ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

魂に光が宿る

 

 「いつも喜んでいなさい。

 絶えず祈りなさい。

 すべての事について、感謝しなさい。」(テサロニケ第一5:16-18)

 

 神が私たちに望んでおられることだそうです。

 天上にあるものに、怒りも悲しみも涙もありません。

 天では、全知全能の神がおられ、すべてのものは、この方を礼拝し、賛美し、たたえています。全き光の世界です。暗いところは一つもありません。愛と喜びと平安です。

 すべてのものは、御霊の愛によって一つです。調和という言葉も、秩序という言葉もいりません。愛の中に乱すものはないからです。

 

 愛を引き裂くものはありません。完全なすがたです。

 喜びも、神と交わる祈りや、神を賛美する感謝も、天上のすがたの断片です。

 

 天から追放された堕天使長は、闇を支配する破壊者悪魔です。彼のうちに光はありません。漆黒の闇です。しかし、神の栄光を真似て、偽りの光で闇を照らすことをします。

 悪魔は、神の反逆者、天に逆らう者、愛を破壊する者、神との繋がりを断つ者、騙す者、偽り者、あざむく者、あざける者、天の御国の相続者である神のひとり子(神の御子)に敵対する者、また、攻撃する者です。

 

 悪魔から出たものは、疑いと怒りと憎しみと裏切りと欺きと蔑みと人殺しです。悪魔の性質がそのまま現われます。

 神から出たものは、悔い改めと和解と赦しと愛と慰めと親切と誠実と自制です。彼らのうちには、喜びと感謝と賛美と祈りがあります。天の支配に覆われてます。

 

 私たちの地球は、漆黒の闇の宇宙の中にあります。地球だけではなく、ほかの星々や、超高温で燦然と光り輝く太陽でさえ、漆黒の闇の中にあるのです。

 漆黒の闇は、悪魔の住まいであり、悪魔の支配が覆っています。

 漆黒の闇の宇宙の中に、天から追放された堕天使たちがいます。悪魔と悪霊だけが漆黒の闇の住民に思われますが、実は、悪魔の支配下に入らなかった堕天使たちもまた、漆黒の闇の住民に数えられます。

 

 あらゆる銀河には、全き光の天から追放された堕天使たちが生息していると思われます。

 私たちは地球に生物がいることを知っています。しかし、ほかの銀河まで行けないので、ほかの銀河のことは知りません。

 向こうの方から、地球人にコンタクトを取って来ることによって、一部の地球人は、宇宙には地球の生物のような生命体がいる星々があると知っているのでしょう。

 

 地球人も、宇宙のほかの生命体も、漆黒の闇の中にいる闇の生命体ということになります。

 天には暗い所が一つもない、と天から来られた神のひとり子イエス・キリストは、ユダヤ人の弟子たちに教えられました。神には、暗い所が一つもないのです。それゆえ、神が御支配される天は、暗い所が一つもない、全き光なのです。

 

 私たちは、漆黒の闇の中に存在する地球の生命体です。闇の生命体は、暗い所が一つもない全き光の天にはいることはできません。

 暗いものは、全き光の中で消滅してしまうからです。天で生きることはできないのです。暗い所のあるものは、暗い所で生きることができます。暗い所がある世界でなければ、生きられないのです。

 

 神のひとり子が人の子の姿で、イスラエルに来られたとき、真理の光(天の全き光)が天から来ました。真理の光(神のひとり子)は、地上の人類のために、あえて暗い肉体をまとって来られました。

 イスラエルは、全能の神が、神のひとり子のために造られた神の祭司の国民です。神は、神の祭司の国民イスラエルに、天の法をお与えになりました。天の法とは、光の中で生きる法です。

 神は、神がお選びになったアブラハムの、アブラハムの子孫と呼ばれるイサクに、天に帰る「新しい人」のかかとであるヤコブを与えられました。ヤコブに十二人の息子を与え、彼らを族長とする十二部族のユダヤ民族を造られました。

 

 神は、ユダヤ民族に「聖書」をゆだねて天の神を知らせて、暗闇にいる世界の人々、あらゆる国、あらゆる民族、あらゆる言語の人々に御救いをもたらす民族として召されたのです。

 

 イスラエルには、アブラハム、イサク、ヤコブの血肉の子孫ユダヤ民族と、肉の割礼を受けてアブラハムの子孫に加えられる在留異国人と、イスラエルの神の覆いを求める寄留者たちがいます。イスラエルの神は、全地の神であられ、宇宙全体の神であられ、地球の人の子たちを、天の御国に招いてくださる御救いの神であられます。

 

 地上のすべての民族はアブラハムの子孫によって祝福されることを、神が定められました。神の御救いは、アブラハムの子孫だけではなく、アブラハムの子孫イスラエルの神の覆いの中に入る人々にも及びます。

 それゆえ、神は地球のすべての人たちに命じられるのです。

 「アブラハムの子孫を祝福しなさい。呪ってはいけません。」

 ユダヤ人を呪うことは、ユダヤ人として来られた神の御子イエス・キリストを呪うことです。また、イスラエルを呪うことは、イスラエルを造られたイスラエルの神を呪うことです。

 

 なぜなら、神は、アブラハムと契約を結んでおられるからです。

 「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。

 地上のすべての民族は、あなた(アブラハムの契約を相続しているアブラハムの子孫)によって祝福される。」(創世記12:3)

 

 水で世を滅ぼされたとき、神は、正しい人ノアを選び、ノアの作った箱舟に入るものを大水から救い出されました。

 次に、世は火で滅ぼされることが定められています。

 火の滅びから救い出すものとして、神は正しい人アブラハムを選び、アブラハムの子孫イスラエルをお造りになりました。

 

 神はノアに箱舟の設計を告げ、ノアは神の設計通りに箱舟を造りました。ノアの箱舟に入ったものが、水の滅びから救い出されました。

 神はイスラエルに「聖書」を与え、イスラエルは、神の律法に聞き従う神の祭司の国民とされました。そして、神は、神のひとり子に肉体を造り、人の子の姿で祭司の国民イスラエルに遣わされました。祭司のユダヤ人たちは、神の子羊ナザレのイエスを十字架で屠り、罪の贖いの血を流しました。

 神は、この神の子羊の血によって罪が贖われる人たちを、世の滅びから救い出されます。ユダヤ人たちの先祖が、奴隷の家エジプトを脱出するときに行なわれた神のみわざと同様です。

 羊の血の塗られたイスラエルの家々は過ぎ越され、羊の血の塗られていないエジプト(エジプトは世の象徴であり、エジプト人は世の人の象徴です)の家々は御使いに打たれて裁かれました。

 

 世の終わりには、神の子羊イエスの罪の贖いの血を信じる者は裁きが免れ、神の子羊イエスの血の信仰のない者たちは裁かれます。

 そして、人の世は終わり、新しく千年王国が起こるのでしょう。

 

 イスラエルには、アブラハムの血肉の子孫のユダヤ人もいますし、心の割礼を受けて信仰によってアブラハムの信仰の子孫となる異邦人もいます。また、アブラハムの子孫であるユダヤ人を祝福しイスラエルを祝福する人たちは神の祝福を受けて、イスラエルの神の覆いの中に入る人たちもいます。

 

 火の滅びから救い出されるイスラエルは、永遠に生きる新しい人たちのとこしえのイスラエル王国です。彼らは、復活のキリストが王となって治められる「とこしえのイスラエル王国」の国民です。

 彼らは、神の御子イエス・キリストの手の中にある七つの御霊の教会です。

 

 キリスト教徒だからキリストの手の中にある七つの教会なのではありません。

 聖書の民ユダヤ人だから、イスラエルの王イエス・キリストの国民なのではありません。

 

 キリストの手の中にある七つの教会は、一つの御霊を飲む人たちです。永遠のいのちを得させる真理の御霊を飲む者たちです。

 ひとつの御霊によって、神の御子キリストを頭とするキリストのからだ、新しいひとりの人とされるのです。キリストのからだには、生かす御霊が流れており、頭であるキリストの御思いを行ないます。キリストのからだのいのちは血ではなく、御霊です。

 

 キリストの血は、私たちを生かすために流されました。イエスの肉のからだは死にました。イエスの肉のからだのいのち、すなわち、イエスの血は、私たちに永遠のいのちを得させるために、神にささげられました。

 キリストは御霊によって死から甦られました。御霊は、死から復活する永遠のいのちなのです。復活のキリストのいのちは、御霊です。キリストは、この永遠のいのちを私たちに得させてくださいます。

 

 聖所から流れる生ける水は、生かす御霊です。

 千年王国で、この生ける水が死海に入ると、死海はあらゆる生物が生き群がる所となります。それは、生ける水がはいると、そこの水が良くなるからです。生ける水が入る所では、すべてのものが生きるのです。

 

 イエスは言われます。

 「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。(潤され満たされなさい)

 わたし(救い主キリスト)を信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」(ヨハネ7:37,38)

 

 御霊を宿す人たちからは、感謝と賛美と祈りが出て来ます。暗い所のない真理の光が、その人の魂を照らしているのです。

 感謝の中に、暗いものは留まることができません。感謝と賛美は、心の中から暗い所を締め出していきます。

 

 救い主イエス・キリストは、魂を潤し、また、霊を生かす「生ける水」を、お与えになります。

 

 パウロは、主にある兄弟たちに言います。

 「だれも悪をもって悪に報いないように気をつけ、お互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行なうよう務めなさい。

 御霊を消してはなりません。(御霊は、私たちの暗い所に光を照らして悔い改めへと導き、光とされます。生ける水で潤していのちを得させてくださいます)

 すべてのことを見分けて、本当に良いものを堅く守りなさい。

 悪はどんな悪でも避けなさい。(あなたがたのいのちを守り、永遠の御救いを受けるためです)」(テサロニケ第一5:15,19-22)

 

 私たちを天の御国に招いてくださる神は、御霊を与えて、全き光の中で生きる新しい人に造り変えてくださいます。