神は、終わりの時代のために、神に忠実な信仰を持つ正しいユダヤ人たちを、ひそかに、東の島々に寄せ集めておられたのでしょう。
ダビデ王のイスラエル王国は、ダビデの跡取りのソロモン王が神の命令に聞き従わずに外国人の女を愛して妻にしたため、外国人の妻たちの信仰に引っ張られて、イスラエルの神ではない外国の偶像の神々を拝むようになってしまったので、天地万物を造られた全能の主、ユダヤ民族の父祖アブラハム、イサク、ヤコブの神、イスラエルの神は大いに怒り、ソロモン王の後継者レハブアムの治世に、ユダ王国とイスラエル王国に引き裂かれました。
神がソロモン王に告げられたとおり、イスラエル王国は二つに引き裂かれ、イスラエルの王・父ダビデの系図の王には王家のユダ族とベニヤミン族の二部族が与えられ、残りの十部族はソロモン王の家来であったヤロブアムに与えられました。
二つに分裂したユダヤ民族は、ソロモン王の子レハブアム王の南ユダ王国も、ソロモン王の家来ヤロブアム王の北イスラエル王国も、どちらも、神に背く悪い民となりました。
王たちは、神のことばを語る預言者の警告を憎んで預言者たちを苦しめ、多くの預言者たちは王が気に入る偽りの預言をするようになりました。王は、祭司たちに対しても横柄でした。
モーセと神の祭司の国民としての契約を神と交わしたイスラエルは、ソロモン王の不義によって、神を侮る霊が蔓延したのです。
ソロモン王は、父ダビデ王のようではありませんでした。ダビデは、神に忠実なしもべであり、神と心が一つでした。しかし、ソロモン王は、イスラエルの神以外の神々を拝み、偶像礼拝の罪を犯したのです。
王の罪は、国が負うべき罪過となりました。
十部族の北イスラエル王国は、アッシリア帝国に捕囚され、離散しました。
同胞ユダヤ人のもう一つの国である北イスラエル王国に下った神の裁きを見ながら、南ユダ王国は神に立ち返ることなく、北イスラエル王国よりももっと罪深い国となり、神を怒らせました。
神は、バビロン帝国に力を与えて強くし、南ユダ王国をバビロンに捕え移しました。しかし、その期間は七十年と定めておられました。
神は、ユダヤ人たちの国土をきよめるために、罪深いユダヤ人たちを七十年の間追放されたのでした。
七十年のきよめの期間が満ちると、神は再び南ユダの二部族を先祖の地に戻されました。そして、それから約五百年後、ローマ帝国の属州となったイスラエルに、イエス・キリストがお生まれになったのです。
神の子羊イエスは、ダビデの町ベツレヘムで生まれ、ダビデの子孫として、住民登録されました。
アッシリア捕囚から離散した十部族の行方は長い間、知られずにいました。失われた十部族と言われていました。この十部族の中に、ユダヤ民族の長子ヨセフ族がおります。そして、二部族には、十二部族を治めるイスラエルの王ダビデを出したユダ族がおります。神は、ダビデ王に、「ダビデの王座は堅く立ち、その王座にとこしえの王を立てる。」と約束されました。
ローマ帝国の圧政に苦しんだユダヤ人たちは、メシアを待ち望んでいました。南ユダ王国のユダヤ人の中に、イエス・キリストは来られました。アッシリア捕囚された十部族もわずかにいたようです。混血してサマリヤ人と呼ばれる十部族の人々もおりました。
神の御子イエス・キリストを迎えたイスラエルの当時のユダヤ人たちは、神の子羊イエスを十字架にかけたユダヤ人です。そして、現在イスラエルに帰還しているユダヤ人たちは、その子孫たちではないかと思います。
アッシリア捕囚後、離散した十部族の一部の人たちは、神に導かれて東に向かい日本列島に渡来していると考えられます。その中には、イスラエル民族の長子エフライム族(ヨセフ族)の長もいたのではないかと思います。神は、極東の島々に、十部族の国を用意されたのでしょうか。
また、捕囚の時期に、二部族の一部もまた、神に導かれて東に向かい日本列島に渡来していると考えられます。ダビデ王の系図の人も渡来しているのでしょう。
イスラエルの神は、イスラエルが悪いものとなってしまったので、良い部分を取り分けて、大海に囲まれた東の島々に移して、神の祭司の国民の務めをこの日本列島の中で存続させられたと考えます。
日本列島では、目に見えない天地万物の創造主を恐れ、自然を司られる神々(神々と言っても、多くいるというのではなく、水にも火にも木にも風にも雷にも岩にもすべてのものに神のいのちが満ち満ちているということです)を祀って来ました。
大和民族は、祭儀とともにあったのです。天皇という国の祭司のおられる、神の祭儀の国なのです。
神の祭司の国民として神に召されたイスラエルは、先祖の地(カナンの地)に於いて、世の罪を取り除く神の子羊イエスの血を流しました。
祭司の国民が屠った子羊を神は、罪の贖いの血として、とこしえに受け入れられました。
神が、日本列島にて、十二部族を集め、もう一つの神の祭司の国(きちんと神に仕える真実な祭司の国民)を造られました。彼らは、ユダヤ人の血統もイスラエルも忘れました。律法はありません。彼らは、アブラハムのような信仰なのです。律法がなくても、心に良心が置かれているのです。ですから、彼らには、こまごまとした文字の律法は必要ではありませんでした。
彼らは、律法ではなく、祭儀によって神に近づきました。また、神を聖い方だと知っており、身をきよめて神の御前に出ました。
大和民族には、その血統が流れています。
カナンの地のイスラエルは、神の子羊イエスを十字架につけ、世の罪を取り除く神の子羊として屠り、罪の贖いの血を流して、神の祭司の国民としての務めを果たしました。
もう一つのイスラエル(極東の神の国)のユダヤ人たちは、アブラハムの信仰を受け継いだユダヤ人です。彼らは、神の子羊イエスを十字架につけるユダヤ人たちの中にはいませんでした。
日本列島で、たゆみなく、神の祭儀を続ける信仰のユダヤ人たちです。
日本列島に隠されたユダヤ人たちは、どのようにして、神の祭司の国民としての務めを果たすのでしょうか。
神の祭儀をすることによってでしょうか。天皇の血統は維持されながら、その務めをして来られました。
イスラエルは、世の罪を取り除く神の子羊の血を流しました。
もう一つのイスラエルは、平和をもたらす働きです。
和解の務めを担うのだと思います。
北朝の天皇から南朝の天皇に皇位が戻されると、十部族が守ってきた平和を、二部族が実現するのでしょう。
北朝と南朝の和解。仏教と神道の融合。大和民族が培った大和魂の回復。二部族と十部族の結合。
日本列島から、赦しと和解、そして、和合と平和。二つに分裂していたものが、再び、本来の姿を取り戻す。
そんな、和解の務めをする祭司の国民なのだと思いました。
そのためには、大和魂が日本民族の中に回復されなければなりません。
大和魂を眠りから覚ますには、神社仏閣で祈り、祈りの心を目覚めさせるのがとてもいいのではないかと思います。
靖国神社参拝は、日本人の魂を目覚めさせるのに有効だと思います。
ある陸軍伍長の手紙にありました。
「泣くな嘆くな必ず帰る
桐の小箱に錦着て
逢いに来てくれ九段阪」
戦死しても魂は靖国神社に帰る。靖国にいるから逢いに来てくれ、と言っているのです。
また、ある陸軍兵長の遺書には、
「もしもの事があったら(自分が戦死したら)、三人の子どもを連れて、あの九段の社に逢いに来てくれ。三人の子供に、父は靖国神社の奥に居ると言聞かせてくれ。」
戦死した日本人の骨は、海の中にも、異国の地にもあります。しかし、魂は祖国靖国に帰ると言っていたのです。
兵士たちの挨拶は、「靖国で会おう。」でした。
日本人の兵士たちは、帰る所を持っていたのです。
上皇陛下の御製
「戦なき世を 歩みきて思い出づ
かの難き日を 生きし人々」
戦争のない日本国を過ごしながら
あの戦争の耐えがたい苦しみの中を生きていた人々の苦しみを思い出す
昭和天皇の御製
「くにのため いのちささげし ひとびとの
ことをおもへば むねせまりくる」
天皇の国民を思うお気持ちは、ご自分のからだの一部なのです。
大和魂には、互いの間の愛と平和があります。互いを思いやる家族愛があります。
仏教も神道もキリスト教も、同胞愛をもって、互いを尊重しましょう。
そして、先祖を大切にしましょう。親や家族に感謝しましょう。
日本民族間の和解は、神の国を地上に招きます。
神の祭司の国民・日本民族から、ユダヤ民族の二部族と十部族の和合、十二部族の回復、ユダヤ人と異邦人の和解と信仰による一致、また、神の霊によって一つのとこしえの国(千年王国)と、とこしえの国の国民(千年王国にはいる御霊の教会)が建てられるのだと思います。
そして、その神の霊の働きは、日本からアジアの国々へ、世界の国々へと広がって行くのでしょう。
二千年前、二部族は、祭司の国民として、罪の贖いの務めをしました。神の子羊の血によって、世の罪を取り除いたのです。
終わりの時代に、十部族は、祭司の国民として、魂の御救いのために世界を備えさせるのでしょう。そして、人々に永遠のいのちを得させるために神の子羊の御旨を受けて、極東の島々からふたりの証人と十四万四千人の世界宣教のユダヤ人を出すのでしょう。
大和魂には、神の祭司の国民の御救いの働きを助ける執り成しや、和解の務めなど、神の国の役割があると思われます。
神は、神との調和、人との平和の大和魂を回復し、神の栄光を現わされるのでしょう。