ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

大祭司キリストの祭司キリスト者たちの祈り

 

 「わたし(イエス)は、あなたがた(キリスト者たち)がわたしの名(主イエス・キリストの御名)によって求めることは何でも、それをしましょう。父(天の神)が子(神のひとり子)によって栄光をお受けになるためです。

 あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたし(天のまことの聖所で仕えるとこしえの大祭司のキリスト)はそれをしましょう。」(ヨハネ14:13,14)

 

 神が立てられたレビ族の祭司の場合は、人間であり、死ということがあるため、祭司の務めにいつまでもとどまることができず、大勢の者が祭司となりました。

 「しかし、(死から甦られ、御霊のからだで復活し天に上られた)キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。」(へブル7:24)

 

 レビ族の祭司の場合は、誓いなしに祭司となるのですが、主キリストの場合には、イエス・キリストに対して次のように言われた方(天の神)の誓いがあります。

 

 「主(全能の神、生けるまことの神)は誓ってこう言われ、御心を変えられることはない。

 『あなた(御霊によって新しく生まれ、新しく創造された人の子イエス・キリスト)はとこしえに祭司である。(キリストは、メルキゼデクに等しい祭司として、祭司の油が注がれています。死から甦られて永遠に生きられるキリストは、神の子羊イエスの血を携えて天の聖所にはいられました。キリストは、天の聖所で仕える大祭司となられたのです)』

 そのようにして、イエスは、さらにすぐれた契約の保証となられたのです。」(へブル7:21,22)

 

 レビ族の祭司の契約は、十字架の贖いのみわざによって完了しました。

 神は、新しい契約を、イスラエルにお与えになりました。

 ユダ族のダビデの子ナザレのイエスが、預言者の油、イスラエルの王の油、天の聖所で仕えるとこしえの大祭司の油を注がれたキリストとしてイスラエルに来られて律法を完成し、神は、キリストによって、とこしえのイスラエルと新しい契約を結ばれました。

 

 とこしえのイスラエルは、一度死んでも死から甦るキリストを頭とするキリストのからだです。御霊によって新しく生まれ、永遠のいのちを得させられる神の国民です。

 天地を滅ぼされる神が、白い御座で被造物を裁き、悪魔と悪霊どもと、悪魔の子らと、闇の子らと死者たちを滅ぼした後に、神が新しく起こされる新しい天と新しい地とにとこしえに住まわせられる神の子どもたちです。

 悪魔に勝利を取られた人の子、すなわち、永遠に生きられる第二のアダム(神の子羊イエス・キリスト)の御手の中にある七つの御霊の教会です。

 

 神が、キリストによって結ばれた、ユダヤ人の律法にまさる新しい契約は、御霊によって心に割礼を受ける「とこしえのイスラエル」との契約です。

 イエスは、さらにすぐれた契約の保証となられたのです。

 なぜならば、最初の契約によっては、永遠のいのちは得られませんが、神の御子イエス・キリストによる新しい契約は、真理の御霊を与えられて心の割礼を受け、永遠のいのちを与えられて神の子どもとされ、神の御子キリストとともに、天の御国の相続人とされるからです。

 

 「律法は弱さを持つ人間(レビ族の祭司)を大祭司に立てますが、律法のあとから来た誓いのみことば(あなた〈世の罪を取り除く神の子羊イエス〉はとこしえに祭司〈天のまことの聖所で仕える大祭司キリストである〉との神の誓い)は、永遠に(罪の贖いと神との和解と魂の御救いと新しい創造とを)全うされた御子(主イエス・キリスト)を立てるのです。」(へブル7:28)

 

 ヨハネの黙示録1:5,6には、

 「イエス・キリストは(イエス・キリストを救い主と信じてキリストの御霊を受けた)私たちを愛して、その血(十字架で流された神の子羊の血)によって私たちを罪から解き放ち、また、私たち(聖霊の器)を王国(キリストが王として治められるとこしえのイスラエル王国)とし、ご自分の父である神(天の神、生けるまことの神)のために(私たち「御霊の器」を)祭司としてくださった方である。」とあります。

 

 「主(神の預言者であり、とこしえのイスラエルの王であり、とこしえの大祭司であられる主イエス・キリスト)のもとに来なさい。

 主(神の御子イエス・キリスト)は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石(神の国の土台)です。

 あなたがたも生ける石(神の国の魂)として、霊の家(御霊の新しい創造によって神の子どもに造り変えられる「キリストのからだ」)に築き上げられなさい。

 そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊の生贄(賛美と感謝と御霊の祈り)をささげなさい。」(ペテロ第一2:4,5)

 

 キリストの御霊を受けた聖霊の器は、イエス・キリストの御名によって祈り、天のまことの聖所で仕えておられる大祭司キリストに祈りをささげる、地上の祭司の務めがあるようです。

 

 祭司は、神と人との仲介者です。天と地とを繋ぐ和解の務めを持つ神のしもべです。

 神は、キリストにおいて、御霊によって生まれた「聖霊の器」を地上に配置しておられます。彼らは、地上に置かれた生けるまことの神の祭司なのです。

 

 イエスは言われました。

 「わたしの名(主イエス・キリストの御名)によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。」(ヨハネ14:13)

 

 神が人の子によって栄光をお受けになること、それが、イエス・キリストの望みです。神が遣わされた人の子イエスの御名によって祈ることは、神の誉れです。

 また、人の子イエスの御名によって祈った祈りがきかれることは、父の栄光なのです。

 

 世には、神が地上に遣わされた「人の子の霊」と、この世の君である悪魔に支配される「獣の霊」とが存在します。人の子の霊は、神の御子につくキリストの霊です。獣の霊は、神のひとり子を憎む悪魔、神に敵対する悪魔と悪霊どもにつく反キリストの霊です。

 キリストの霊は、真理の光。反キリストの霊は、偽りの光。

 真理の光は御霊とともにあり、偽りの光は闇の中にあります。

 

 世は、火で滅ぼされることが定まっています。

 その火の滅びから救い出す方は、キリストです。

 キリストにつく魂は、真理の御霊を受けて、神のみもとに帰ります。

 反キリストにつく魂は、偽りの光の中で生きる闇の子らで、火で滅ぼされます。

 

 「だれが知っているだろうか。

 人の子らの霊は上に上り、獣の霊は地の下に降りて行くのを。」(伝道者3:21)

 

 キリストがイスラエルに来られる前は、救いはなく、世は暗闇の中にありました。

 しかし、神が救い主イエス・キリストを遣わされると、真理の光が闇の中に輝いたのです。

 

 人々の魂は、救いを求め、真理を捜し求めます。

 「神は、ひとりの人(アダム)からすべての国の人々を造り出して、地の前面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界(国、民族、言語による境界)とをお定めになりました。

 これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。(これは神の知恵によるのであって)神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。(格差や差別、分断によって、人々は傷つき、アイデンティティを求めてさまよっているうちに、真理に巡り合うこともあるのです)」(使徒17:26,27)

 

 2024年元旦に起きた能登半島の地震には大変驚きました。

 翌日2日未明に、龍神からメッセージを受け取ったという人がいます。

  「七尾三百年の火の呪縛が解き放たれた。案ずるな。」

 

 能登半島七尾市の岩穴集落で、三百年以上守り神として受け継がれた火「火様」が能登半島地震で焼失したとのこと。

 約三百年続いた風習の火種が消えました。しかし、これは、新しい霊的段階を開くために、目に見えない神の御手のなされたわざだったように思います。

 火は霊(ひ)でもあり、何かを守るために、灯され続けていたのでしょう。火の呪縛ということは、何かを封印するためのものだったのかもしれません。しかし、神の時が来て、封印が解かれました。

 

 2025年は、日本列島に仕掛けられていた封印が解かれる年だそうで、そのしるしとして、三百年守られて来た火種を消すことで、封印解除のラッパが響いたのかもしれません。

 

 しかし、七尾の火種は、失うことを案じて、珠洲市と金沢市にも点火して、三か所で保存されていたようです。それで、七尾市の伝統の火種は地震で焼失しましたが、二か所の火種は残ったようです。

 

 もとの火種が焼失したので、三百年の火の呪縛はおおよそ解かれたでしょうが、完全ではなかったと思います。

 それゆえ、日本列島の封印解除、特に魂にかけられた封印解除は完全ではなかったと思います。

 

 闇の力に覆われた大和魂の覚醒は、完全ではなかったのでしょう。取り残しがあると思います。

 

 そこで、地上の祭司の役割を担うキリスト者「聖霊の器」の祈りが必要となります。

 なぜならば、御霊にはいのちがあって、いのちの水の川を流すいのちの泉でもあるからです。そして、御霊によるイエス・キリストの御名による祈りは、天の大祭司に直接的に聞き届けられるからです。

 

 日本列島にイエス・キリストの血を注ぎ、悪しき霊の働きを封印しましょう。聖霊の器おのおのその場所にあって、それぞれがその地域の罪の贖いときよめ、呪縛からの解放のために祈りましょう。

 

 キリストは、イエス・キリストの父なる神の栄光の為に、聖霊の器を祭司としてくださったのです。

 キリストの血によって聖なる祭司とされた聖霊の器は、いよいよ地上の祭司の務めを果たしていきましょう。

 

 土壌(日本列島)がきよい地にならなければ、そこに蒔かれている種(日本人の魂)も芽生えることができません。また、種にいのちが無ければ、芽を出しません。

 日本列島にキリストの血を注ぐ祈りは、日本列島の土壌をきよめ、また、死んだ種の不信仰を取り除いていのちを得させる、祭司の務めです。

 

 聖霊を宿すキリスト者は、神の家を建て上げる生ける石です。

 魂の覚醒は、神の家族の誕生です。神道からも仏教からも無宗教からも、いのちある者たちが集められます。

 神の家の土台であるキリストのために、聖霊の器は、日本人の魂の覚醒と真理の御霊を受ける備えがなされるように、御霊の祈りによって、千年王国にはいる日本人の信仰の土台を築いてまいりましょう。