天地万物を造られた全能の神、主は、神を恐れ神の御前を正しく歩むアブラムを選び、御自分のものとされました。
アダムが神のことばに背き、悪魔の言葉と繋がる者となったことで、エデンの園を追放された「人」は、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっています。すなわち、アダムとエバの一体の人(夫と妻)から生まれた人類は、すべて死ぬ者となったのです。
すべて死ぬ人の中から、神は、神のことばを聞くアブラムを見い出されました。
神は、正しい人アブラムと契約を結ばれました。神のことばに聞き従うならば、アブラハムの子孫の中から、悪魔の言葉と結びつけて人の魂を死に追いやった罪の呪いを打ち砕く「人の子」を起こされます。
神は、御自身の都として、エルサレムを選んでおられました。神は、エルサレムをアブラハムの子孫に管理させられます。
エデンの園の管理者として人(アダム)を造られましたが、アダムは、神のことばを軽んじて、天から追放された堕天使長(悪魔)の言葉に結びついてしまいました。悪魔の言葉と結びついた人は、エデンの園から追放されました。
なぜならば、神のことばは神のひとり子であり、悪魔の言葉は神のひとり子に敵対する堕天使長だからです。最初から神のひとり子とともにあったアダムは、神の御子を裏切り、神の御子を憎む敵対者であり破壊者である悪魔(天から追放された堕天使長)を友としてしまったからです。
悪魔の言葉と結びついたアダムは、悪魔の捕虜となりました。悪魔は、人を愛したからではなく、人を愛しておられる神のひとり子と神のひとり子に愛された人との間に隔てをつくり、聖と義の神の愛にダメージを与えようとしたのです。
悪魔は、神のひとり子を憎む者です。悪魔には愛はありません。欲望だけです。神のひとり子が愛しておられる人を、愛ではなく、悪魔の欲望によって汚して、聖なる神のひとり子の所有を汚すことで、神の御子をも汚して、神の栄光に痛手を与えるつもりでした。
人は、神のひとり子に敵対する悪魔の奴隷とされて、エデンの園から引かれて行ったのです。
神は、人類の中から、アブラムを選び、エデンの園から引かれて行った人を、破壊者悪魔から救い出すために、神のひとり子に肉体を造り、アブラハムの子孫に遣わされました。アブラハムの子孫は、神の都エルサレムに仕えるイスラエル人です。
神は、カナンの地にはいったアブラムに、仰せられました。
「さあ、目を上げて、あなた(アブラム)がいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。わたし(主)は、あなたが御渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。
わたしは、あなたの子孫を地の塵のようにならせる。もし人が地の塵を数えることができれば、あなたの子孫をも数えることができよう。(神は、子どものいないアブラムに、あなたの子孫は数え入れないほどに増し加わると約束されたのです)
立って、その地(神がアブラハムとアブラハムの子孫に与えると仰せられたカナンの地)を縦と横に歩き回りなさい。わたしがあなたに、その地を与えるのだから。」(創世記13:14-17)
神が、アブラハムとアブラハムの子孫に与えると仰せられた地は、ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、ヘテ人、ぺリジ人、レファイム人、エモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の住む、カナンの地です。
主は、アブラムと契約を結んで仰せられたからです。
「わたし(天地万物を造られた全能の神、主)はあなたの子孫(アブラハムの子孫)に、この地(カナンの地)を与える。
エジプトの川から、あの大川、ユーフラテス川まで。(神がアブラハムの子孫に与えると仰せられたカナンの地は、現在のトルコ、イラク、シリア、レバノン、クウェート、サウジアラビア、ヨルダン、エジプト、パレスチナ自治区、イスラエルの十の国にかかるを広大な土地です)」(創世記15:18)
神は、アブラハムとアブラハムの子孫に、神の都エルサレムが置かれた、エジプトの川から、ユーフラテス川までのカナンの地を与えると約束されました。
神は、この地に、世の罪を取り除く贖いの血を流して死に、三日目に死から甦られた「人の子」(神が神の民〈アブラハムの子孫イスラエル〉に遣わされたアブラハムのひとりの子孫であり、肉体を造って人の子とされた神のひとり子イエス・キリスト)の国を建てられるのです。
神がアブラムに仰せられたときから、神の目には、神のひとり子が神の民を治めるイスラエル王国、すなわち、「千年王国」の世界があったのです。
聖書を信じるユダヤ人たちは、神がお遣わしになるキリストの訪れを待ち望んでいます。彼らが待ち望むキリストは、世界に離散しているユダヤ民族十二部族のユダヤ人を一つの民族に回復して、神がアブラハムの子孫に約束されたカナンの地に一つのイスラエルの王国を再興させ、イスラエル王国の王として治められるダビデの子の「キリスト」です。
約二千年前に来られた神の御子イエスは、世の罪を取り除くために遣わされました。
イエスがお生まれになったベツレヘムは、ローマ帝国の属州でした。イスラエルは、ローマ帝国の圧政で苦しんでいたのです。
バビロン捕囚から帰還した南ユダ王国のユダヤ人たちの国でした。アッシリアに捕囚されてその後、離散した北イスラエル王国の十部族のユダヤ人たちの所在はわからなくなっていました。
神の子キリストと噂されるイエス・キリストは、イスラエルの国を再興してくれません。十部族もあいかわらず、どこにいるのかわかりません。
イスラエルは、目に見える物質的な世界を見ていたのです。永遠のいのちのことはわかりません。とこしえの国という発想はありません。
イエスは、自分たちが期待していたキリストではありませんでした。
終わりの時に立つメシアは、十二部族を呼び集めるでしょう。世界中に離散している十部族の人たちの中にも帰還する人たちが起こるでしょう。
神の子羊イエス・キリストに任じられた、世界を救うメシア(「イスラエルのメシア」と「アロンのメシア」)は、ユダ族の中の神に召された一万二千人、ルベン族の中の神に召された一万二千人、ガド族の中の神に召された一万二千人、アセル族の中の神に召された一万二千人、ナフタリ族の中の神に召された一万二千人、マナセ族の中の神に召された一万二千人、シメオン族の中の神に召された一万二千人、レビ族の中の神に召された一万二千人、イッサカル族の中の神に召された一万二千人、ゼブルン族の中の神に召された一万二千人、ヨセフ族(エフライム族)の中の神に召された一万二千人、ベニヤミン族の中の神に召された一万二千人、すなわち、ユダヤ民族の十二部族おのおのから、それぞれ一万二千人ずつ、「生ける神」の印を押すのです。印を押された十二部族のユダヤ人たちは、イエス・キリストと心がひとつとなって、世界宣教をします。ユダヤ人たちは、神に召されたこれらの主のしもべを信じて、御救いを得るのでしょう。
しかし、イスラエル王国を再興するのは、天から来られるメシアです。死から甦られた主キリスト、永遠のいのちを得させる神の御子イエス・キリストです。
神は、エジプトの川から、ユーフラテス川までのカナンの地にイスラエル王国を建てられます。そして、イスラエルの王イエス・キリストがダビデの王座に着座されます。神は、一度死んで死から甦られ、永遠に生きられるキリスト(イスラエルの王)の御住まいのために、天から新しいエルサレムをおろされます。
神がユダヤ民族にお与えになった神のみことば『聖書』に書かれていることは、「人の子」となられた神のひとり子イエス・キリストによって、ことごとく成就するのです。