神との契約のしるしである割礼を肉体に持つイスラエル。
神はイスラエルと契約を結び、神の祭司の国民として育てられました。神は、イスラエルを「わが民」と呼び、御自身を「イスラエルの神」と名乗られます。
イスラエルの神は、天地万物を造られた全能の神、生けるまことの神です。
あらゆる国、あらゆる民族、あらゆる言語を造られた「全地の神」です。イスラエルの神は、アメリカの神でもあり、日本の神でもあるのです。
おのおの民族が、それぞれ民族の神を持っていても、すべての民族は、おひとりの神によって造られています。それぞれの民族に知られていなくても、イスラエルの神は、すべてのものをご存知です。
イスラエルの神は、イスラエル民族の神であり、すべての被造物を造られた唯一の神です。また、「イスラエル」の名前の意味は、神と人と戦って勝利した信仰者(信仰の勝利者)につけられた呼び名です。信仰に勝利して、神の民の地位を勝ち取った神の国民の呼び名です。
神は、人と契約を結ぶために、全地において神を恐れるひとりの正しい人を見い出されました。アブラムです。
神は、アブラムと妻サライの一体を選ばれました。
神は、アブラムと契約を結ぶと、アブラハムに肉体の割礼を命じられました。アブラハムに属する男子は、アブラハムの子も、アブラハムの家にいるしもべも奴隷も、割礼を受けなければなりません。
神の契約は、アブラハムの家との契約でもありました。
神は、契約を結んだアブラムを「アブラハム」、妻サライを「サラ」と新しい名前で呼ばれました。
「アブラハム」の名前の意味は「高貴な父」、「サラ」の名前の意味は「王の娘、王女」。
神は、神が選ばれた「高貴な父」と、「全地を治める王の娘」との間に、神のひとり子(人の子として遣わされる神の子羊イエス)を与えることをお定めになったのです。
アブラハムは、信仰によって、とこしえに栄誉ある約束を受けました。
アブラハムは、セムの子です。大水で洗い流して聖別した地球には、ノアとノアの家族が生き残りました。ノアには、セム、ハム、ヤペテという三人の息子がおり、それぞれに妻がいました。
暴虐に満ちた世をリセットされた神は、ノアの家族から再スタートされました。
神を恐れる正しい人ノアは、自分たち家族を大水から救い出してくださった神を、「セムの神」と呼びました。ノアの息子のひとりである「セム」の神と呼んだのです。神は、「ノアの神」ではなく、「セムの神」と呼ばれました。
セムの子孫アブラムに神を恐れる正しい心と信仰を認められたセムの神は、アブラハムを選び、契約を結ばれました。
アブラハムは、神を「全能の神、主。」と呼びました。神は、アブラハムを「信仰の父」と呼ばれました。
神がアブラハムに妻サラのひとり子イサクをささげるように、と命じられたとき、アブラハムはただちに神のことばに従って、モリヤの地へ行き、惜しむことなくイサクを神にささげました。神は死者の中から甦らせてくださるお方であると、アブラハムは信じたからです。
アブラハムがイサクに手をかける前に、神は止められました。神は、アブラハムのうちに、神への揺るぎない信頼と潔白な信仰をご覧になりました。
神御自身も、神の愛するひとり子を人類の罪の贖いと御救いのために与える御計画をお持ちでした。それで、ひとり子を惜しみなくささげるアブラハムの信仰に、燔祭でひとり子(神の御子イエス)を死に至らせる御自身の痛みを知る人の子の父として、アブラハムを「わが友」と呼ばれたのです。
神は、ひとり子に肉体を造り、アブラハムのひとり子イサクの子ヤコブの子孫に与えられました。
神のひとり子は、天地万物の創造以前から、父なる神とともにおられた「神のことば」でした。神に反逆する天使長ルシファーが天から追放される以前、すなわち、堕天使長が天使長として神に忠実に仕えていた時から、神のことばである神のひとり子は父なる神とともにおられました。すなわち、悪魔が出現する以前から、神の御子は神のことばとして存在しておられたのです。肉体はありません。霊なる神格者として、御子は存在しておられました。
神のひとり子、すなわち、御使いたちよりも高い神格者であられる「神のことば」が、「人の子」となって、アブラハムの子孫「イスラエル」に来られたのです。
イスラエルは、神の祭司の国民です。彼らには、神の律法がありました。神の民として守らなければならない「天の神の法」です。
聖書には、神のひとり子、いと高き方が処女から生まれることが書かれています。その方は、イスラエルに約束された救い主「主キリスト」です。
神の御子ナザレのイエスは、世の罪を取り除く生贄の子羊として、罪の贖いの血を流すために来られました。
そして、ご自分の民(神の民)であるイスラエルに、イスラエルの神はイエスの父であること、イエスは民の罪を贖い神のみもとへと連れ帰るキリストであること、天の御国には神の子羊の血で罪が贖われた民の御住まいがあること、ご自身は一度死んでも聖霊によって死から甦り神の民に永遠のいのちを得させる救い主であることと、神の子羊イエス・キリストを信じる者に「真理の御霊」を授けるキリストであることを教えました。また、イエスが世から去った後に、父が遣わされる「真理の御霊」に永遠のいのちがあり、死から甦ったキリストの御霊を受けるように、と命じられました。
文字の神のことばに信仰を持ち、律法に熱心なユダヤ人たちは、文字の律法によって霊の目が塞がれており、人となって来られた「神のことば」(神のひとり子)を信じることができませんでした。
神は、律法の民イスラエルに「生ける神のことば」を遣わされました。
キリストを待ち望んだイスラエルは、文字の律法に思いが塞がれており、霊なる生ける神がわからず、霊の律法「肉体の〈人の子〉の姿で来られた神のことば」の栄光を見ることができませんでした。
神は、神のひとり子を遣わされたのに、「神のことば」を信じない不信仰なイスラエルを怒り、また、神の御子キリストに聞き従わないイスラエルを憤って諸国に離散させられました。イスラエルの不従順は、天から追放した堕天使長ルシファーの罪です。神への反逆と敵対心によって、天使長は栄誉ある天の位を取り除かれました。キリストに背くイスラエルの罪は、「反キリスト」の罪です。
イエスの弟子たちは、キリストの御霊を受けました。約束どおり聖霊を受けた弟子たちは、大胆にキリストの復活の福音を宣べ伝えました。
世の終わりが来ることとその前兆について、キリストは世の罪を贖って神と人との和解を取り持ち、キリストにつく民を罪なき者として神の御前に立たせる「死と滅びからの救い主」であること、父が遣わされる真理の御霊(キリストの御霊)によってイエスのことばを思い起こさせ真理を教えて天の御国へと導き、永遠のいのちを得させる「神の御子」であることとを宣べ伝えました。
イエスの弟子たちは迫害され、使徒たちは殉教しました。
使徒たちが聖霊によってつくった「神の教会」に異邦人の信者が増えると、異邦人信者たちは、ユダヤ人信者たちを迫害しました。神の選びの民ユダヤ人を妬む異邦人信者たちは、キリスト殺しの汚名を着せてユダヤ人を迫害しました。
キリスト教会に、反ユダヤ思想、反イスラエル思想の種が蒔かれ、その種は実を結びました。異邦人のキリスト教会は、旧約聖書の民ユダヤ民族を切り捨て、聖霊は、キリスト教会から離れ去りました。
イエスはいわれました。
「わたしはあなたがたに言います。人はどんな罪も冒瀆も(罪を告白して悔い改めるならば)赦していただけます。しかし、聖霊に逆らう冒瀆は赦されません。
また、人の子に逆らうことばを口にする者でも、赦されます。しかし、聖霊に逆らうことを言う者は、誰であっても、この世であろうと次に来る世(千年王国)であろうと、赦されません。」(マタイ12:31,32)
聖霊は永遠のいのちを得る鍵です。たとい、キリストを宣べ伝える者たちを迫害しても、また信じなくても、後に気づいて悔い改めるならば、その罪は赦されます。
しかし、御霊を信じない者、御霊に逆らう者の罪は反キリストの霊であり、決して許されることがありません。悔い改めることができないのです。
神の御子イエス・キリストが世に来られたとき、御救いを待ち望んだイスラエルは、人として来られた「神のことば」につまずきました。
終わりの時代、神は「イスラエルのメシア」を「キリストの御霊」によって立てられます。世界を救うと噂されているユダの総督です。
ユダヤ人たちは、モーセのようなひとりの預言者を待ち望んでいます。神が聞き従わなければならない、とイスラエルに命じた預言者です。
ユダヤ人の時にはいると、ユダヤ人たちの覆いは取り除かれて、キリストの御霊によって立つ「イスラエルのメシア」に聞き従います。
彼は、聖書を知らない人です。キリスト教会から立つ人ではありません。卍の紋章の人で仏法を実践して正しい生き方をする人のようです。和解の務めを持つ人です。
仏教からも神道からもほかの宗教からも無宗教の人々からも、彼に従う人々が起こされます。彼らは経典や聖書や祈祷によってではなく、イスラエルのメシアの生き様に真理を見、真理の御霊を受けて御救いを受けるようです。
罪の贖いと赦しのためには、神のことば(神のひとり子)が人の姿(神の子羊イエス)となって来られました。
御救いのためには、聖霊(キリストの生き方をする仏法)が人の姿(イスラエルのメシアの生き方)で現われてくださるのです。
人となって現われた神のことばにつまずいたイスラエル。
人となって現れる真理の御霊の生き方(キリストの足跡を歩む聖書を知らないイスラエルのメシアに聞き従う異教徒たちの御救い)にキリスト者たちはつまずかないでしょうか。