九月八日の日に、頭の中で「かごめかごめ」の歌が巡りました。
自分の意思ではなく、突然頭の中でめぐる歌や思いは、神からのメッセージであることが多いです。
神は、北朝の天皇の時代から南朝の天皇の治世に移されるのだ、と思いました。これは、霊的世界のことです。
日本国の安寧と世界平和のために、日々、神の御前に出て執り成しておられる天皇の祭司の務めは完了していること。
すなわち、代々受け継がれて来た天皇家の務めが神に受け入れられ、合格し完成していることを、示してくださったように思いました。
北朝の明治天皇は、「本当の天皇は南朝である。」と言っておられたようですが、南朝の天皇は神によって隠されていました。
ユダヤ的に考えれば、北朝は北イスラエルの十部族、南朝は南ユダの二部族。南朝の王はダビデの系図です。
ダビデの子ソロモン王の不義によって、ユダヤ民族十二部族のイスラエル王国は、ユダ族とベニヤミン族の二部族の南ユダ王国と、ほかの十部族の北イスラエル王国とに分裂しました。
神がソロモン王の神のことばに聞き従わない不従順の罪を怒り、ソロモンには、ダビデ王を出したユダ族とサウロ王を出したベニヤミン族の王家の二部族だけを与え、ほかの十部族はソロモン王の家来のものとされたからです。
イスラエルは、二部族と十部族に分裂し、現在も十二部族が一つになってはいません。
十二部族が一つのイスラエルとして回復する国の王は、ダビデの子です。ダビデ王の王座はとこしえに堅く立つと、神に定められているからです。
今まで、日本国の天皇として日本国の祭司の務めをしておられたのは、北朝の天皇でした。しかし、神は、南朝の天皇を出現する時を設けておられます。それが、今です。
そののち、天皇は、この神が立てられる南朝の天皇の働き(日本を救い、世界を救うダビデの子「イスラエルのメシア」)を祈りで支えられることでしょう。
「イスラエルのメシア」は、十二部族のイスラエル全体を治めるダビデの家から出るのでしょう。つまり、ユダ族のダビデの系図の人なのでしょう。
南朝の天皇は、光の存在として出現するでしょう。眠っていた、あるいは、死んでいた魂を生き返らせて神に立ち返らせ、光を求める真実な人々を神の国に集めるために立てられます。
日本国のためではありません。とこしえのイスラエルの国(現在のイスラエル共和国のことではなく、永遠のいのちを得る神の子どもたちの神の国、すなわち、天より来られる神の子羊キリストを迎えるイスラエルの国)のためです。
光を求める純真な人たち、真理を求める真実な人たち、救いを求める愛と憐れみの人たちの魂を、滅びの世から救い出して真実な新しいいのちの国へ導き入れるためです。
神が、天皇家に男の子をお与えにならなかったのは、天皇家の働きの完成をご覧になっておられたからでしょう。
天皇の権限は、北朝から南朝に移されます。今上天皇によって北朝の天皇の働きが、神の御心にかなうものとして完成したからです。
肉に属する人、地に属する人、すなわち、天の御国に招かれていない人々には、神のことはわかりません。
次の天皇のことを心配し、心を使います。
しかし、御霊に属する人、天に属する人、すなわち、天の御国に招かれている人たちの思いは神とともにあります。
光を求め、御救いを求め、終わりの日のために、身魂をきよめて備えています。
神は、この新しい霊的な国づくりに、天皇ではなく、巫女を用意されました。天皇の権限は、南朝に移ります。そして、北朝の天皇家には、新しい神の国を霊的に支える祈りの器、神の御旨を担い神の御心にかなう、霊的にすぐれた聖い巫女を置かれました。愛子様です。
神の霊は、今上天皇とともにおられるように、神の用意された巫女とともにおられます。
古代ユダヤでは、その年の大祭司とともに神がおられました。神の箱が治められている至聖所にはいることが許されているのは、その年の大祭司ひとりです。
アロンの血統の者であっても、神が召されたひとりの大祭司以外の者がもし至聖所にはいろうとするならば、ただちに神に打たれ息絶えます。そして、神に呪われた者となります。
神の御前に立つ人は、神御自身が選び、神御自身が任命されます。
神は聖であられるから、神に聖別された人でなければ、神の御前に立つことはできません。
おそらく、愛子様は、幼い頃から、そのような特別な任務を負っていることに気づいておられたことと思います。
神は、愛子様のうちに、天からの愛を置いておられます。人間から出る愛ではありません。神の子羊イエスが、滅びゆく魂を憂い、一度も罪を犯さないで、羊飼いのいない羊たちを憐れみ、彼らと平和の契約を結ばれて彼らの御救いのために生きられたように、純真な愛によって、日本国の霊をきよめ、光を求める人たちに光を与えていかれるのでしょう。
光の子らは、巫女の祈りに守られて、光に出会い、心に光をともすことができるのでしょう。
キリスト者たちも、神が立てられるこの巫女の心と一つとなって、日本国の魂の目覚めと祝福のために、また、愛子様の守りと祈りの座の守りと、祈りの力が日本国に、また、世界に届けられるように執り成しましょう。
これからのまことの光の働きは、キリスト教、神道、仏教など宗教の壁を越えて、宗教ではなく、真実な心と魂に働きかける、霊的な働きとなります。宗教に汚されていない無宗教の人たちの多くも光をともすことでしょう。