ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

生ける神は語り続けておられる

 

 神はイスラエルに『聖書』を与えられました。

 ユダヤ人たちに神のみことばを託されたのです。ユダヤ民族は、神が全地のあらゆる民族の中からお選びになった神の祭司の国民だからです。

 

 聖書は、ユダヤ民族の間で代々受け継がれてきました。

 『聖書』には、地球の始まり、人類の初めから、地球の最後までが記録されています。ほかの民族に知らされていない「真理の書」です。

 天地万物を創造された全能の神、主によった、この世の摂理と定めとが記されています。

 

 初めに神の存在があります。

 すべてのものは、神から発し、神によって成り、神に至るのです。人も、その一部分です。神は、すべてのものの存在の目的であり、また原因でもある方です。

 すなわち、神の存在がなければ、天地万物は存在せず、人も存在しないということです。

 

 聖書には、初めの人の起こりと、人の堕罪、神のキリストによる罪の赦しと新しい創造、新しい天と新しい地について書かれています。

 

 ユダヤ民族は、神のキリストを世に出現させる民として選ばれました。それゆえ、『聖書』はユダヤ民族に託されました。

 神のキリストが世に現われた時に、その人がキリストであることを悟るためです。

 

 また、ユダヤ民族には、世界中のあらゆる国、あらゆる民族、あらゆる言語の人々に、私たち死ぬべき人間を永遠のいのちの新しい人に創造をして、新しい天と新しい地に招き入れてくださる神のキリストを宣教し知らせる務めがあるのです。

 

 神は、神のキリスト(神の御子イエス・キリスト)を信じたユダヤ人たちに、イエスのことばをゆだねられました。

 イエスのことばは、永遠のいのちを得させる「真理のことば」です。

 

 最初の聖書を「旧約聖書」と呼び、人の子となられて来られた神の御子キリストのことばを「新約聖書」と呼んで、ユダヤ民族の聖書に、新しい契約が加えられました。

 

 「旧約聖書」は、死と滅びに定められた人類の罪を贖って神との和解を成立し、また、罪が贖われて神に罪赦され義とされた罪人を、新しく造り変えて永遠に生きる神の子どもとしてくださる、天から来られる「メシア(救世主)」をイスラエルに遣わすという、神の約束です。

 

 「新約聖書」は、イスラエルに「救世主」を遣わすと約束された「旧約聖書」のみことばが実現した記録と、また、神のキリストのことばに聞き従うならば、その人は新しい創造により永遠のいのちを得させられ、神の子どもとして天の御国にはいる、という神の約束です。

 

 「神は、むかし(ユダヤ人の)先祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。(先祖たちの時代には、大勢の預言者たちを通して、神が起こそうとしておられる御救いの御計画をいろいろな方法で語られました。それが、「旧約聖書」です。しかし、終わりの時には、神のひとり子に肉体を造り、「人の子」となられた御子ご自身をユダヤ民族に遣わし、顔と顔とを合わせ、肉声で語られました。すべての人は、神が遣わされたひとりの預言者である神の御子イエスの口から「真理のことば」を直接聞いたのです。それが、「新約聖書」です)

 神は、(旧約聖書の成就として神のひとり子ナザレのイエスを遣わし)御子を万物の相続者(神は、天においても、地においても、いっさいの権威を、御子イエスにお与えになりました)とし、また御子によって世界を造られました。(この世界〈肉体の人の現象の世界〉は神のことばで造られました。神は、〈人の子となられた〉御子によって、〈死に勝利し永遠のいのちで生きる新しい人(御霊の人)を創造し、新しい人〈新しく創造された神の子ども〉たちのために新しい世界〈新しい天と新しい地〉を造られました)」(へブル1:1,2)

 

 「神が多くの子(神の子どもとされる人の子)たちを栄光(新しい創造と神の御国)に導くのに、彼らの救いの創始者(「人の子」となられた神のひとり子)を、多くの苦しみを通して(十字架で刺し通されて)全うされたということは、万物の存在の目的であり、また原因でもある方(いのちの根源)として、ふさわしいことであったのです。

 聖とする方(神のひとり子)も、聖とされる者(人の子)たちも、すべて元(いのちの根源であられる神)は一つです。(ひとりの全能の主によって造られており、主は、神のひとり子キリスト・イエスの父であられ、聖とされた人の子、すなわち、神の子どもとされる新しい人たちの父なのです)」(へブル2:10、11)

 

 「御子は神の栄光の輝きであり、神の本質の真の姿であって、その(聖霊に満ちた)力あるみことばによって万物を保っておられます。

 そしてきよめのわざ(十字架で流された神の子羊の血の贖いのわざ)をなし終えてから、いと高き所にいます大能者(天の御座におられる方)の右の座に着かれました。」(へブル1:3)

 

 「新約聖書」は、旧約聖書で約束された御救いのみわざの完成の記録であり、御霊による新しい契約が書かれています。

 

 旧約時代、神は大勢の預言者たちによって語られました。

 新約時代、神はひとりの預言者イエス・キリストによって語られました。

 終わりの時代、神は、一人ひとりに分け与えたキリストの御霊、すなわち、真理の御霊によって語られます。

 

 神は生きておられます。

 人のからだに口をつけたのも、耳をつけたのも、神です。

 神は語り、御声を聞かせられます。

 神は御自身を現わされるのです。それで、一人ひとり神の栄光を見、神を体験するのです。

 

 「その後、わたし(主)は、わたしの霊をすべての人に注ぐ。

 あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。

 その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。」(ヨエル2:28,29)

 

 今は、聖霊の時代です。

 すべての人に御霊が注がれています。

 もし、心静かに主を待ち望むならば、神は御自身を現わしてくださるでしょう。

 

 「それゆえ、主はあなたがたを恵もうと待っておられ、あなたがたを憐れもうと立ち上がられる。

 主は正義の神であるからだ。

 幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。」(イザヤ30:18)