ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

最も小さな者のところに来られた救い主

 

 「ベツレヘム エフラタよ。

 あなたはユダの氏族のうちで最も小さい者だが、イスラエルを治める者(イスラエルの王ダビデ王と、ダビデの王座にとこしえに着くイスラエルの王〈ダビデの子、すなわち、キリスト〉)があなた(ベツレヘム)のうちから、わたし(主)のために出る。

 その出るのは昔から、いにしえの日からである。(神の命令を退けた人がエデンの園から追放された時から定まっている。神は、人を騙した蛇に、『わたし〈主〉は、おまえ〈人を騙した蛇〉と女〈エバから生まれるアダムの子〉との間に、また、おまえの子孫〈滅びの子〉と女の子孫〈人の子〉との間に、敵意を置く。彼〈「人の子」として生まれる神の御子キリスト〉は、おまえの頭〈悪魔の支配〉を踏み砕き、おまえ〈獣の子〉は、彼〈人の子、すなわち、神の御子キリスト〉のかかと〈ヤコブ、すなわち、イスラエル〉に噛みつく。』[創世記3:15]と仰せられたからです。)」(ミカ5:2)

 

 ローマ帝国が支配する世に、皇帝アウグストから、全世界の住民登録をせよという勅令が出ました。それで、人々はみな、登録のために、それぞれ自分の町に向かって行きました。みな、本籍地に戻って、登録しました。

 

 「ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。彼(ヨセフ)は、ダビデの家系であり血筋でもあったので、身重になっているいいなずけの妻マリアもいっしょに登録するためであった。

 ところが、彼らがそこにいる間に、マリアは月が満ちて、男子の初子を産んだ。それで、(赤子を)布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。」(ルカ2:4-7)

 

 許嫁の妻マリアが身ごもったことを知ったヨセフに、主の使いが夢に現れて「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリアを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。マリアは男の子を産みます。その(子の)名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民(イスラエル)をその罪から救ってくださる方です。」と告げました。

 ヨセフは身ごもったマリアを妻に迎え入れ、住民登録をするために、いっしょにベツレヘムに旅立ったのでした。妊婦のマリアのからだを気遣いながらの旅です。

 

 ベツレヘムの町は、各地方から住民登録のために来た人々でごった返していました。宿屋は、すでに埋まり、彼らに泊まる部屋はありません。しかも、妻マリアの腹は臨月です。

 やっと見つかった宿泊所は、普通の部屋ではありません。部屋はすでに超満員で埋まっていたからです。彼らは、家畜小屋を借りることになりました。すると、マリアは産気づいて、男の子を産みました。彼らは、生まれた赤子を布にくるんで、家畜のえさを入れる飼葉おけをベッドとして寝かせました。

 

 「さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。(御使いの放つ御国の光が、夜の闇を照らすと、羊飼いたちのいる場所は昼間のように明るくなったことでしょう)

 御使いは彼らに言った。

 『恐れる事はありません。今、私はこの民(キリストを待ち望むユダヤ民族)全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。

 きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ(あなたがたが待ち望んだ)主キリストです。(あなたがたの罪を贖う「救い主」です)

 あなたがた(羊飼いたち)は、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。(このみどりご〈生まれたばかりの赤子〉こそ、きょうお生まれになった主キリストです。そのみどりごを見つけるならば、あなたがたは、御使いが告げたことばは神から出た真実なことばであったことを知るでしょう)』

 すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。

 『いと高き所(天の神の御座)に、栄光が、神にあるように。

 地の上に、平和(神との和解の喜びと平安)が、御心にかなう人々にあるように。』

 御使いたちが彼ら(羊飼いたち)を離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。『さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。(きょうダビデの町でお生まれになったという救い主「主キリスト」を見つけに行こうではないか)』

 そして急いで行って、マリアとヨセフと、飼葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当てた。それ(飼葉おけに寝ておられるみどりごイエス)を見たとき、羊飼いたちは、この幼子について告げられたことを知らせた。(主の使いが現れたときの様子や、御使いがこのみどりごについて告げられたことを知らせた。このみどりごこそ、ユダヤ民族が待ち望んできたダビデの子〈イスラエルの神がイスラエルに遣わすと約束しておられたキリスト〉であることを告げた)

 それを聞いた人たちはみな、羊飼いの話したことに驚いた。(この飼葉おけに寝ているみどりごが、イスラエルを贖う神の子キリストだって?ダビデの王位を持つメシアだって?ガリラヤ地方の田舎町ナザレから来た貧しいヨセフとマリアの子どもではないのか)

 しかしマリアは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。(御使いガブリエルの受胎告知の場面や、親類のエリサベツの祝福のことばを思い出していたのでしょうか)

 羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神を崇め、賛美しながら帰って行った。」(ルカ2:8-20)

 

 ダビデの王座に着くダビデの子キリストは、ダビデの町ベツレヘムで生まれました。そして、ヨセフの子として住民登録されました。

 そして、マリアと夫ヨセフのそれぞれに御使いが命じたように「イエス」と名づけられました。

 

 神は祭司たちのところに御使いを遣わされませんでした。

 神は預言者を立てられませんでした。

 

 ユダヤ人たちから蔑まれている羊飼い、住民登録の対象とならないような卑しい身分の羊飼いたちのところに、御使いを遣わされました。

 思い起こせば、イスラエルを奴隷の家エジプトから救い出すために遣わされたのは、ミデヤンの地の祭司の娘を妻にした羊飼いのモーセでした。モーセは、イスラエルに、「私のようなひとりの預言者がユダヤ人から出る。彼(イスラエルを救うキリスト)に聞き従わなければならない。」と命じています。

 イスラエルの王ダビデは、ベツレヘムの父エッサイの家の羊飼いでした。神は、羊飼いのダビデを取って、イスラエルの王の油を注がれたのです。

 

 神が、モーセに示されたキリストもまた、神の羊であるイスラエルの民にいのちの糧の牧草(キリストのことば)を与え、悪い者から羊たちのいのちを守り、安息の地へと続く、良き羊飼いでした。

 ダビデ王の王座に着くとこしえのイスラエルの王キリストもまた、イスラエルの民を正しく統治し、羊のために命を捨てる良き羊飼いでした。

 

 御使いの御告げを聞き、主の栄光を見たのは、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた羊飼いたちでした。

 彼らは、御使いの御告げを聞きました。「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」

 羊飼いたちは、祭司やレビ人や律法学者やイスラエルの指導者たちも見た事のない、生ける神の栄光を、自分たちの目で見たのです。神は、純真な幼子たちに御自身を現わされるようです。

 

 神は、この良き知らせを、小さな者、最も小さな力のない羊飼いたちに現わされました。彼らは、聖書を調べたりはしません。自分たちの体験した事を確かめに、急いで行って、みどりごを捜し当てたのです。

 

 天から遣わされたキリストは、力のないみどりごの姿で、家畜の飼葉おけに寝ておられました。羊飼いたちは、飼葉おけが家畜の食べ物の容器であることを知っています。

 神の御子イエスは、神の羊たち(アブラハムの血肉の子孫イスラエルと、アブラハムの信仰の子孫)のいのちの食べ物(霊の糧)である「神のことば」です。神の羊たちは、神のことばを食べて、神のことを知り、神に立ち返り、神が遣わされたまことの羊飼い(魂の飼い主イエス・キリスト)に従うのです。

 また、羊のために命を捨てる羊飼いイエス・キリストの真理の御霊に聞き従うのです。彼らは疑いません。彼らの霊は、神の御子の霊をとらえることができるからです。

 

 神の子羊イエスの肉は屠られ、血は流されました。

 主は、キリストの十字架のみわざを記念して、キリストの肉であるパンを食べ、キリストの血である葡萄酒を飲むように、と命じられました。

 

 「イエスは彼らに言われた。

 『まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子(神の子羊イエス)の肉(聖餐のパン)を食べ、またその血(聖餐の葡萄酒)を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。

 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人を甦らせます。

 わたしの肉はまことの食物(地上で食べることのできる天上の食物)、わたしの血はまことの飲み物(天上の飲み物)だからです。」(ヨハネ6:53-55)

 

 イエスは、天から下って来たパン(天上のいのちの食物)です。

 天から下って来たいのちのパン(永遠のいのちを得させる神の子羊イエスの生かすことば)を食べる者は永遠に生きます。」(ヨハネ6:58)

 

 人のからだは、その人の食べる物によって出来上がっていると言われます。

 人の魂は、天から下って来たいのちのパン(神の子羊イエスのことば)と、イエスのことばを思い起こさせるいのちの飲み物(キリストの御霊)によって、天上で生きる魂に造り変えられるのです。

 

 きょうダビデの町(ベツレヘム)でダビデの子が生まれました。私たちに、永遠のいのちを得させる救い主「主キリスト」です。

 

 ガリラヤ地方の漁師たち、イエスの弟子たちは、喜びをもって、主キリストの福音を宣べ伝えました。

 ベツレヘムで生まれたみどりごの主キリストではありません。

 十字架で私たちのためにいのちを捨て、死に勝利して、死から甦られた復活の神の子羊イエス・キリストを宣べ伝えます。

 また、聖霊のバプテスマを授けるキリストの権威を持つ、神の御子キリスト・イエスを宣べ伝えるのです。

 神は、キリストの御霊(真理の御霊)によって、私たちを死から甦らせて、永遠のいのちを得させてくださるのです。