ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

しもべを懲らしめ従わせられる生ける神

 

 「主が大風を海に吹きつけたので、海に激しい暴風が起こり、船は難破しそうになった。

 水夫たちは恐れ、彼らはそれぞれ、自分の神に向かって叫び、船を軽くしようと船の積荷を海に投げ捨てた。しかし、ヨナは船底に降りて行って横になり、ぐっすり寝込んでいた。

 船長が近づいて来て彼(ヨナ)に言った。『いったいどうしたことか。(船が難破しそうな時に)寝込んだりして。起きて、あなたの神にお願しなさい。あるいは、神が私たちに心を留めてくださって、私たちは滅びないですむかもしれない。』

 (船に乗っている)みなは互いに言った。『さあ、くじを引いて、だれのせいで、このわざわいが私たちに降りかかったかを知ろう。』

 彼らがくじを引くと、そのくじはヨナに当たった。

 そこで彼らはヨナに言った。『だれのせいで、このわざわいが私たち降りかかったのか、告げてくれ。あなたの仕事は何か。あなたはどこから来たのか。あなたの国はどこか。いったいどこの民か。』

 ヨナは彼らに言った。『私はへブル人(ユダヤ人)です。私は海と陸を造られた天の神、主を礼拝しています。』

 それで人々は非常に恐れて、彼(ヨナ)に言った。『何でそんなことをしたのか。(神に召され神のことばを伝える預言者のヨナが、神のことばを聞きながら、なぜ神に背いたのか)』

 人々は、彼(預言者ヨナ)が主の御顔を避けてのがれようとしていることを知っていた。ヨナが先に、これを(そのことを)彼らに告げていたからである。

 彼らはヨナに言った。『海が静まるために、私たちはあなたをどうしたらいいのか。』海がますます荒れてきたからである。

 ヨナは彼らに言った。『(神に逆らった)私を捕えて、海に投げ込みなさい。そうすれば、海はあなたがたのために静かになるでしょう。わかっています。この激しい暴風は、私(ヨナの背きの罪)のために(ヨナと同じ船に乗っている)あなたがたを襲ったのです。』

 その人たちは船を陸に戻そうとこいだがだめだった。海がますます、彼らに向かって荒れたからである。

 そこで彼らは主に願って言った。『ああ、主よ。どうか、この男のいのちのために(神に逆らうヨナの背きの罪を裁くために)、私たちを(ヨナと同じ船に乗っている私たちをも)滅ぼさないでください。罪のない者の血を私たちに報いないでください。(罪のない者の血を流す罪を、私たちに負わせないでください。ヨナに罪があるのかないのかは主がご存知です。)主よ。あなたは御心にかなったことをなさるからです。(私たちの神〈海と陸を造られた神〉は、天におられ、その望むところをことごとく行なわれる。〈詩篇115:3〉)』(彼らもまた、海と陸を造られた天の神を恐れました。それで、海が静まるために、ヨナを捕えて、海に投げ込むことが正しい事なのかどうかを知りたかったのです)

 こうして、彼らはヨナをかかえて海に投げ込んだ。

 すると、海は激しい怒りをやめて静かになった。

 人々は非常に主を恐れ、主に生贄をささげ、誓願を立てた。(これは、ダニエルが獅子の穴から救い出された時に、ダリヨス王が民に命じた誓願のようなものだったでしょう。ダリヨス王の誓願「私の支配する国においてはどこででも、ダニエルの神(すなわち、イスラエルの神)の前に震え、おののけ。この方(イスラエルの神)こそ生ける神。永遠に堅く立つ方。(とこしえに生けるまことの神)その国は滅びることなく、その主権はいつまでも続く。(確かに、イスラエルの神の国は、とこしえのイスラエルの王イエス・キリストを得て、とこしえの主権を持つのです)この方(イスラエルの神)は人を救って解放し、天においても、地においてもしるしと奇蹟を行い、獅子の力からダニエルを救い出された。」)」(ヨナ1:4-16)

 

 ヨナは、イスラエルの神(ユダヤ人の神)からイスラエルの敵国であるアッシリアのニネベへ行って、ニネベの人々が悔い改めるように叫べ、と命じられました。

 ヨナは、敵国の救いのために預言はしたくありませんでした。それで、ヨナは主の御顔を避けて、タルシシュへのがれようとして、タルシシュ行きの船を見つけ、船賃を払って、その船に乗り込んだのでした。

 

 すると、主は、ヨナの道を阻もうと、大風を吹きつけて、ヨナの乗っている船を難破しそうにされたのです。

 激しい暴風の中でも、ふてくされたヨナはぐっすり寝込んでいました。ヨナは本当に、ニネベに対する神の命令に従いたくなかったのです。

 

 船長に起こされたヨナは船が直面している出来事は、自分に対する神のさばきであることに気づいていたことでしょう。

 イスラエルの神に仕えるヨナは、神に従うときの神の恵みも、神に従わないときの神の怒りもよく知っていました。

 

 くじを引く前から、ヨナにはわかっていたことでしょう。

 くじを引くと、船の中にいるすべての人にも、船の航行を妨げる激しい暴風の原因はヨナにあることがわかりました。

 

 神に逆らうことは、偶像の罪です。神の霊ではない霊に従っているのです。

 神の怒りの矛先は、神の御顔を避けるヨナにありました。

 

 神の怒りは、御自分の民に対して、激しいのです。神は妬む神だからです。

 「万軍の神はこう仰せられる。

 『わたし(イスラエルの神)は、シオン(神の民)を妬むほど激しく愛し、ひどい憤りでこれを妬む。」(ゼカリヤ8:2)

 

 「打って傷つけるのは悪を洗い落とすため。腹の底まで打ち叩け。」(箴言20:30)

 神は懲らしめの杖をもって、打ち叩き、邪念を断ち切られます。

 

 「父がかわいがる子をしかるように、主は愛する者をしかる。」(箴言3:12)

 

 神は、大きな魚を備えて、海に投げ込まれたヨナをのみこませ、ヨナは三日三晩、大魚の腹の中にいました。

 そして、腹の中で消化されずにいのちが守られたヨナは、大魚の腹の中から、ヨナの神、主に祈りました。

 「むなしい偶像に心を留める者は、自分への恵みを捨てます。(神のことばではない方向に心を向けていたことを悔改めます。私とともにあった恵みは、私が神に聞き従うからでした。神に背き神の御顔を避けるならば、私から恵みは去って行きます)

 しかし、(背きの罪の報いを受けて苦しみうめき、目が開かれた)私(ヨナ)は、感謝の声をあげて、あなた(主)に(賛美の)生贄をささげ、私の誓いを果たしましょう。(神に聞き従います)

 救いは主のものです。(救いは、天地万物を造られた主から来ます)」(ヨナ2:8,9)

 

 神の懲らしめの御手は、自然界の風や海の波をも動かされます。天と地は神のものだからです。

 神は、神に背く者を罰せられます。その人が集団の中にいる場合、ひとりの背きのために、神の裁きの御手はともにいる人々にも及んでしまいます。

 

 しかし、神が背きの人を罰せられたならば、神の怒りは止みます。

 生ける神は、このようにして、御自身の御力を現わし、御自身の聖なることを示されます。神の命令は侮ってはならないのです。神に召された人は、幾度も神の厳しさを経験し、神を恐れてひれ伏し、悔い改めとともに聞き従うことを学び、聞き従いと信仰に成長していくのです。

 

 ヨナの不従順により、ヨナが乗った船の中の人々も損害をこうむりました。船の積荷を海に投げ捨て、死ぬ思いをしたのです。

 

 しかし、神は、彼らにも御計画があったようです。

 ヨナを海に投げ込むと、神の怒りはおさまり、激しい暴風はやみ、海は激しい怒りをやめて静かになりました。

 船に乗っていた人々は、生ける神の栄光を見たのです。

 人々は非常に主を恐れ、主に生贄をささげ、誓願を立てたのでした。

 

 海に激しい暴風が起こったとき、船の中にいる人々はそれぞれ、自分の神に向かって叫びました。

 ヨナを海に投げ込むと、海は激しい怒りをやめて静かになりました。彼らの神々では体験することのない出来事です。

 ヨナの神は、風や波までも従わせる神です。人々は、海と陸を造られた天の神の御意志による自然界の動きと神の御力を目撃して、非常に恐れました。

 

 そして、損害をこうむったことよりも、偉大な神の御力を見、生けるまことの神の栄光を見、本物の神、天の神を知ったのでした。

 

 「あなたは知らないのか。聞いていないのか。

 (天と地を造られた天の神)主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。」(イザヤ40:28)