ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

携挙の時

 

 イエスは、世の終わりの前兆について語られました。

 「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉と地震が起こります。しかし、そのようなことはみな、産みの苦しみの初めなのです。」(マタイ24:7,8)

 

 夜明け前に、夜が明ける(千年王国が現われる)しるしとして用意されたのは、闇の力が放たれることです。

 飢饉と地震は、神が許された世の終わりのしるしです。これは、世界規模で起こります。しかし、終わりが来たのではない、と主イエスは言われます。いよいよ終わりが近づいた、と知らせる前兆なのです。

 

 世界で起こる戦争も、終わりが近づいたことを知らせる前兆です。戦争は忌むべき事態であることは、平和を望む人々は誰もが思います。しかし、これは避けることができないようです。このことは、世の終わりの前兆だからです。

 前兆を見て、終わりの備えをするように、と神は聖徒たちに語っておられます。

 

 日本列島から世界を救う人が起こると噂されています。そのことは、日本人の中にヤコブ十二部族の血統の人がいるというあかしです。

 ユダヤ人から救いが出ることは、神が定めておられることだからです。

 

 約二千年前、ユダヤ人たちを諸国に散らされた神は、イエス・キリストがお生まれになる以前に、すでに、神を恐れる忠実な神のしもべであるユダヤ人たちを、十二部族のそれぞれの部族から選び出し、東の果てにある日本列島に移して、大海に囲まれた日本列島の中で守り、自然との調和の心を培って、生ける神のしもべとして育てつつ、彼らを神のふところの中で安全にかくまって養っておられたと思われます。それは、世の終わりに、世界を救いに導くためです。

 

 闇の王である悪魔もまた、ユダヤ人から世界を救う者が起こることを知っています。それゆえ、ユダヤ人の王イエス・キリストのかかと(ユダヤ民族)に噛みついています。

 約二千年前、ベツレヘムで神の御子イエス・キリストは生まれました。世の罪を取り除き、永遠のいのちを得させる救世主です。

 悪魔は、キリストの命を狙っていました。ユダヤ人の王がお生まれになった、と東方の博士から聞いたヘロデ王は、キリストが生まれたベツレヘム周辺の二歳以下の男の子を皆殺しにしました。

 そして、イエスを憎む獣の種を祭司、律法学者、パリサイ人たちの心に蒔き、イエスを十字架で殺しました。

 

 悪魔は、勝利を味わいましたが、イエスは死から復活し、悪魔を驚愕させました。

 神は、もうひとりの世界を救う者を用意しておられました。神の御子キリストに焦点を合わせていた悪魔の知らないうちに、終わりの時代に世界を救うユダヤ人を、日本列島に移し隠しておられました。

 神は、日本列島のヤコブの子孫から、イスラエルのこともユダヤ人である記憶も取り除かれました。彼らを悪魔から守るためです。

 

 預言者エリヤは、生きたまま天に上げられました。エリヤのことは、世の終わりに携挙される御霊の教会のひな型です。

 エリヤは最後まで、神のことばとともにありました。神に聞き従って、神に遣わされるまま、ギルガル、べテル、エリコ、ヨルダンへと巡るエリヤから、後継者となる預言者エリシャは離れませんでした。

 

 エリシャは、エリヤからエリヤの二倍の霊を受けることを望み、主がたつまきに乗せて天に上げられるエリヤを見ました。

 エリヤは、自分の上にあった主の霊をエリシャに受け継がせ、天へ上って行きました。エリシャの上に、エリヤと同様の霊の二つのものが留まりました。

 

 パウロは言います。

 「霊によっても、あるいはことばによってでも、あるいは私たち(使徒など主の権威を持つ人たち)から出たかのような手紙によってでも、主の日がすでに来たかのように言われるのを聞いて、すぐに落ち着きを失ったり、心を騒がせたりしないでください。

 だれにも、どのようにも、騙されないようにしなさい。なぜなら、まず背教(キリストの霊に背いて、反キリストの偽りの霊に従う人々)が起こり、不法の人、すなわち、滅びの子(反キリスト)が現われなければ主の日は来ないからです。」(テサロニケ第二2:2,3)

 

 聖霊の雨の注ぎがあって、信仰を受ける人々が起こります。世界的な覚醒の時です。

 キリスト教会に聖霊が注がれると、神につく者とそうでない者とに分かれます。

 背教者たちは、まことの信者を迫害し苦しめます。キリスト教徒(カトリック教会の中に多くいると思われます)の殉教の死が許されるでしょう。しかし、そのことは社会問題とされるほどのニュースにならないかも知れません。

 自分たちこそが真理だと信じていた背教者たちは、自分たちが棄教者となったことに気づき、神の裁きを恐れます。

 

 このような流れの先に、日本から神が召した人々(聖霊に満たされた白い兄によって、神の使命を受け取る「ふたりの証人」と十四万四千人のユダヤ人)が起こります。

 

 この聖霊に満たされた「白い兄」は、携挙する御霊の教会に属する人と思われます。

 「ユダヤ人の時」に聖霊の働きを担う、「ふたりの証人」と「十四万四千人のユダヤ人」を出現させて、ユダヤ教徒やユダヤ人の救いのために召されているイスラエルのメシヤニック・ジューたちのところに、「ふたりの証人」を連れて行くと、エリヤが役目を終えて天に上っていったように、「白い兄」は消えるでしょう。

 

 「私たち(使徒たち)は主のみことばのとおりに言いますが、主が再び来られるときまで生き残っている私たちが、死んでいる人々に優先することがありません。」(テサロニケ第一4:15)

 

 携挙は、キリスト教徒の殉教者の数が満ちた後で起こります。殉教者たちよりも先に天に上ることはありません。

 

 「主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。(復活の主イエスは、迎えに来られます。これはキリストの地上再臨ではありません。空中再臨です)

 それからキリストにある死者(一粒の麦となった殉教者)が、まず初めに甦り、次に、生き残っている私たち(携挙される御霊の教会の人々)が、たちまち彼ら(殉教者の魂と白い兄)といっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。」(テサロニケ第一4:16,17)

 

 「万軍の主、イスラエルの神はこう言われる。

 あなたがたのうちにいる預言者と占い師に惑わされてはならない。また彼らの見る夢に聞き従ってはならない。それは、彼らがわたしの名(主の名)によってあなたがたに偽りを預言しているからである。わたしが彼らを遣わしたのではないと主は言われる。」(エレミヤ29:8,9)

 

 世の終わりに、神は滅ぼすことを望んでおられるわけではありません。

 多くの人が救われることを望んでおられます。

 

 「イスラエルの家よ(アブラハムの信仰の子孫よ)。わたし(主)はあなたがたを、おのおのその行ないに従って裁くと、主なる神は言われる。

 『悔い改めて、あなたがたのすべてのそむきの罪を振り捨てよ。不義に引き込まれることがないようにせよ。そうでないと、悪はあなたがたを滅ぼす。

 あなたがたの犯したすべてのそむきの罪をあなたがたの中から捨て去り、新しい心と、新しい霊(主の御霊)とを得よ。

 イスラエルの家よ(神の民よ)。なぜ、あなたがたは(不義をかかえたまま)死のうとするのか。

 わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。だから、悔い改めて、生きよ。」(エゼキエル18:30-32)

 

 神は、ひとりでも多くの人が悔い改めて生きることを望み、殉教者の血と携挙の時を遅らせておられるようです。

 

 携挙に預かる人たちは、最後まで忠実に主の御心を成し続けます。ひとりでも多く救われるように、という主の御旨に従って執り成します。

 エリヤは、自分が天に上げられることを知っていました。しかし、人々から離れて身を清め、携挙を祈り待ち望んでいたわけではありません。後継者のエリシャの上に、自分に置かれた主の霊が移されるのを見届けながら、すなわち、自分が去った後にもイスラエルが主に従うものであることを願いながら、自分自身の働きを全うしたのです。

 

 日本人から立つ「ふたりの証人」と「十四万四千人のユダヤ人」の働きが祝福されるために執り成しましょう。

 神が世界の救いのために起こされる人を、多くの日本人が信じることができるように、また、神の救い主キリストの霊によって働く、神に召されたその人に従うことができるように祈りましょう。

 

 携挙の時は、それらの働きの延長にあるのです。