ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

神のために召された日本民族

 

 「島々よ。わたし(天地万物を創造した全能の主、日本民族が古から信仰する生けるまことの神)の前で静まれ。

 諸国の民よ。新しい力を得よ。(神は世界を治める主の「とこしえの神の国」を建てるために立ち上がられる)

 近寄って、今、語れ。(東の島々から出る神のしもべが国々に行って語る。〈国々よ。近づいて聞け。諸国の民よ。耳を傾けよ。地と、それに満ちるもの、世界と、そこから生え出たすべてのものよ。聞け。〉[イザヤ34:1])

 われわれは、こぞって、さばきの座に近づこう。(終わりの時代に、全人類は神のしもべのことば〈「イスラエルのメシア」の語る、生けるまことの神のことば〉を聞いて、真理を悟り神に立ち返る者と、真理を憎み神に敵対する者とに分かれる)

 だれが、ひとりの者(神のことばを語る「卍の紋章を持つイスラエルのメシア」、すなわち、ユダヤ民族十二部族の長であるユダの総督)を東(日本列島)から起こし、彼の行く先々で勝利を収めさせるのか。(彼は、罪を悔改めて神に立ち返る民、とこしえの国の国民、すなわち、永遠のいのちを得る神の民を、この世の君〈悪魔〉の死と滅びから救い出す。永遠の昔からおられる生ける神が、そのようにされるのだ)

 (天地万物を造り、天地を滅す神、すなわち、世の終わりに被造物を裁かれる天の神御自身が)彼(ユダの総督)の前に国々を渡し、(この世の君に仕え、国民にいのちを得させない)王たち(の企み)を踏みにじらせ、その剣(神のみことば)で彼ら(この世の権力者たち)をちりのようにし、その弓(神の子どもたちのいのちの光)でわら(闇の子らをいのちの枯れた死人)のように吹き払う。

 彼(ユダヤ人が待ち望むモーセのような預言者、神の国へと導くイスラエルのメシア)は彼ら(闇の子ら)を追い(すなわち、闇の子らを追い払い、闇の世にあっても闇に勝利する真理の光として)、まだ歩いて行ったことのない道(神がともにおられる全き光のいのちの道)を安全に通って行く。

 だれが、これを成し遂げたのか。(だれが、光の子らを闇から救い出すのか)

 (世の)初めから代々の人々に呼びかけた者ではないか。(生けるまことの神、人を造られた全能の神は、各々の国に、各々の民族に、希望のともしび〈彼らが信仰するその神々を通して真理のことば〉を与えていた。しかし、終わりの時代には、全世界の上に立つ唯一の神として〈あらゆる国、あらゆる民族、あらゆる言語を造られたおひとりの神として〉、御自身を現わされる)

 (ユダの総督「イスラエルのメシア」を全世界に遣わす神、「イスラエルのメシア」の口に語ることばを授ける天の神)わたし、主こそ初めであり、また終わりとともにある。わたし(聖書を与えたイスラエルの神、全能の神、主)がそれだ。」(イザヤ41:1-4)

 

 神は、日本列島に隠して、御自分の民【ヤコブの子孫】の信仰を守っておられました。

 神は、日本列島から、三人の神のしもべを立てられます。

 キリストの血で贖われ、御霊に聞き従う「聖霊の器」の火のごとき女性。

 卍の紋章を持つユダの総督「イスラエルのメシア」。彼は自然と調和し仏法の生き方を実践する人でしょう。

 ○の紋章を持つ大祭司ヨシュア「アロンのメシア」。彼は自然と調和し生けるまことの神に霊とまことをもって仕える人でしょう。

 

 終わりの時代に立つ三人の大和魂の神のしもべを、日本列島で守り育てておられる神は、日本民族に御計画を持っておられるのでしょう。

 

 イスラエルのメシアは、「とこしえの神の国」を建てるために、神が隠しておられた南朝の天皇の血統の人。奴隷の家エジプトからイスラエルを連れ出して、神の御前で、イスラエルを神の祭司の国民として契約したモーセのような指導者でしょう。

 アロンのメシアは、モーセとともに立つアロンのようにイスラエルのメシアとともに立つ人であり、イスラエルのメシアにことばを与える大祭司アロンのような人でしょう。

 

 イスラエルのメシアとアロンのメシアのふたりは、ユダヤ人を救いに導く「ふたりの証人」であり、キリストが治める千年王国の都で、とこしえのイスラエルの王イエス・キリストの王座の右と左に立つ二本のオリーブの木です。

 

 このふたりは、神に召された十四万四千人のユダヤ人に、子羊の父の名と、子羊の名を印する人たちです。

 その時が来ると、仏法の生き方をするヤコブの子孫、神道の信仰を守るヤコブの子孫、民俗信仰を守るヤコブの子孫、無宗教のヤコブの子孫など、神が召された十四万四千人のユダヤ人(本人たちは、自分がユダヤ人であることを知らないのかもしれません)は、十字架で人類の罪の贖いの血を流した贖い主イエス・キリストと、救世主イエス・キリストを地上に遣わされた神の子羊イエスの父、すなわち「生けるまことの神」の正体を、明確に悟るのです。

 

 「見よ。わたし(神である主)のささえるわたしのしもべ、わたしの心の喜ぶわたしが選んだ者。

 わたし(生けるまことの神)は、彼(モーセのような指導者「イスラエルのメシア」)の上にわたしの霊【聖霊】を授け、彼(イスラエルのメシア)は国々に公義をもたらす。

 彼は叫ばず、声をあげず、ちまたにその声を聞かせない。(彼の生きる姿に、神の真実と愛が現わされる)

 彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともなく、まことをもって公義をもたらす。

 彼は衰えず、くじけない。

 ついには、地に公義を打ち立てる。(「イスラエルのメシア」が、闇の世に神の栄光を現わすと、光の子らの魂は魂の救世主イエス・キリストを知り、神に立ち返って御救いを受ける。救い主である神の子羊イエスと信仰が結び合わされた彼らは、「とこしえのイスラエル王国」の国民とされて、千年王国にはいる「御霊の教会」が完成する)

 島々も、その教えを待ち望む。(イスラエルのメシアとアロンのメシアが十四万四千人に印を押すと、日本列島の不義は一日のうちに取り除かれます。ゴールがはっきりしなかった光の子らも、彼らの出現により、真理を悟り、御救いを得るのです)」(イザヤ42;1-4)

 

 神は、日本列島から起こる「イスラエルのメシア」を、日本民族の契約(神は、日本の国常立神〈うしとらの金神〉を通して、神のみことば「日月神事」をお与えになりました。それには、日本民族の大和魂を救うことが約束されています。日本人の四割ほどの人が有しているようです)とし、国々の光とされます。

 

 聖書の民ユダヤ教徒は、ユダヤの聖書が世界を救うと思って来たのでしょうか。

 キリスト教徒は、キリスト教が世界を救うと思って来ました。

 しかし、神がお救いになる魂は、ユダヤ教のユダヤ教徒やキリスト教のキリスト教徒ではなく、真理を教える「キリストの御霊」を持ち、心に割礼のある御霊の子どもたち、すなわち、「御霊の教会」に永遠のいのちを得させられるのです。

 

 御霊の教会は、肉の教会ではなく、霊的な教会です。目に見える教会はありません。

 ユダヤ教徒の間から、キリスト教徒の間からだけではなく、聖書を知らない仏教徒の間から、神道の間から、民族宗教の間から、無宗教の人々の間から、御霊を受ける人たちを起こされます。

 

 自然と調和し、霊によって神と交わり、愛と憐みと柔和と誠実と親切な心、宗教に侵されていない純真な魂は、神の御霊の御住まいとなるのです。

 

 現に、神が千年王国の都のキリストの王座の右と左に座して世界を治めるのは、卍の紋章(仏法)の人と○の紋章(古神道)の人と思われます。

 王座の神の子羊イエス・キリストは、ユダヤ教の「旧約聖書」と、キリスト教の「新約聖書」を成就される方です。

 聖書と並んで、日本の仏法と古神道が、父なる神の栄光を現わす信仰なのだと思われます。

 

 日本民族には、大和魂を育む日本の仏教と日本神道の信仰があります。 

 また、神の子羊イエスの血によって贖われ、キリストの御霊を受けた「聖霊の器」もいます。

 

 最後の裁きをされる神、主は、日本民族に、人類の御救いのために栄誉ある働きを命じておられるようです。

 

 仏教が偉いわけでも、神道が上なわけでも、キリスト教だけが真理なわけでもありません。

 日本民族のうちに大和魂をかたち造られた神は、日本民族に御心をお持ちのようです。

 神は、仏教の中に、神道の中に、キリスト教の中に、真理のことばを与えておられます。

 三つは一つにして、真理なのです。

 

 仏教の人たちの祈りは、「イスラエルのメシア」を強めます。

 神道の人たちの祈りは、「アロンのメシア」をきよめます。

 キリスト教の人たちの祈りは、仏教・神道・キリスト教・大和魂・日本列島・日本民族を贖います。

 

 それぞれの祈りが、神の御霊によって一つになるのです。

 日本民族の祈りは、「イスラエルのメシア」を立て、「アロンのメシア」を立て、日本列島を癒し、日本民族を贖い、永遠のいのちを得させ、そして、その御救いは全世界に及ぶのです。

 

 神が、日本の仏教、神道、キリスト教に御霊を注ぎ、聖書を知らなくても、キリストを知らなくても、いのちの道へと導き、真理の光に照らされると、それらのすべての真実な信仰者たちは真理(神の子羊と子羊の父)を悟って、いのちを得るのでしょう。

 

 神は、日本民族にキリストの務めを着せてくださいます。

 イエスは言われました。

 「わたし(神の子羊イエス・キリスト)は、世の光です。わたし(キリストの御霊)に従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」(ヨハネ8:12)

 

 「あなたがたは世の光です。」(マタイ5:14)