現在、日本列島では、目に見えない神の国の建て上げが始められています。これは、古神道のいう「ミロクの世」であり、聖書に約束された「平和な王が治める千年王国」にはいる魂の目覚めと整えの時を迎えているからです。
目に見える日本国では、今までの古い体制が崩れ始めています。霊界では、日本列島に仕掛けられた結界の封印が解かれる時を迎えました。
古い体制は、人間の思いが魂の自由を縛っていました。そして、人間が主権を持って、神の領域をも牛耳ってきました。
新しい体制は、古い体制を脱いで、もとの大和民族の魂を取り戻し、魂を自由にします。
明治時代、西洋のものを取り入れた日本国は、文明開化の扉を開き、神とともに歩んで来た大和民族の魂を価値のないものとして、公の場から締め出しました。
日本国独自のものを蔑み、世界に通用する新しい日本国を誇りとしました。
日本人の精神を形成していた「神仏習合」は、明治時代の「神仏分離令」により分離し、日本人の魂は、目に見えない神仏を拠り所とする生き方を改めて、目に見える文明の方に心を向けるように仕向けられました。
第二次世界大戦の敗戦により、神道は、GHQの管理下に置かれ、大和魂は瀕死の状態となりました。日本人の魂を形成していた「神仏習合」の精神が崩されると、日本国の和の心の機能は止みました。
GHQは、日本が二度と戦争を起こさないように、軍隊を持たない国にする「非軍事化」と、封建的な日本帝国主義に変えて日本国民が政治に参加できるような「民主化」を進めました。
天皇の臣民の独立国家から、国民主権と平和主義の新憲法の、戦勝国アメリカに従属する国家として、アメリカの下に置かれて臣民の誇りを砕き、ほかの国と同じような国とされた日本です。
しかし、聖書に忠実な信仰による国をつくろうと、イギリスから渡航して、アメリカ大陸に、聖書のキリスト信仰を土台とする新国をつくろうとして始まっている「アメリカ」です。神を恐れる国です。
日本を占領した連合国軍の最高司令官に付属する総司令部のGHQ。そして、最高司令官のマッカーサー元帥は、日本国の天皇と対面した時、目に見えない神の力を天皇のお姿に認めました。そして、神を恐れるマッカーサーは、天皇を残したのです。
また、神社に手を加えることを恐れました。それで、伊勢神宮もそのまま残されました。
神社は残されましたが、魂は抜き取られました。神社庁をつくって、神社を国の管理とすることで、神道の信仰を形骸化することに成功しました。
しかし、神社庁の管轄にはいることを拒む神社もありました。大和民族の神に仕えることを保ち続けた古神道です。
2025年は、魂が二極化する年と、スピリチュアル界隈で言われて来た年です。
今年は、「永遠のいのちを受けるために備えられる年」のようです。
今年の元旦にいただいたみことばは、箴言15:31,32です。
「いのちに至る叱責を聞く耳のある者は、知恵のある者の間に宿る。(永遠のいのちを求める者は、神を恐れる者たちの間に身を寄せる)
訓戒を無視する者は自分のいのちをないがしろにする。(神を無視する者は永遠のいのちに出会わない)
叱責を聞き入れる者は思慮を得る。(神の御霊にへりくだる者は、神を恐れる心をもって魂の御救いを得る)」
世界を救いに導くメシアが、日本人の中から起こる、と言われています。昔から日本には、この時代のために、神のしもべたちを育てる神の国としての機能があったのです。
この神の御計画が成るために、この大切な年に、日本基督教団の信仰を持つ石破総理が選ばれました。神は、霊的にニュートラルなこの人を必要としておられたようです。
自分というものにこだわり、自分自身の信念と主義を貫くような心の固い人が総理であったなら、日本国の霊は閉ざされたままだったでしょう。
神を恐れ、神への信仰を持つ人は、自分自身の計画を推し進めるのに、自分のうちの魂が抵抗します。本当にこれでよいのかと模索しながら、神の導きを第一とします。
総理自身がたといそうでなくても、総理のために祈っているクリスチャンや教会の祈りがあります。神が働きやすい日本国になっていると思います。石破総理自身の思惑と違う方向に向かったとしても、神の思惑どおりになっていると、私は思います。
2025年7月5日には、目覚めた人たちの集合意識が働きました。霊界が開かれていなければ、妨げるものの働きによって、神に心を合わせることはできないでしょう。
日本の霊界は、神に守られているのです。
大阪では、いのちに思いを向かせる大阪・関西万博のイベントが行なわれています。
霊界では、多くの御使いが日本列島に送られており、悪いものの働きを阻止し、神の御計画を進めていることでしょう。
神の霊が働きやすい環境となっています。日本列島は、終わりの時に向けて、神が立てられる「イスラエルのメシア」と「アロンのメシア」のふたりを起こし、十四万四千人の神に召された人を無事に生まなければなりません。
「生む」とは、神の御霊によって、肉の思いを殺し、目に見えないが生きておられるまことの神に聞き従う新しい人に造り変えて、神の国の働きを担う神のしもべとして立たせるということです。
2025年には、空海(弘法大師)が張り巡らせた結界の封印が解かれる、と言われています。日本列島に封印されていた、生けるまことの神の御計画が発動し始める年なのです。
日本人の四割が、大和民族の末裔のようです。封印されていたものが解かれると、大和民族の魂が息を吹き返します。
日本人の三割が覚醒するだろうと言われているので、覚醒した人たちは、神を恐れる心を回復するでしょう。
クリスチャンは1%しかいないと言われる日本人ですが、魂の覚醒により、多くの人が神の御救いを受けることになるでしょう。
神社やお寺で祈る時、目には見えないが何かの気配を感じます。そして、愛のような目には見えないけれども肌と魂の感覚で感じる、いのちある存在に包まれるような体験をして、魂は気づくのです。生ける神のいのちが出会ってくださったこと、そして、魂は神に帰りたいと願うのです。
魂に素直になれば、神を現実のお方として知ることとなります。
神は、魂を目覚めさせ、神に立ち返らせるために、日本列島の霊界に、御使いたちが働きやすい環境をつくられたのだと思います。
極東の日出ずる国、日本は、新しい時代の夜明けを告げる、生けるまことの神の、神の国の働きの任務をいただいている国です。