておられます。
火の燃える炉に投げ入れられた三人は神を恐れる正しい人であり、神の教えを忠実に守りました。
彼らは、「ここはバビロンの地だから、とりあえず形だけでも金の像を拝んで波風を立てずに穏便に済まそう。神は、この状況を御存じのはずだから、大目に見てくださるだろう。」と、自分たちに都合よく私的解釈はしませんでした。
いつでも、どこでも、神のことばが絶対です。彼らの信仰は揺り動かされませんでした。彼らは、イスラエルを救うお方、イスラエルの神に忠実でした。
ネブカドネザル王は怒りに満ち、三人を投げ込む炉を普通より七倍熱くするように、と命じました。
三人は服を着たまま縛られて、火の燃える炉に投げ込まれました。三人を連れて来た者たちは、火炎で焼き殺されました。
神は、彼らの信仰に答えて、御使いを送られました。
ネブカドネザル王は驚いて言いました。
「私たちは三人の者を縛って、火の中に投げ込んだのではなかったか。だが、私には、火の中を縄を解かれて歩いている四人の者が見える。しかも彼らは何の害も受けていない。第四の者の姿は神々の子のようだ。」
王は、三人を炉から出しました。
太守、長官、総督、王の顧問たちが集まり、三人を見ました。しかし、火は彼ら三人のからだには効き目がなく、その頭の毛も焦げず、上着も以前と変わらず、火のにおいもしなかったのです。
「ネブカドネザル王は言った。
『ほむべきかな、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神。神は御使いを送って、王の命令にそむき、自分たちのからだを差し出しても、神に信頼し、自分たちの神のほかはどんな神にも仕えず、また拝まないこのしもべたちを救われた。
それゆえ、私は命令する。諸民、諸国、諸国語の者のうち、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神を侮る者はだれでも、その手足は切り離され、その家をごみの山とさせる。このように救い出すことのできる神は、ほかにないからだ。』」(ダニエル3:28,29)
神は、自分たちのからだを差し出しても、神に信頼し、自分たちの神のほかはどんな神にも仕えず、また拝まない、と堅い信仰を持つ人々を殉教者として選り分けられます。
神は、御使いを送って殉教者を守り、神の御子イエス・キリストに忠実なしもべたち(殉教者たち)に痛みや苦しみを与えず、彼らの魂を天の倉に収められることでしょう。
彼らは信仰の勝利者であり、御霊の教会に属する人々なのです。
御霊の教会は、永遠のいのちと復活のからだをいただく神の子どもたちの教会であり、天の御国にはいる教会です。
七つの御霊の教会は、一つずつ完成していきます。
最初に完成するのは、キリスト教会の中にいる、神に忠実な信仰の勝利者たちなのです。
今、キリスト教会に啓示の霊が注がれ、キリスト者たちが信仰に熱心でなかったことを悔い改め、また、真理を愛するキリスト者たちが信仰の土台を築き直して、まもなく訪れる終わりの時に備えられるように、お祈りしましょう。