ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

神の御計画を担う神の国 日本

 

 私の思いの中にあることです。

 

 神は、神の民ユダヤ民族の中で、神の御心を成し遂げるのにふさわしい神の御心にかなったわずかなユダヤ人を、極東の日本列島に導き入れられたと思います。

 

 彼らは、父祖アブラハムの信仰を受け継ぐ、霊とまことによって神を礼拝する、まことの信仰を持つ人たちです。

 日本列島には、自然と共生する縄文人がいました。

 

 神に逆らう律法の民ユダヤ民族の信仰は、アブラハムの心とは違って、アブラハムが契約を結んだ主と一つではありませんでした。

 ダビデ王の子、ソロモンが、父ダビデの心とは違って、イスラエルの神、主と全く一つになっていなかったのと、同様です。

 

 神のことばと一つではない、悪いものとなったユダヤ民族の中から、神は、けがれのない良い人たちを選び、東へと向かわせました。

 

 「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。」(創世記12:1)と仰せられて、アブラムをカナンの地に導かれた時のようです。

 

 神は、悪いものとなったイスラエルの中から、お召しになったユダヤ人たちに、「あなたの生まれ故郷(カナンの地)、あなたの先祖の地を出て、わたし(主)が示す地(東方)へ行きなさい。」と仰せられて、彼らの道中を守り、日本列島に導き入れられたのでしょう。

 

 ユダヤ民族の不信仰の罪と不従順の罪のゆえに、イスラエルは必ず諸国に離散しなければならないとお定めになった神は、もう一つの神の国を用意されました。

 

 神を恐れ、いのちの満ち満ちた自然に囲まれて、平和のうちに暮らしていた縄文人は、ユダヤ人たちの祭儀を見て、彼らを神の人だと敬い、ユダヤ人たちの偉大な神にまことを見たのでしょう。

 彼らが見たユダヤ人たちの神、主は、アブラハムが聞き従った全能の神です。律法の神ではありません。生けるまことの神です。

 

 ユダヤ人の律法は、縄文人には必要ありませんでした。彼らは、律法はなくても、神にかなう生き方をしていたからです。彼らは、神を恐れ、自然を慈しみ、和をもって生きていたのです。縄文人は、愛を知る人々でした。

 

 アッシリア捕囚の後、離散した北イスラエル王国のユダヤ人です。彼らの中に、ユダヤ民族の長子ヨセフの子孫もいたでしょう。十二部族の中で、二倍の祝福が与えられる長子の権利を持つヨセフ(エフライム)です。

 

 日本列島は、ユダヤ人たちを神に仕える祭司として迎えました。自然豊かな国土は、自然の中に生けるいのちの神と交わる恵みをもたらします。彼らは、律法を封印しました。

 

 日本列島にもともとあった民俗信仰のような純朴な信仰の神々(水の神、火の神、山の神、海の神等)は、律法を憎み、日本列島に神の国を興そうとする国常立神を、丑寅(うしとら、すなわち、北東の方角)に封印しました。

 

 南ユダ王国からも、神に召されたユダヤ人たちが、神に導かれて、極東の国、日本列島に辿り着きました。

 彼らは、道中で、仏教の教えを得ていました。人として生きる道を説く仏法は、不法に満ち神を神とせずに悪いものとなった不信仰のイスラエルの国に代わって、彼らの生きる指針となっていました。

 

 彼らを日本列島に呼び寄せられた国常立神は、神社の神々によって封印されており、神道の中では働くことができません。

 国常立神は、彼らが持ち込んだ仏法の中に、イスラエルの神の主権を置こうとしました。しかし、仏法を持ち込んだユダヤ人たちは、国常立神の主権が及ばないように、結界を築きました。彼らもまた、北イスラエル王国のユダヤ人と同様に、イスラエルの神の厳格な律法を望まなかったのです。

 

 南ユダ王国のユダヤ人が張った結界を、北イスラエル王国のユダヤ人たちの神道の神々に守ってくれるように願い出ると、それぞれの結界の場所に、神社を建立して、仏教の中で働くことができないように国常立神の力を封印しました。

 神の国を造ろうとした厳格な国常立神の力は、神道にも、仏教にも、封印されてしまいました。

 

 日本列島に辿り着いたユダヤ人たちは、律法よりも、霊とまことによって生ける神を礼拝することを望みました。彼らは、アブラハムの信仰によって、神に近づきました。 

 水も豊富で、美しい豊かな自然の日本列島は、いのちの神の栄光を見るのに最適な場所でした。

 

 自然の中に働かれる目に見えないいのちの存在を敬い、平和に生きる縄文人の信仰は魂を癒し、穏やかな暮らしを得させてくれます。

 敵国に囲まれたイスラエルの国の記憶は、子孫に継承されませんでした。彼らは、アダムとエバの暮らしたエデンの園の平和な暮らしに憧れました。

 

 ユダヤ人によって、日本列島の豪族たちの国々は、一つの国とされ、大和の国を形成しました。大和民族として生きたのです。

 

 神は、日本列島に世界の救いの鍵を置いておられました。救いは、ユダヤ人から出るのです。

 日本列島に集められたユダヤ人は、平和な王、神の御子イエス・キリストがダビデの王座に着く「とこしえのイスラエルの国」を建てるために、神が集めておられたのです。

 

 神は、日本列島の始まりとされる淡路島に、1995年1月17日、阪神淡路大震災を起こし、神の戸を開かれました。

 

 神は、大和魂を解放するために、2024年1月1日、能登半島地震を起こされました。渡来したユダヤ人たちが国造りした大和の国は、渡来した帰化人たちが増し加わることにより、形式的な神の国、日本国となりました。

 

 現在、日本国の日本人のうち、大和民族の子孫は四割ほどだと言われています。神に仕える祭司の国民の姿はありません。近代化に伴い、大和民族の大和魂は日本人の魂に代えられ、精神的なものとされました。信仰と切り離されたのです。

 

 2025年、神は、日本の選ばれし民に、祈りを与え、封印を解かれます。

 地に属する神々が封印した「うしとらの金神(国常立神)」の封印が解かれる時が来ました。空海(弘法大師)が封印した結界が破られる時が来ました。

 

 神は、第二次世界大戦中、「うしとらの金神(こんじん)」、すなわち、封印された国常立神によって、古神道の岡本天明に、「日月神示」が降ろされました。日本国から始まる魂の御救いの御計画についての神のみことばです。

 

 大和魂の回復と救いが預言されています。ユダヤ人たちが、神の御旨を受けて整えた、まことの神に仕える大和民族の遺伝子の覚醒と、大和魂の救いが約束されています。それは、縄文人の遺伝子の覚醒でもあります。

 

 神は、自然豊かで平和な日本列島を守り、大和魂をほかのものと混じらないように守って来られました。

 

 国常立神は、富士山に鎮座しておられます。宇宙を造られた宇宙神とも呼ばれています。

 富士山は、神の霊山として、いのちを与えるための、魂の希望となります。登らなくてもいいです。遠くから、御神体の富士山を仰ぐ時、心は神々しさに震え、魂は魂の故郷に帰るような懐かしさと喜びと、世が与えることのできない平安を得るでしょう。

 

 日本人は再び、富士山に手を合わせ、信仰を取り戻すことでしょう。

 富士山から、霊的な啓示の光が放たれ、目覚めた大和魂は、メッセージを受け取ることでしょう。

 

 キリスト教の神ではありません。

 ユダヤ教の神でもありません。

 日本人の神でもありません。

 

 信仰の父アブラハムが、「全能の神、主」と仰ぎ、聞き従った生けるまことの神、契約の神です。

 

 日本列島の救いは、世界のためです。

 世界の救いは地球のためです。

 地球の救いは、宇宙のためです。

 

 地球の覚醒は、宇宙の覚醒。日本列島の救いは、地球の救い。地球の救いは、宇宙の救い。天にあるものも、地にあるものも、日本列島の覚醒の時を待ち望んでいたのでしょう。

 

 神の御救いの御計画、永遠のいのちを得させる御霊の新しい創造、すなわち、霊の覚醒ととこしえの神の国の働きのために備えましょう。