日本国憲法第一条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
天皇の地位と主権在民とを謳っています。
天皇の地位とは、日本国の象徴としての立場であり、日本国民統合の存在である、とされています。
天皇の存在に、日本国の姿があること。また、日本国は、北海道から沖縄まで日本列島に住む日本国民を、天皇という存在にあって結合して秩序とまとまりのある国体を形成するという思想を持つ国である、と私は捉えました。
平たく言えば、様々な歴史やしきたりを持つ地域の特性や方言などの独自性を生かしたまま、天皇という存在において、一つの国家にまとまり、日本国民の国民性があらわされる、と捉えました。
天皇の地位は、日本国民の総意に基づくものだといいます。しかも、日本国民に主権があるとは知りませんでした。
憲法第二条
皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
皇位の継承は、天皇の子孫が代々承継することです。すなわち血の繋がり、血統が重んじられるということです。
現在、今上天皇ご一家と、次に継承するとされる秋篠宮一家がおられます。
憲法の中では宗教的なことには触れていませんが、天皇の存在意義は、祭祀だと思います。国家安寧と世界平和のために日々祈っておられる今上天皇の祈りによって、日本国は守られていると考えます。
天皇とは、神から祭司の油が注がれており祭祀の務めをされる方だと思っています。
ほかの国々の王とは違います。神と民の間に立って、国民の祝福と国家の安寧と栄を執り成す大祭司だと思っています。そして、ほかの国々の王家の王と異なるのは、世界平和のための祈りがゆだねられた地位であるということです。
今上天皇と天皇陛下を陰で支える皇后雅子様、両陛下の一致した姿に、私たちの心は国家の安寧を思わされます。両陛下のお子様である内親王愛子様のうちに、神の御前で国民を執り成す祭祀の心を見ます。日本国民は祈りによって守られているのです。
一方、次の皇位を継承するとされる秋篠宮家は、家族の愛も冷めていて、私利私欲による化かし合いのような邪心が見え隠れします。内親王真子さんの結婚によって露になりました。心に安らぎのない家庭、国民を悪く言う無責任な方々、これも、現在の日本国民の姿なのだと思います。
憲法第八条
皇室に財産を譲り渡し、または皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基づかなければならない。
真子さんが小室さんと結婚してアメリカに発つまでの住まいは、一泊86万円もするホテルの部屋だった記憶があります。
無職の夫小室さんは、妻のホテル代にどれだけの経済力があるというのでしょうか。
当時のアメリカの住居も学生の人の住まいとしては贅沢なものです。どうやって、その生活を維持しているのか?国民は貧しくなっているのに、平民になった真子さんはかなりの水準の生活をしています。無職の夫と結婚する覚悟を持つならば、貧しさに耐えてほしかったです。そうすれば、真子さんは経済力よりも愛を貫いたと感動して応援する人も現われたのかもしれません。
また、秋篠宮邸の改修費には莫大な費用がかかっています。
これらのことは、国会の議決に基づいてのことなのでしょうか。
美智子上皇后、紀子妃の衣装代も相当な金額だそうです。
昭和天皇の時代の香淳皇后はそのようなお金の使い方はされませんでした。現在の雅子皇后もそうです。
美智子上皇后と紀子妃はよく似てます。霊性が同じであり、仲間です。
毒麦は成長するまでは、麦と区別がつかないといいますが、本当にそうでした。日本国民はまんまと騙されました。
日本の象徴である天皇の地位は、現在二分されています。国民の意識も二分されます。
今上天皇家に見る日本国、また、秋篠宮家に見る日本国。
秋篠宮家は、天皇家ではないのに、まるで皇室であるかのように振る舞っています。しかし、彼らには、国民を祝福する愛も祈りもありません。彼らは、国民を足台として、天皇の座に着いて権威を振るいたいのです。お金に貪欲な人々です。彼らは、天皇のなすべき働きや責任に対しては無頓着です。
彼らに天皇の血統の魂はありません。平民の魂があるだけです。
彼らに皇位を譲り渡した人々の罪は重いです。
なぜならば。天皇の地位は、日本の神々の地位だからです。すなわち、神の御前で仕える者の地位なのです。神への畏れ、畏敬の念のない者をその立場に置くことは、日本国に災いをもたらすことを知らないのでしょうか。
このことは、生けるまことの神を恐れない人々の成せるわざです。彼らの神を侮る罪によって、日本列島は呪われ、日本国民に災いをもたらすことに、だれが責任を取ってくれるのでしょうか。
それでも、秋篠宮家をひいきする人々はいます。それは、彼らが目に見えない神を恐れる心のない仲間だからでしょう。
今上天皇は、次の天皇はないことを、霊によって御存じだと思います。祈る方だからです。
神は、次の天皇を皇居に住まわせられません。
北朝の天皇から南朝の天皇に、代替わりする時が来たのです。
南朝の天皇は、神に隠されています。祈りの人のようです。お金持ちではなく、普通の人のようです。おそらく、自分が何者であるかを知らない人だと思います。
126代目の今上天皇のあとに、神が皇位を与える方は、南朝の天皇です。神御自身が決めておられます。南朝の天皇は、皇位の最後の相続人です。
そして、神は霊において、今上天皇と神が選ぶ南朝の天皇とを一つにされるでしょう。世界を救う使命、祈りの使命において一つにされるでしょう。
神から出た者は調和するのです。
しかし、天皇家と秋篠宮家とは、一つになることはありません。
国会で議論する人々や、秋篠宮家につく宮内庁の人々や関係者たちは、恥を見ることでしょう。
日本列島の中で、魂の覚醒が起こり、真理につく光の子らが現れているようです。光の子らは、決して偽り者に騙されません。
今上天皇ご一家、また、愛子様を喜び、祈りと思いによって支える人たちでしょう。
真理よりも自分の利益、保身に心のある人々、また、神を恐れない人々は、憲法に守られた秋篠宮家につくでしょう。彼らは、憲法によって、自分たちの正しいことを主張するでしょう。
このように、国民もまた、神につく霊的な魂と、人間の作った規則につく霊的に盲目な魂とに分かれることでしょう。
これは、目に見える日本国民の霊的試験とも言えます。ひとりひとり、自分で選択します。
先祖代々の墓が日本列島にある日本人は大和民族の子孫だと思われます。大和魂を持つ人たちは覚醒すると、生きることを選択するでしょう。
先祖の墓が外国に地にある人々、すなわち、大和民族の血のない日本人、大和魂ではない人々は、世に流されるでしょう。目に見えない神がわからないからです。
第二次世界大戦中に、与えられた神の神示「日月神示」には、大和魂を持つ日本人は半分もいない、とあります。そして、大和魂を救うと言っています。
神は、南朝の天皇、すなわち、世界を救う「イスラエルのメシア」を、最後の皇位とされるでしょう。今も隠されている南朝の天皇は、今上天皇の祈り、また、八咫烏たちの祈り、古神道の人々の祈り、神の啓示を受ける人々の祈りによって、支えられて、神の時に姿を現わすのです。
秋篠宮家に皇位を望む人々の願いはむなしいものです。
「彼らは王を立てた。だが、わたし(天地万物を造り絶対主権を持つ神)によってではない。
彼らは首長を立てた。だが、わたしは知らなかった。(このことは、生ける神から出たことではない。神が息を吹けば吹き飛んでいなくなってしまうような人間どもの策略によるのである)
彼らは金と銀で自分たちのために偶像を造った。(偽りの者に権威を与えて、偽り者を据えた)
彼ら(あるいは彼)が(その不義によって)断たれるために。」(ホセア8:4)
もし、生きる希望を持ちながら、このことが理解できないのならば、祈りましょう。
大和魂を持つ人は、霊的な感覚によって捉え、魂によって理解できる人が多いと思います。
しかし、霊的にわからない人は、イエス・キリストの御救いを求めましょう。イエス・キリストが救い主であることがわかるように、神に祈りましょう。
霊的感覚の目覚める人は、霊によって正しいものを捉えることができます。生けるまことの神のものに、真理を見い出すからです。偶像、人間が作り出したものにいのちを感じないのです。彼らは、まやかしに騙されません。永遠のいのちを得るために目覚めるのですから。
しかし、霊的な感覚に自信のない人や戸惑いを感じる人は、キリスト教会の福音、救い主イエス・キリストによって、いのちの道にはいることが安全な道です。キリスト教会の門を叩きましょう。
神道の中には、神を霊的に捉える人たちも普通におられるでしょうが、キリスト教会では、いのちの道に辿り着くみことばを教え、いのちの道にはいる信仰を育ててくれるからです。