ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

イスラエルに与えられたいのちの律法

 

 神は、イスラエルを奴隷の家エジプトから連れ出すと、荒野において、神の友であるアブラハム、その子孫イスラエルと神の祭司の国民としての契約を結ばれました。

 この契約によって、神は、「イスラエルの神」となられ、また、イスラエルは、神に仕える「神の民」となったのです。

 

 神は、神の民イスラエルを、全地において、生けるまことの神、天地万物を造られた全能の神、主の祭司の国民として召して神の国民を整えるために、「神の律法」を与えられました。「モーセの律法」です。十戒と、神の祭司の国民としての規定や掟など、様々な守るべき事柄が告げられました。

 

 モーセはシナイ山において、十戒を授かりました。

 神が授けられた様々な掟を、国民に教える務めをする部族として、レビ族が選ばれました。

 レビ人は国民に教え、国民はその教えを守って、全地における神の祭司の国民として整えられるのです。

 神が地上に神の祭司の国民イスラエルを造られたのは、この民に神のひとり子イエス・キリストを遣わすことを定めておられたからです。

 

 神が、神のひとり子に肉体を造って、イスラエルに遣わされる「キリスト」は、アブラハムの子孫ユダヤ民族の処女から「人の子」として生まれるのです。

 キリストは、世の罪を取り除く神の子羊として来られます。神の子羊は神の祭司の国民イスラエルの手で屠られて、罪の贖いのみわざは完成されます。

 

 神は、モーセに、神の民が守らなければならない「いのちの律法」を与えられました。

 モーセは、イスラエルに言いました。

 「あなたの神(イスラエルの神)、主は、あなた(ユダヤ民族)のうちから、あなたの同胞(ユダヤ人)の中から、私(神に遣わされて、イスラエルを奴隷の家エジプトから連れ上ったモーセ)のようなひとりの預言者(神のことばを語り、イスラエルが仕えているイスラエルの神を知らせ、世の罪を取り除き、死と滅びから救い出して、天の御国へと導く「いのちの主」キリスト)をあなた(神の祭司の国民)のために起こされる。彼(神がイスラエルに遣わされるキリスト)に聞き従わなければならない。」(申命記18:15)

 

 イエスの弟子である「使徒ペテロ」は言いました。

 「モーセはこう言いました。

 『神である主は、あなたがた(イスラエル)のために、私(イスラエルを導き、神の祭司の国民としての戒めを与えるモーセ)のようなひとりの預言者を(神はモーセを立てられたように、ひとりの預言者キリストを)、あなたがたの兄弟(ユダヤ人)たちの中からお立てになる。この方(「人の子」として来られる神のひとり子キリスト)があなたがたに語ることはみな聞きなさい。

 その預言者(神が遣わされたキリスト)に聞き従わない者はだれでも(神の契約を持っているユダヤ人であっても、神の律法を守るイスラエル人であっても)、民(神の契約の民、神の祭司の国民イスラエル)の中から滅ぼし絶やされる。』」(使徒3:22,23)

 

 モーセの与えた律法の中で、いつまでも残る大事な戒めは、「神が遣わされる預言者(神の御子キリストとキリストの御霊)に聞き従わなければならない。」でした。

 

 モーセが、イスラエルに聞き従わなければならない、と命じたその預言者(神の御子イエス・キリスト)が来られました。

 「人の子」として来られた神の御子イエス・キリストは、世の罪を取り除く神の子羊です。人類の罪の生贄のために、神御自身が用意された神の子羊です。

 

 神の子羊イエスは、ユダヤ人の間を巡られました。

 罪について(罪とは、神が遣わされた神の子羊キリストを信じないこと)、義について(神の子羊の血は罪を贖い、モーセの律法の違反の罪はすべて赦されることと、キリストが死から復活することで、永遠のいのちの聖霊が、キリストを信じる肉なる人たちに分け与えられること、すなわち、キリストが与える御霊によって、永遠に生きる新しい人に造り変えられて、神の子どもとされること。これが、神が用意されたまことの救いであり、神の契約の成就であり、神の義です)、裁きについて(神の子羊イエス・キリストが、神の子羊イエスの血によって罪の呪いを打ち砕き、罪と死をもたらす悪魔、この世を支配する滅びの子らを滅ぼすこと)を明らかにされました。

 

 イスラエルがなすべきことは何でしょうか。神が遣わされた神の子羊イエス(神の御子キリスト)を信じることではありませんか。

 

 モーセがイスラエルに命じた命令。

 「イスラエルの神は、私(神に遣わされたモーセ)のようなひとりの預言者(神のことばを民に告げるキリストのこと。キリストは、ユダヤ人の間を巡って、父なる神について、天の御国について、永遠のいのちについて、キリストが授ける聖霊【真理の御霊】について教えられました)をユダヤ人の中から起こされる。彼(神の御子イエス・キリスト)に聞き従わなければならない。」は、いのちの律法でした。 

 永遠のいのちを得るための神の掟であり、いのちの律法です。

 

 神は、貧しい大工ヨセフ(ダビデの子孫)の家に、神のひとり子を遣わされました。

 神の御子イエスは、ダビデの町ベツレヘムで生まれましたが、ダビデの子として住民登録された後、ヨセフの家のあるナザレの町(割礼の民ユダヤ人と無割礼の民異邦人がともに暮らすガリラヤ地方にある田舎町で、律法に厳格なユダヤ人たちからは蔑まれた町でした。神の契約のない異邦人もいるガリラヤ地方は、聖なる神の民イスラエル人にふさわしくない町だったからです。それゆえ、イエスは「ナザレ人」と呼ばれ、祭司や律法学者たちから蔑まれたのです)で成長しました。

 

 エルサレムには、律法を正規に学んだ学者や有識者たちが多くいました。彼らが、正規に学んだことのないガリラヤ地方のナザレ人イエス、また、無学なイエスの弟子たちを怪しむことは、理解できますね。

 

 しかし、祭司や律法学者たちは、聖書を知る者です。聖書をよく学び、ユダヤ人たちに聖書を教える立場の人々です。

 律法をよく知るはずの彼らは、モーセの「いのちの律法」に目がふさがれていました。神の子羊イエスが、モーセの律法にある預言者キリストであることが、どうしても信じられませんでした。

 

 律法、詩篇、預言者のすべては、「神がイスラエルに遣わされた預言者(神のひとり子イエス・キリスト)」に聞き従うことで、完成される手はずとなっていました。

 神の御子イエス・キリストは、ご自分の血によって、律法の違反の罪を贖ってくださいます。

 それゆえ、神の御子イエス・キリストに聞き従うことは、すべての罪は赦され帳消しとされ、神に「義」とされるという恵みの律法だったのです。

 

 神の御子イエス・キリストに聞き従うとは、どういうことでしょうか。

 イエスは、弟子たちに命じられました。

 「聖霊を受けなさい。

 (聖霊を受けた)あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、(聖霊を受けた)あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それは(罪として)そのまま残ります。」(ヨハネ20:22,23)

 

 ナザレのイエスは、聖霊のバプテスマを授ける「キリストの権威」を持つ「救い主」です。

 聖霊は、永遠のいのちであり、死から甦らせる御霊であり、新しい霊のからだ(復活のからだ)を与える「もうひとりの助け主」です。

 

 キリストは、神の子羊イエスの血によって、罪を取り除き、信じた人の罪は赦されて、神に義とされます。神の子羊イエスは「贖い主」です。

 聖霊は、イエス・キリストの御名によって、父なる神に与えられる「もうひとりの助け主」です。イエスのことばを思い起こさせ、真理を教える「真理の御霊」です。

 

 イエスの命令は、「聖霊を受けなさい。」です。

 イエスが世を去って天に上ると、父なる神は「もう一人の助け主」である聖霊を地上に遣わされるのです。

 

 アブラハムの契約のしるしは、肉の割礼でした。肉の割礼がない者(無割礼)は、神の契約の外の人です。神の民ではありません。

 キリストは、アブラハムの契約を成就し、新しい契約を、イスラエルに授けました。

 死から甦って御霊によって新しく生まれた新しい人キリストの契約のしるしは、神が遣わされる「聖霊」です。御霊は、心の割礼を与えます。心の割礼のない人は、新しい契約の外の人です。キリストのものではありません。

 

 イエスの弟子たちは、イエスの奇蹟としるしを見、イエスの口から神のことばを聞き、死から甦られた新しいからだのイエスを見ました。しかし、その証言をされるのは、真理の御霊です。聖霊を受けなければ、人間の証言です。しかし、御霊を受けるならば、神の御前に覚えられる御霊の証言なのです。

 

 神の子羊イエスは、主イエス・キリストの御名によって聖霊のバプテスマを授けることにより、十字架につけられたナザレのイエスが、キリストの権威を持つ、神の御子キリストであることを証明されます。

 

 神が与えられる御霊は、神が遣わされたまことのキリストを証言する権威と、誰かの罪を赦す権威、だれかの罪をそのまま残す権威まで与えられます。

 

 聖霊は、御霊を受ける人に永遠のいのちを得させるだけではなく、その人を聖霊の器として、真理を教える御霊の管とし、また、いのちの水の川を流す、生ける水の泉としてくださいます。

 これこそ、イスラエルの神が、イスラエルに与えたかった永遠のいのちなのです。