ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

平和を選んだ広島

 

 80年前の8月6日、広島に原爆が投下されました。

 13:50から、フジテレビで、「はだしのゲン 前編」の番組をやっていました。80年前の8月6日、広島で起きたことです。

 

 原爆は、まばゆい光とともに一瞬で広島から色彩を吹き払いました。一瞬のことでした。

 

 破壊者は、いのちを死に追いやり、存在するものの景色を灰とします。

 いのちの神々とともにあった日本は、生きながら死を見ました。そして、人間の狂気に直面して、戦争の愚かしさを突きつけられました。

 

 一丸となって敵国を鬼畜としてつき進んだ日本でしたが、原爆は、日本人を我に返しました。

 

 戦争で見えなくなっていた精神性を取り戻したのです。平和を愛し、互いに和合して助け合いながら生きていたときの、和やかで笑顔に満ちた日本人の精神は、戦争によって、共通の敵と交戦することに向けられていました。

 

 我に返ったとき、敵を憎む心から、平和を願う心が生まれました。

 

 「目には目を、歯には歯を。」と復讐に燃えるのではなく、戦争から得たのは、破壊と死であることを突きつけられて、人間の心を取り戻しました。

 ちなみに、「目には目を、歯には歯を。」とは、復讐を促す言葉ではなくて、されたら仕返しをしたい気持ちが起こるのはやむを得ない。しかし、目をやられたら、相手にされたと同じ分量の復讐を。歯を折られたなら、相手に仕返しをするときは、相手の歯を折るに留めなさい。それ以上の復讐は神に許されない。という、仕返しの限度を言っているようです。

 

 ある国は、賠償金を支払ってもなお、賠償金の事実はないと、ゆすって来ます。いつまで経っても、解決しません。

 恨みを持ち続けて、いつも、憎しみと訴えの中にいます。自分自身で、自分たちの魂に復讐を誓い、相手を赦さないことを彼らの正義とします。

 

 日本人は、時間が経つとともに、己を顧み、訴えるのではなく封印します。

 多くの日本人は、憎しみを選びませんでした。恨み続ける人生ではなく、傷をかかえたまま歩き出しました。

 

 被爆者である広島の人たちが、原爆を投下した国を恨むことではなく、原爆そのものの悪を訴え、世界の平和のために、破壊する原爆の悲惨さを訴えました。

 彼らは、平和を選んだのです。彼らは、人間であることを選びました。戦争の中で壊れていく精神の人間の恐ろしさを痛感した広島の人たちは、広島の被爆の恐ろしさを伝えることで、世界を破壊する戦争で、核を使うのを引き止める抑止力にしたいと願いました。

 

 広島の人たちは、憎しみを選びませんでした。赦さないことを選ばなかったのです。復讐ではなく、また怒りではなく、人間らしい精神に立って、嘆きと悲しみと痛みの連鎖を、被爆した自分たちが止めようとしています。

 

 獣の心の歩みではなく、人の心の歩みを、世界に向けて発信します。

 親は子に、祖父母は孫に、語り継ぎます。原爆を落とされた憎しみではなく、被爆者の実体験から、平和であり続ける大切さを伝えます。

 

 戦争を終えてから、80年間、日本は戦争を放棄し、戦争のない平和を味わっています。戦争は、破壊であり、死です。人の心を獣の心に変えます。

 

 核を持つ事で敵国への抑止力となると考える国もある中、日本は、平和を愛することを戦争をしない抑止力としています。

 憎しみではなく反省を、怒りではなく話し合いを、理性を失った獣の心ではなく、平和を愛する人間の心を選びたいのです。

 

 広島の人たちは、平和を選びました。その願いは、80年経った今も、それぞれの子孫に受け継がれています。

 

 日本が平和な国に保たれているのは、このような人たちのおかげです。

 

 「平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。」(マタイ5:9)

 平和を望む心は、被爆して死んで行った人たちも同じでしょう。平和を訴え続ける現在の広島の人たちの良心を欺くことのない偽りのない心といのちを選ぶ真実な生き方に、死者たちの魂も慰められていると思います。

 

 日本が神の国であり続けられているのは、広島の献身があるからです。

 被爆した広島が、互いに赦して和合して平和でありたいと、今も平和を訴え続けています。