地上に悪が増大し、神を神とせず、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった神は、ノアの時代に、神を恐れ神に聞き従う正しい人ノアとノアの家族を取り分けて、四十日四十夜、大雨を降らせ、暴虐に満ちて汚れた地を大水で洗い流して、人類を滅ぼされました。
天からの大雨がとどめられると、水は、しだいに地から引いていき、山々の頂が現われ、やがて地の面はかわききりました。
神は、ノアに仰せられました。
「わたし(天地万物の創造主、ノアに箱舟を造ることを命じてノアとノアの家族を滅びの水から救い出した、生けるまことの神、主)はあなたがた(水の中をくぐったノアとノアの三人の息子から生まれ広がる人類)と契約を立てる。
すべて肉なるものは、もはや大洪水の水では断ち切られない。もはや大洪水が地を滅ぼすようなことはない。」(創世記9:11)
ノアの時代に起こったような、地上の生きもののすべてが大水で滅び尽くされることは、もはやありません。
罪ある人間に、一度死ぬことと死後に神の裁きを受けることとを定められた、創造主であられる神が、地上のすべての生きものは、もはや、大水で断ち切られることはない、と仰せられたからです。
もう神は人類を滅ぼすようなことはされないのでしょうか。
水をくぐったノアの家族の子孫たちもまた、神を神としない者となり、人の悪は再び増大しています。
人間の心には、悪魔の蒔いた種(アダムを神のことばから外した蛇の言葉の持つ死)があり、罪の根が存在しているからです。
水のバプテスマ(ノアの箱舟)は、彼らの心をきよめるわけではありません。暴虐に満ちた人類を滅ぼす神の、水の裁きから救い出されただけです。
神は仰せられます。「次は火で滅ぼす。」
「実に、主は火をもってさばき、その剣(神のことば)ですべての肉なる者をさばく。
主に刺し殺される者は多い。」(イザヤ66:16)
悪いものとなった人類が現在に至るまで残されているのは、火に焼かれるためにとっておかれているだけであり、また、不敬虔な者ども(反キリスト、偽キリスト、反イスラエル、反ユダヤ)の裁きと滅びの日まで、保たれているだけのようです。
ペテロは言います。
「まず第一に、次のことを知っておきなさい。
終わりの日に、あざける者どもがやって来てあざけり、自分たちの欲望に従って生活し、次のように言うでしょう。
『キリストの来臨の約束はどこにあるのか。先祖たちが眠った時からこのかた、何事も創造の初めからのままではないか。(神の子羊イエスが罪を贖い、死から甦って、天に上り、今度は、聖徒たちを救うために再びキリストは天から来られる、と言う。キリストはいつ来るのか。世の滅びの前兆もなく、キリストも来ない。あなたがたは、神の子と自称するイエスのことばに踊らされ、騙されているのだ。先祖の時代も、今の時代も何も変わらない。何事も創造の初めのままではないか)』」(ペテロ第二3:3,4)
イエスは弟子たちに終わりの日に起こることを話されました。
「その日は、神が天地を創造された初めから、今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような苦難の日だからです。
そして、もし主がその日数を少なくしてくださらないなら、ひとりとして救われる者はないでしょう。
しかし、主は、御自分で選んだ選びの民のために、その日数を少なくしてくださったのです。」(マルコ13:19,20)
人類に耐えがたい苦難の日は、必ず、来るようです。
ペテロは、「何事も創造の初めからのままではないか。」と言い張る彼らに向かって言います。(彼らは、キリストの再臨も、世の終わりも信じていないのです)
「こう言い張る彼らは、次のことを見落としています。
すなわち、天は古い昔からあり、地は神のことばによって水から出て、水によって成った(天地創造の初めにあったものは水。神は、水と、水の上を動く神の霊と、神のことばによって、陸や植物も生き物も人間も、すべてのものを造られた)のであって、(ノアの時代の暴虐に満ちた)当時の世界は、その水により、洪水におおわれて滅びました。(すべてのものは、すべてのものを生み出す根源の物質である水によって、すなわち、初めからあった水、すべての物質の根源である水が、水から造られたすべてのものを滅ぼしたのです)
しかし、今の天と地は、同じ(神の)みことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びの日まで、保たれているのです。」(ペテロ第二3:5-7)
それは、神の忍耐ゆえです。主は、その約束のことを遅らせておられるのではありません。人が遅いと思っても、神は神の時になさいます。
神は、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望み、忍耐深く待っておられるのです。
「しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。
その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。(世にあるもの、世の営みは火で焼かれて、すべて失われます)
このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。」(ペテロ第二3:10,11)
世を水で滅ぼすみわざは、一度で成し遂げられました。ノアの家族以外の人類はすべて一掃されました。
世を火で滅ぼすみわざは、部分的に成就するようです。
神は、アブラハムの時代に、ソドムのとゴモラの町の上に、硫黄の火を天の主のところから降らせてこれらの町々と低地全体と、その町々の住民と、その地の植物をみな滅ぼされました。(創世記19:24,25)
神を恐れる正しい人ロト(アブラハムの甥)と妻とふたりの未婚の娘の四人家族を、御使いによってソドムの町から連れ出した後に、神は、火を降らせられました。
しかし、町に未練を残す妻は、後ろを振り向いたために、塩の柱となって、逃げ延びることができませんでした。御使いが「立ち止まってはいけない。そうでないと、滅ぼされてしまう。」と言ったことを守らなかったからです。
こうして、火で滅ぼすと誓われた神のことばが確かなことを、後世の人に知らせました。
現地調査で、ソドムの町があったとされる地域では、焼失の痕跡が広く残っているそうです。
聖書の神の御力を恐れなくなった時代に、再び、主はポンペイの町を火で焼いて、今世に残しておられます。
ノアの箱舟と洪水はおとぎ話だと言い、火で焼かれる神の御力とさばきを侮る人々に、御自身が今もなお生きて働いておられることを証されました。
キリスト教の権威の象徴であるローマ教皇は、反キリストの協力者になるようです。ローマ教皇を「パパ様」と慕うカトリック信者たちもまた、教皇の働きに賛同するでしょう。
平和を謳うローマ教皇は、世界を新世界秩序で統一し、平和的に中東をまとめて、国々の貧富の格差や争いをなくし、世界平和を実現する指導者として、ムスリム(と言っても、彼のうちにはイスラムの信仰はなく、自分が神になりたいのです)の「反キリスト」を「平和の君」として、世界の主権者とするでしょう。
世界中のムスリム、中東のムスリムたちは、「反キリスト」を支援し、一つのイスラム帝国を復興させるでしょう。もはや、スンニ派、シーア派の争いはありません。
エルサレムの神殿の丘に第三神殿を建てる事を許す「反キリスト」は、異教徒でありながら、ユダヤ人たちに歓迎される良き人のようです。
世界中の国々は、中東に平和を見ます。イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の争いもありません。
ローマ教皇と反キリストに平和があり、ユダヤ人には喜びがあり、世界の人々は、「反キリスト」を「平和の君」だと賞賛します。
しかし、エルサレムの神殿の丘に第三神殿が完成すると、状況は一変します。反キリストは、ユダヤ人やキリスト者への迫害と殺戮を命じます。
世界の人々は、争いの根源はユダヤ民族とキリスト教にあったのだと思い、世界平和のために、彼らをねこぎにします。
聖書の神のことばを語る、ユダヤ系のふたりの証人の預言は、闇の子らを苦しめました。神の裁きを語るのです。神は、ふたりの証人に、三年半という預言の期間を与えておられます。
ふたりの証人に定められた三年半の預言の期間が満ちると、神のことばによってしなえていた反キリストが悪魔の力によって立ち上がり、ふたりを殺して、木につるします。しかし、神は、三日目に彼らのうちにいのちの息を送り、ふたりは死から甦って、天に上ります。彼らは、主キリストのからだなのです。
反キリストは、協力者であったローマ教皇を、実は憎んでいました。キリストの御名を語るカトリックを憎んでいたのです。
反キリストは、反キリストの十の国(中東の十の国のリーダー)とともに、バチカンとローマ教皇とカトリック教会と信者を火で焼き尽くします。黙示録17、18章には、栄華を誇ったキリスト教会の裁きが定められています。
神が、反キリストに、バチカンとローマ教皇、カトリック教会を滅ぼす思いを与えられたからです。滅ぼすことは、神の御心なのです。
神は、世界に権威を認められていた教会の裁きを、反キリストの腕にゆだねられます。反キリストのこの働きによって、中東の十の国のリーダーたちは心が一つとなり、また、彼らは反キリストを自分たちイスラムの指導者とします。
カトリック教会の中の、キリストにつく正しい信者はすでに、信仰の勝利者として死んでいます。純真な信仰者はみな、反キリストの試みの時に、世から去っています。彼らは、反キリストの刻印を拒んで殺されました。
残っている信者はみな、反キリストと同盟を結ぶ不信者です。キリストを否んだ者たちです。キリストもまた、彼らを否まれます。「わたしはあなたを知らない。」と言われるのです。
こうして、神の御霊のない教会は火で焼かれ、火で滅びます。
次に、反キリストの十の国を滅ぼすのは、天から来られるキリストと天の軍勢です。
神は、復興したイスラム帝国を、滅ぼされます。キリスト教を滅ぼしたイスラム教を、キリストと天の軍勢が滅ぼします。イスラム教の中にいた真実な信仰者たちは、すでにいません。真理を選ぶ彼らは、反キリストに殺されています。キリストに滅ぼされる信者はみな、悪魔の子らです。
キリストは、反キリストと偽預言者を生きたまま、硫黄の燃えている火の池に投げ込みます。
反キリストと悪魔礼拝者たちを滅ぼした地上に、千年の平和な時代が始まります。悪魔は縛られています。
千年の間に、いのちの書に名前が記されている人々が都に訪れて、都の中にあるいのちの木の実を食べて、御霊のいのちを受けます。こうして、天の御国にはいる「七つの御霊の教会」は完成されます。
千年の終わりに、悪魔は解き放され、地の四方にある諸国の民(いのちの木の実を食べていない人々)を惑わして、戦いのために彼らを召集します。彼らの数は海辺の砂のようです。千年王国の中でも、悪魔につく民が数え切れないほど多くいました。
「彼ら(悪魔の民)は、聖徒たちの陣営と愛された都とを取り囲んだ。すると、天から火が降って来て、彼らを焼き尽くした。」(黙示録20:9)
こうして、すべての悪いものは、焼き尽くされました。
神は、悪い世を、火で滅ぼされます。
不敬虔な者どものの裁きと滅びが完成されると、天地は滅びます。