ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

エホバの証人 キリストの証人

 

 イエスは言われました。

 「だれも天に上った者はいません。しかし天から下った者はいます。すなわち人の子(神が肉体を造って人の子とされた神のひとり子イエス)です。」(ヨハネ3:13)

 

 地上にいる人間の中には、天に上った者はいない、と言われました。

 イエスの時代は、終わりの時代の始まりの時です。神に油注がれた預言者たちであっても、天に上ったことはありません。

 

 しかし、天から下った人の子がいることを、イエスは話されました。人の子の姿をしていますが、実質は生けるまことの神のひとり子です。神の御子が、人の子の姿となって、ユダヤ人の間を歩まれたのです。

 神の御子は、父なる神とともに、天地万物を造られました。悪魔がまだ全き光の天にあって、神に従順に仕える天使長ルシファーであった頃の輝かしい姿も知っておられる、神のひとり子です。

 

 神のひとり子は、「人」が造られる以前から、父なる神のかたわらにおられました。御座におられる方のひとり子です。

 天使長ルシファーは、神に最も近いところで仕える身であり、神の栄光を最も近くで見ていた天使ですが、神の御心を知る者ではありませんでした。

 御子は、父の御心を知る者でした。父の御心はまた、御子の心だったのです。御子イエスのことばは、神御自身のことばでした。

 御子イエスに、父なる神の栄光も、天を知る知識も、ありました。天に存在する者だったからです。御子イエスは、天そのものであり、天の奥義なのです。

 

 イエスは弟子たちに言われました。

 「あなたがたの目は(天を映し出す御子を見ている)から幸いです。また、あなたがたの耳は(御子の口から神のことば)を聞いているから幸いです。

 まことに、あなたがたに告げます。

 多くの預言者や義人たちが、あなたがた(イエスの弟子たち)の見ているもの(救い主キリストの姿)を見たいと、切に願ったのに見られず、あなたがたの聞いていること(キリストのことば)を聞きたいと、切に願ったのに聞けなかったのです。(その時ではなかったからです。しかし、今は、その時です。神の御子イエス・キリストは、人の子の姿で地上に来て、生けるまことの神を証しているのです)」(マタイ13:16,17)

 

 イエスは、ユダヤ人たちが「私たちの神」と呼んでいる「イスラエルの神」は、神のひとり子ナザレのイエスの父である、と証言されました。

 また、ユダヤ人たちが、「私たちの父」と呼んでいる「アブラハム」は、キリストの日を見て喜んだ、と言われました。

 「あなたがたの父アブラハムは、わたしの日(神の御子がアブラハムの子孫に遣わされ、ユダヤ人から出、イスラエルに出現するキリストの日)を見ることを思って大いに喜びました。彼(アブラハム)はそれ(キリストの日)を(信仰によってとらえて、心の目で)見て、喜んだのです。」(ヨハネ8:56)

 

 天から下って来た神の御子イエス・キリストは、天上のことを知る唯一の「人の子」です。イエス以外に、そのような人はいません。なぜならば、イエスおひとりが天から来た人であり、また、天上の生き方を地上で見せた人だからです。

 また、イエスは、ユダヤ人たちの父アブラハムの神であられる全能の主、イスラエルの神であられる主、エホバを知るエホバのひとり子であり、天で見た事、聞いた事を証する、人の子なのです。

 

 イエスは、エホバを見、エホバをよく知る唯一の人の子であり、神の御心を知らせ、エホバを証しする「エホバの証人」です。

 エホバを見た人は、人の子(神の御子ナザレのイエス)ひとりです。エホバを見た御子イエスが証します。

 

 イエスは、弟子たちに言われました。

 「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子(天から来たキリスト)もまた上げられなければなりません。(神のことばを信じて、木にかけられた青銅の蛇を仰ぎ見た者は、罪が赦されて生きた。しかし、青銅の蛇を仰ぎ見ない不信仰な者は、自分の罪の中で死んだ。そのように、キリストは木にかけられて、人の罪が赦される贖いの子羊となるのです。木にかけられたキリスト[救い主イエス・キリストの御名]を信じる者は、罪が赦されて神に義とされます。しかし、罪の贖いの子羊イエス・キリストを信じない不信仰な者は、自分の罪の中で死ぬのです。十字架につけられた神の子羊イエス・キリストの御名は、裁き主の御前で罪が赦され義とされる者の御救いのしるしです)

 それは、(神の子羊イエス・キリストの御名〈裁き主である神に、救い主【救世主】と認められる、唯一の権威ある名前〉を)信じる者がみな、人の子(神の御子)にあって永遠のいのちを持つためです。」(ヨハネ3:14,15)

 

 世の終わりが近づいた現在、イエス・キリストの御名を知らない人たちの間でも、臨死体験をする人々が起こっています。

 臨死体験とは、一度心臓が止まって死亡と診断された後に生還した人が、霊において体験した事柄。科学的に説明できないので、それらの事柄を、その人の内的イメージや独自の感覚としてとらえる人々もいます。

 からだから抜け出した魂が、天国や地獄を体験して生還した人の中には、死後には天国と地獄が本当にある、と証言するために自分のからだに再び戻され生還する場合もあります。

 

 イエスの時代、イエスひとりが、天を知らせる証人でした。

 預言者エゼキエルは、天が開け、神々しい幻の中で、天にあるものを見ました。

 ダニエルは、幻で、神の子羊イエスが御座におられる方(父なる神)から主権と光栄と国が与えられたのを見ました。

 キリストから黙示を受けたヨハネは、御霊によって、キリストの栄光の御姿を見、権威ある天の光景を見ました。

 しかし、彼らは、エホバの証人ではありませんでした。

 天の光景と栄光を見た彼らは、神御自身の御姿を見たわけではありません。主のことばを聞いても、御姿は見ていません。

 

 エホバの御姿を知るのは、神のひとり子、「人の子」となられた神の子羊イエス・キリストおひとりです。

 

 イエスは、父の証をしました。

 「わたし(神と人との仲介人、神に立ち返らせ神と和解させるイエス)はまことのぶどうの木であり、わたしの父(生けるまことの神)は農夫です。

 わたしの枝(キリスト〈神のことば〉につく者)で実を結ばないもの(義の実を結ばない者、すなわち、肉の性質から御霊の性質に新しく造り変えられて神の子どもの性質をかたち造られていない者、また、神の栄光を現わす御霊の実を結ばない者)はみな、父がそれ(実を結ばない者、すなわち、肉によって生きる者)を取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。(懲らしめ、悪を取り除き、火のバプテスマによって肉の思いを焼いてきよいものとされる)」(ヨハネ15:1,2)

 

 父は、神の御子イエス・キリストに似た神の子どもたちを、キリストの御霊によって生み、成長させられます。

 彼らは、キリストを否定しない者です。

 

 イエスの弟子たちが、イエスの御名を唱えて悪霊を追い出している者が自分たちの仲間ではなかったので、やめさせたことを、イエスに報告したとき、イエスは、弟子たちに言われました。

 「やめさせることはありません。あなたがたに反対しない者は、あなたがたの味方です。」(ルカ9:50)

 

 イエスに敵対しない者は、仲間となる可能性があるのです。敵ではなく、味方なのです。

 それゆえ、キリスト教会に関わりのない人でも、キリスト者の信仰に反対せず、イエス・キリストの御名の力を認める人たちは、キリスト者の味方なのです。

 

 イエスは、弟子たちに言われました。

 「わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。

 同様にあなたがたも、わたし(まことのぶどうの木であるキリスト)にとどまっていなければ、(天上の御霊の)実を結ぶことはできません。

 わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。

 人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたし(御霊を授けるイエス・キリスト)を離れては、あなたがたは何もすることができないからです。(御霊に教えられなければ、天上のことを知ることも、真理を悟ることもできません)

 だれでも、もしわたしにとどまっていなければ、枝のように投げ捨てられて、枯れます。(いのちを持ちません。死んでしまうのです)人々はそれ(枯れ枝)を寄せ集めて火に投げ込むので、それは燃えてしまいます。」(ヨハネ15:4-6)

 

 イエスの弟子たちは、イエスから父なる神について聞きました。

 イエスは、「わたし(イエス)を見たのは、父を見たのだ。」と言われました。

 

 しかし、エホバの証人は、天から来られたイエスおひとりです。

 イエスの弟子たちは、イエスがキリストであることの証人です。

 イエスの弟子たちは、父の栄光を現わす神の御子イエスを見、また、死から甦り復活のからだで現われたキリストを目撃しました。

 また、キリストは、弟子たちの見ている間に、天に上り、弟子たちはキリストが父のみもとに帰られるのを目撃し、天を見上げました。

 

 復活のからだのイエス・キリストは、使徒たちに言われました。

 「父がわたし(御子イエス)を遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」(ヨハネ20:21)

 「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(使徒1:8)

 

 「エホバの証人」として、ユダヤ人の間を歩まれた神の御子イエス・キリスト。

 神の御子イエスは、弟子たちを「キリストの証人」として任命されました。

 それゆえ、イエスの弟子たちは、復活のキリストの福音を宣べ伝えるのです。

 天から来られた神の御子を証言するのです。

 

 エホバを証言できるのは、神の御子イエス・キリストおひとりです。

 私たちは、エホバを証言された神の御子イエス・キリストを証言する「キリストの証人」です。

 この務めは、キリストに任じられました。

 キリストは弟子たちに、御霊を授けて、証人の力を与えてくださいます。