ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

神のひとり子の感嘆

 

 「神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった。」(創世記2:7)

 

 いのちの根源であり、存在の初めである主、昔も今もこれからも永遠に生きておられる全知全能の神、主が、無から有を生じさせて、天地万物を造られました。

 漆黒の闇に、「光あれ。」と命じられると、光が現れました。

 神は、神のことばによって、天地万物を創造されました。

 神のことばは、神のひとり子でした。神のひとり子は、神の傍らにいて、星々が造られるのをご覧になっておられました。

 

 神は、漆黒の闇に青く輝く美しい星を造られました。いのちの星です。地球には、土から造られた生きものがいました。生きものの食べ物である緑の草と実のなる樹木がありました。いのちの源である水(大海)が広がっています。

 海には、魚が造られ、陸には空を飛ぶ鳥も造られました。

 

 神は、仰せられました。

 「われわれ(父なる神と神のひとり子と神の聖霊)に似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。

 そして彼らに、海の魚、空に鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」(創世記1:26)

 

 神は、地のちりから人を形造られました。神は、神のひとり子のために、御子とともに、人を造られました。

 

 神が天地万物を造られる発端は、闇の存在です。

 この闇は、全き光の神に仕える天使長ルシファーの罪です。

 天使長ルシファーは、神のひとり子の神格を妬みました。神格のないルシファーは、どれほど美しく輝いても、所詮御使いのひとりです。

 ルシファーは、神が神のひとり子を天の相続人とされることに妬みを持ったのです。

 

 ルシファーは、多くの天使たちを率いる天使長です。天使長が神のひとり子に敵対するならば、率いられている天使たちもまた、神のひとり子の権威に仕えない道を行くことになります。

 

 天には、調和と揺るがない秩序がありました。神を讃え仕える天使たちは、一糸乱れない麗しい調和と平安と喜びがありました。

 

 イエスは、たとえを話されました。

 「天の御国は、パン種のようなものです。女が、パン種を取って、三サトン(39リットル)の粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます。」(マタイ13:33)

 天の御国は、いのちが満ち満ち、すべてのものが生きています。天の御国には、死がないのです。いのちの泉のようです。

 

 神には暗い所が一つもありません。天の御国には罪がありません。神の霊によって一つであり、すべては調和しています。

 しかし、その中で、天使長ルシファーは、闇を生みました。神のひとり子の神格を妬むことで、神の御子よりも高いものになりたいと野望を抱いたのです。

 

 神のひとり子を妬む天使長は、神に反逆しました。神のひとり子には仕えないことを選んだのです。

 天使長ルシファーは、天の秩序を乱しました。神のひとり子よりも偉いものになろうとする反逆の天使長が現れたのです。

 天の御国に、ふたつの権威はいりません。神の権威ひとつであるのが、本来のすがたです。

 神は、御自分のひとり子に権威を与えられます。

 権威を求める天使長は、天の御国の秩序を乱す反逆者です。

 

 天の御国の秩序は、神のひとり子に仕えることです。神のひとり子に敵対する者は天の御国から出て行かなければなりません。

 神は、天使長ルシファーを、天から追放されました。天使長ルシファーが率いていた天使の群れも、天使長ルシファーに従って、全き光の天から出て行きました。

 

 天使長ルシファーと天使長ルシファーに従って天から出て行った天使たちは、天使長が生んだ闇に落ちました。

 彼らは、天から追放された堕天使です。神のひとり子に敵対する堕天使長は悪魔と化し、堕天使長と同じ心を持つ堕天使たちは悪霊どもとなりました。

 

 「暁の子、明けの明星よ。(天使の中で最も輝く、神の栄光を映し出す天使長であった者よ)どうしてあなたは天から落ちたのか。」(イザヤ14:12)

 

 「あなたは心の中で言った。

 『私は天に上ろう。

 神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。密雲の頂に上り、いと高き方(神)のようになろう。』

 しかし、あなたは陰府(よみ)に落とされ、穴の底に落とされる。」(イザヤ14:13-15)

 

 堕天使には、三種類あります。

 悪魔に支配される悪霊ども。人を罪の奴隷とし、神のひとり子に敵対して神に背く死人とする霊。神の反逆者を生み神の被造物を破壊する霊。神への信仰を踏みにじり神のひとり子を信じさせない霊。

 地に属する霊。人に害を与えず、また、人を助けたりするが、神への道を知らないので、人を神のみもとに導くことはできない霊。

 星々に住む生命体。私たちが宇宙人と呼ぶ、地球人ではない生命体。

 

 悪魔と悪霊どもは裏切る者、破壊者であって、陰府に落とされ、穴の底に落とされます。彼らは、永遠に、神のひとり子に敵対する者です。

 地に属する霊と、星々の生命体には、悔い改めて、神に立ち返る恵みのチャンスがあります。しかし、悔い改めて、神のひとり子に仕えることを選ばないならば、悪魔と同じ裁きを受けます。

 

 イエスは、弟子たちに言われました。

 「パリサイ人のパン種に気をつけなさい。それは彼らの偽善のことです。

 おおいかぶされているもので、現わされないものはなく、隠されているもので、知られずに済むものはありません。」(ルカ12:1,2)

 

 罪の根を持つ者、暗い心を持つ者は、必ず、その本性があらわになる時が来ることを、イエスは言われました。

 

 世の終わりに、反逆者二ムロデがつくり始めたバベルの塔(神の秩序に反逆し神との調和を破壊する悪魔の王座と悪魔の国)は、反キリストによって完成されるでしょう。

 反キリストは、神のひとり子キリストに敵対する者、キリストを憎む者、神のひとり子よりも高いものとなろうとする悪魔の心を持つ悪魔の子、キリストよりも高くなろうとする反逆者です。神の秩序を破壊する滅びの子です。

 

 キリストは、わずかな罪のパン種が、天の御国全体を腐敗させるものであることをご存知です。

 キリストが与えられる御霊のパン種(真理)は、たとえ、からし種ほどの小さな信仰であっても、天の御国を膨らませます。教会は神のいのちを体現し、神の栄光が現れされます。

 しかし、悪魔が与える偽善のパン種は、人の目に善いと思われるものであっても、実は、いのちの道の歩みを外して、永遠の死へと導くのです。このパン種がはいると、教会全体が腐敗します。

 

 パン種の影響力はすさまじいものです。わずかな偽善が、全体に及ぶのです。それゆえ、イエスは、偽善には十分気をつけるようにと忠告されたのです。

 

 終わりの時、人類は、また、被造物は、二つに分かれます。

 神のひとり子キリストにつく者と、悪魔の子反キリストにつく者とに、はっきりと分かれるのです。

 終わりの時には、一人ひとりの心にあるものがあらわになるのです。

 

 土地のちりから造られた肉体の人は、神のことばから外れました。

 蛇が語る悪魔のことばに魅力を感じ、神のことばよりも蛇の言葉を選んだ結果です。

 

 神は、土から造られたアダムに代わって、神のひとり子と聖霊によって新しく創造する第二のアダムを、御子のために造られました。

 

 第二のアダムは、神のひとり子を裏切りません。決して、神のひとり子の敵である悪魔について行きません。決して、神の御子キリストの敵である反キリストには従いません。

 御霊によって生まれた第二のアダムは、羊飼いの声を知っています。魂の飼い主である牧者(神の子羊イエス・キリスト)の声を聞き分けます。第二のアダムは、神のひとり子キリストについて行きます。

 

 「ほかの人には決してついて行きません。かえって、その人から逃げ出します。その人たちの声を知らないからです。」(ヨハネ10:5)

 

 神のひとり子イエスは、罪人となったアダムの罪を贖うために、ご自分の血を流されました。御子イエスは、ご自分の血によって、死の恐怖につながれていた魂を買い戻されたのです。

 神の子羊イエスは、子羊の血をもって天の聖所にはいられました。

 

 「キリストは、神の御姿(神のひとり子)であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。

 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死(罪に呪われた者の裁き)にまでも従われたのです。

 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、『(神の子羊)イエス・キリストは主である。』と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。(神が遣わされた神の御子イエス・キリストを信じることは、キリストを遣わされた神をほめ讃えることであって、神の栄光なのです)」(ピリピ2:6ー11)

 

 神は、死に至るまで神に従順に従った神の子羊イエスを満足されて、聖霊のバプテスマを授けるキリストの権威を与えられました。

 神の子羊イエス・キリストは、聖霊を授け、キリストの御霊によって、新しい人に造り変え、七つの御霊の教会を完成されます。

 

 七つの御霊の教会は、キリストのからだです。頭であるキリストに聞き従うキリストのからだです。

 

 肉のアダムは、蛇の言葉を選んで、死にました。

 しかし、御霊によって生まれた第二のアダムは、キリストと一つ心のキリストのからだであり、神のひとり子に忠実な者です。

 

 神のひとり子は、新しい御霊の創造の七つの御霊の教会を見て、感嘆されます。

 「見よ、わたし(御霊によって新しく生まれ「第二のアダム」となったキリスト)と、神がわたしに賜わった子たち(神のひとり子に忠実な「七つの御霊の教会」)は。」(へブル2:13)

 

 御霊によって新しく造り変えられた魂は、非常に良いものとなります。

 私たちは、神と神の御子イエス・キリストと聖霊の喜びであり、神の栄光、天の御国の誉れ、永遠の喜びと楽しみと愛、神の安息となるのです。