ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

殻の魂の闇 実のある魂の光

 

 神はいのちを得させようと、生ける神に立ち返る時を設けておられます。

 いのちの祭典である、大阪・関西万博も、いよいよ終盤に差し掛かっています。

 

 赤字が危惧されたこの万博も、多くの人がチケットを購入し、黒字となっているようです。

 しかし、問題が生じています。すでに、チケットを購入している人たちが、会場に入れないという、異例の事態です。

 130万枚ほどのチケットが未使用のまま、入場制限されているという事態です。チケットを持っているのに、当日券に引き換えなければ入場できず、しかも、人数制限されています。

 多額の交通費を使いやって来て、当日券と引き換えるのに何時間も並んで待っているのに、目の前で、「本日の引き換えチケットは終了しました。明日、またお並びください。」と、門前払いされるのです。

 

 万博のチケットは、払い戻しはしない、ということになっているそうです。払い戻ししないというのに、購入したチケットを持って会場にやって来ても、使用することができないとは、一体どうなっているのでしょうか。

 一年間とか、長い使用期間のあるチケットならば、払い戻ししません、というのはわかりますが、あと残り僅かでイベントが終了するのに、また、その期限までにちゃんと来ているのに、会場に入れない、とはなんとむごいことをするのだろうと思います。

 払い戻ししないのならば、チケットを持っている人に入場規制するのは、理に合わないと思います。

 

 そもそも、チケット購入者たちは、赤字かも知れないと懸念されていた頃に購入してくれたなぐさめの人たちです。その当時、購入者たちに感謝していた事と思います。彼らに恩を感じてもいいくらいなのに、なんとひどい仕打ちをするのでしょうか。

 100万人以上の人たちが未使用のチケットを持って、会場入場を待ちわびているのに、今尚チケットの販売をしていることの理由がわかりません。

 

 秋篠宮が大阪・関西万博の名誉総裁ということで、悪いことが起きなければよいが、と心によぎった人たちもいるのではないでしょうか。

 赤字と心配されていたのが、黒字となり、やれやれ、というはずが、実は100万人以上の人たちの犠牲のうえに成り立っていることがわかって来ました。

 

 まさに、秋篠宮家の闇が明るみに出されたという感じです。

 昭和天皇の喪中に、婚約会見をされた礼宮(現秋篠宮)と川嶋紀子さん(現秋篠宮妃)。

 平民の家庭であっても、祖父の喪中に目出度い祝い事をするでしょうか。喪が開けてからではないでしょうか。このことにより、昭和天皇を悼む心のない川嶋家と美智子様の実体を見ることができます。

 

 秋篠宮家に生まれた男の子は、代々皇族の学び舎である学習院ではなく、お茶の水女子大学附属小学校に入学。そのため、この小学校の周囲に、目隠しの設備がつくられたのを、ニュースで見ました。学習院であれば、こんなお金を使わなくてもよかったのに、と思いました。

 天皇になる方は、幼い頃から帝王学を学び、天皇としてのあり方を身に着けます。しかし、帝王学の学びもなく、また、皇族方の歴史ある学び舎の学習院ではなく、皇族の品性を養うための考慮がされているわけではない一般の学校で学んでいます。

 

 秋篠宮家は、秋篠宮邸をなんと、30億円以上のお金をかけて、改修しています。私費ではありません。天皇でもないのに、天皇家よりも、多くの費用がかかっています。

 秋篠宮は、今上天皇の大嘗祭の費用を公費でやるべきではないと、メディアを通して公言しています。自分の贅沢三昧の浪費を棚に置いて、国民のための祭司である天皇の務めである大嘗祭の儀式を私費でせよ、とはよく言ったものだと、あきれかえりました。

 

 三人のお子様含めて家族のすべてが、今までの皇族の尊厳を損ねる問題だらけの秋篠宮家。国民への愛と守りの心を持たない人たちが、神の御前で国民のために執り成す務めが自分にあると思っているのでしょうか。

 

 古代ユダヤでは、神に受け入れられない祭司が神の御前に立つならば、ただちに打たれて息絶えていました。

 

 神は、秋篠宮家に祭司の務めを与えておられません。初めから、召しておられないのです。それゆえ、神が、悠仁さんを皇族の学び舎に置かれず、帝王学を受けさせておられないのだ、とわかってきました。

 

 日本の天皇の務めは、今上天皇で完成です。しかし、国民が知るならば日本の終わりか世の終わりかと騒動になるので、闇の勢力がイミテーション皇室を演出しているのでしょう。神は、あえて天皇制がこれからも継続するとみられる状況をつくることを許されたのではないかと思います。

 闇の勢力は、日本国民が目覚めて世の終わりに備えることを妨害するために、皇室と宮内庁に闇の勢力を配置したのでしょう。

 

 平成の天皇、現上皇は、戦後GHQの配下で、アメリカ人クリスチャン女性が教育係につけられています。また、日本聖公会のクリスチャンである小泉信三が教師であったそうです。カトリックの信仰に影響を受けている美智子妃選定に深くかかわった人物でもあるそうです。

 

 闇の勢力が、皇室をキリスト教の闇の力によって支配するために、穴をあけました。

 カトリックの中では、ソドムとゴモラの罪が深く入り込んでいるのに、だれも、正すことはできません。旧ジャニーズでさえ、人目にさらされて、解体し、罪の清算をさせられているのに、神の教会であるカトリックの中では、光を投じる者はいません。

 

 偶像礼拝の罪、性的罪、貪欲の罪、偽善者の罪、あらゆる罪のるつぼとなっています。神が、反キリストと反キリストの国によって、汚れて罪深いカトリックの組織を火で燃やすことを決めておられます。サタンの深みを知らない人には理解できないことです。

 神は、火で燃やすために、今も保っておられます。

 

 秋篠宮家や皇室で強い支配権を持っている美智子上皇后が問題なのでしょうか。

 神は、彼らをどう見るかを図っておられるのだと思います。霊によって生ける神を知ろうとしない人々は、その地位の前にへりくだります。

 

 彼らは、神に受け入れられるものと、そうでないものとの違いがわからないのです。彼らは、地上の価値観に従って生きています。

 

 伊勢神宮での「帰れコール」。初めはびっくりしたものの、神の土地を守って来た人々は、霊に於いて神のものとそうでないものとの違いをわかる人たちなのだ、と感心しました。

 彼らは、生けるまことの神を礼拝する真実な信仰者たちです。聖なる神を恐れる、正しい魂の人たちです。

 彼らの魂は、目に見えない神とともにあって、神に受け入れられる真実な信仰の実のある光の魂だと思います。神の聖域を守る人々です。

 

 しかし、霊で見分けないで、実のない殻の不信者を尊ぶ人々は、彼ら自身、神の御前に差し出す実のない、殻の魂だと思います。

 

 神は、これから、実のない殻の魂を暗闇に、実のある生きた信仰の魂を光に導かれるのでしょう。

 

 どんなに熱心に、宗教に仕えていても、神に喜ばれるものを選ぶことのできない霊的死人は多くいます。

 神に受け入れられる光の子は、神からのものを知っています。偽りものに騙されません。彼らの霊が警告を捉えるからです。彼らの霊は生きていて、人に教えられなくても、神からのものかそうでないのかを見分ける霊的感覚を持っているのです。

 

 それは、多くの痛みと悲しみと孤独と苦しみと困難を通して培った、神からの賜物です。

 

 裁き主である生ける神は、手に箕を持っておられます。実のある魂と殻の魂とを選別するためです。

 実のある魂に、神は、光をともされます。いのちの輝きをお与えになるのです。

 殻の魂は、消えない火で焼き尽くされるのです。

 

 チケットを持ちながら、会場に入れない人たちは、悪しき霊の攻撃を受けているのかも知れません。闇の勢力は、人々が救われることを望んではいません。

 悪しき霊どもは、いのちの祭典に入らせないように妨げているのかもしれません。魂の覚醒と、彼らのうちにともされるいのちの光は、悪霊どもの敗北だからです。

 

 しかし、神は、会場に入れなくても、入ったのと同じ霊的祝福を彼らに用意しておられることでしょう。彼らが神に求めるならば、彼らのうちにいのちの光を置いてくださるのでしょう。目に見えない神を求める新しい心です。その信仰は、だれも奪うことができません。

 

 もう一つ、この状況を通して思ったことは、霊の覚醒とともに、世界で起こるかも 知れないという事柄です。

 神の一方的な恵みによって霊的覚醒が起こり、魂が目覚め真理を求めて、目に見えない生けるまことの霊なる神に立ち返ろうとする人々が起こるとき、キリスト教会の中にいる、イエス・キリストを信じて神の子どもとされる特権を受けているクリスチャンたちが、特権に甘んじて、真実な心で神を求めることがないため、霊とまことをもって神を礼拝する礼拝者に数えられず、御霊の教会から締め出されるかもしれない、ということです。

 

 神が天に引き上げられる教会は、キリスト教会ではなく、霊とまことによって礼拝する御霊の教会だからです。御霊の教会には、真実な信仰者たちが入ります。キリスト教の中から、神道の中から、仏教の中から、そのほかの信仰の中から、無宗教の人々の中から集められます。

 

 霊的覚醒とともに、真の礼拝者と、そうでない者、また、実のある真実な魂と、殻の魂が分けられるのでしょう。