「主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。」(ペテロ第二3:10)
ノアの時代に、暴虐に満ちた世を水で滅ぼされた主は、今度は火で滅ぼす、と定めておられます。
ノアの時代、神はノアに御計画を語られました。ノアは、神の命令に聞き従って神の仰せられるままのかたちに、箱舟を造りました。
しかし、神の声を聞くことのない世の人々は、水のない地に大きな箱舟を造るノアを嘲笑い、神の御計画を信じませんでした。
その日は、突然やって来ました。
箱舟が完成すると、神のことばに聞き従って、食糧を集めて箱舟の中に入れました。そして、神御自身が選ばれた生き物たちが雄と雌のつがいで箱舟に入ってきました。ノアとノアの家族も箱舟に入りました。一滴の雨も降っていない時にです。
ノアが箱舟に入ると、主は、彼のうしろの戸を閉ざされました。
それから七日たって大洪水の大水が地の上に起こったのです。その日に、巨大な大いなる水の源がことごとく張り裂け、天の水門が開かれ、大雨は、四十日四十夜、地の上に降りました。
一日の大雨でも、川は氾濫し、家々は浸水し、様々な物を押し流す勢いがあります。四十日四十夜降った大雨は、地の上にあるものをすべて洗い流しました。
神を恐れる正しい人ノアには、神の声が聞こえました。それで、神の声に聞き従いました。神は、ノアに隠されません。ノアは、七十年もの間、箱舟を造り続けました。雨の降ることが想像できない世界で、ノアは、家族の救いのために、雨を避ける箱舟を造り続けたのです。
世の人々にはわかりませんでした。ノアの奇妙な行動を面白おかしく見ていたことでしょう。ノアが箱舟を完成させると、多くの生き物が箱舟に入って行くではありませんか。多くの人の興味を引いたでしょうが、それは、彼らにとっては不思議なことであり、滑稽なことでした。
彼らには、知らされていなかったのです。ノアが神の御計画を話しても、聞く耳を持っていなかったのでしょう。
ノアが箱舟に入って七日たつと、事態は変わりました。
今まで体験したことのない大雨が降り出したのです。その雨は、明くる日も降り続けます。来る日も来る日も太陽が見えません。
神は、天地を滅ぼす主権をもっておられます。
「ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父(父なる神、創造主)だけが知っておられます。」(マタイ24:36)
「人の子が来るのは、(主の日は)、ちょうど、ノアの日のようだからです。
洪水前の日々は、ノアが箱舟にはいるその日まで、(世の)人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、嫁いだりしていました。(世は今までどおり続くものだと思われていたのです。世の人々は、何の備えもないまま、日常の生活を楽しんでいたのです。しかし、人々が、「平和だ。安全だ。」と言っているその時に、その日は、突如として訪れました)
そして、洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼ら(神を恐れず、神に不遜な世の人々)はわからなかったのです。(神から遠く離れた彼らは、神の御計画を知らなかったのです)
人の子(復活のキリスト)が(天から)来るのも、そのとおりです。」(マタイ24:37-39)
世の人々は、神を信じていません。目に見えない神が実在のお方であるとは思えないのです。
神を信じない人に、救い主はわかりません。なぜならば、救い主(キリスト)は、神から出ているからです。
救い主は、ユダヤ人から出たイエス・キリストです。
イエス・キリストは、十字架で世の罪を取り除く、罪の贖いの血を流して死に、三日目に墓から甦られました。神は、イエスを死者の中から復活させることによって、十字架で処刑されたナザレのイエスが、神の御子(天から遣わされた者)であることを証明されました。
神は、復活した神の子羊イエスを天に引き上げて、聖霊のバプテスマを授けるキリストの権威を授けられました。神がイスラエルに遣わされた人の子イエスは、死から復活し、永遠に生きるキリストとなられたのです。
神は、人の子イエスを、罪人の罪を贖い、罪を赦すために遣わされました。イエスは、ご自分を生贄として罪を取り除くために、世に現われてくださいました。
次に、キリスト・イエスは、ご自分を待ち望んでいる人々の救いのために現われてくださいます。
罪を取り除き、罪を赦すために来られた神の御子イエスは、次に、救い主キリスト・イエスを待ち望んでいる人々を救うために来られます。
「主は、ある人たちが遅いと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、(まどろんでいて備えのない)あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。(目を覚まして、信仰に熱心でなかったことを悔い改めて、主に心を向けなさい)
しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。」(ペテロ第二3:9,10)
「だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。
あなたがたは用心していなさい。なぜなら、人の子(キリスト)は、思いがけない時に来るのですから。」(マタイ24:42,44)
「主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しています。
人々が『平和だ。安全だ。』と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません。
しかし、(主にある)兄弟たち。あなたがたは暗闇の中にはいないのですから、その日が、盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。(あなたがたは祈り備えていたのです)
あなたがたはみな、光の子ども、昼の子どもだからです。私たちは、夜や暗闇の者ではありません。(私たちは、光を憎み闇を愛する闇の子ではありません)
ですから、(神の救いを待ち望まない)ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして、慎み深くしていましょう。
私たちは(光を愛する)昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。(救いの望みが思いにあるならば、いのちの道からそれることはありません。救いを取り去る悪しき者から必死に身を守ります)
神は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、主イエス・キリストにあって救いを得るようにお定めになったからです。(様々な困難は倒すためではなく、目を覚まして信仰に立っていなかったことを悔い改め、心を一新して信仰に立つ者とするためです)
主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目覚めていても、眠っていても、主とともに生きるためです。
ですから、あなたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい。(信仰の歩みを続けなさい)」(テサロニケ第一5:2-6,8-11)
各国各地であらゆる人に預言されることが起こらないからと言って、平和だ、と安心してはいけません。
神は、悔い改める者たちの守りのため、また、聖徒たちの祈りを聞き届けて、懲らしめの手を止めておられるのです。
この恵みの時、神が忍耐深く待っておられる時に、目を覚ましましょう。
数年前、うたた寝している時に、バッシーンとすごい音で目が覚めました。
それは、大きな分厚い鉄の扉のような頑丈な扉が閉まる音でした。それはそれは、頑丈な扉で、天に届くほど高く、大きな扉でした。その扉が閉じると、だれもその扉を開ける人はいません。人には、開けることのできない扉なのです。
神の扉が開かれているうちに、目を覚まして祈りましょう。