ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

水で世が滅びた時、箱舟の中のものだけが生き残ったことを知っていますか

 

 聖書を知らない人でも、ノアの箱舟の話を知っている人は多いと思います。

 ノアの箱舟に入っていた生き物は、水に浮かぶ箱舟の中に入って生き延びました。

 

 当時の世界の人々の思いを思い描いてみましょう。

 水で滅ぶ世界なんて、想像することもできません。今、目の前にあるものがすべて大水の底となるのです。

 

 地上を歩いていて、地に足がつかなくなるようなことがあるでしょうか。大地があるから地上ではないですか。もし、雨が降り地上に雨水がたまって池になるならば、高い所に逃げればいいでしょう。足のつく乾いた地があるはずです。

 

 高くそびえる山々を埋め尽くす大水は、どこからやって来るというのでしょうか。大地が海になるというのですか。

 

 地球が水の星になるなんて、想像できません。潜っても潜っても海底に行き着きません。地上にあったものはみな、大水にのまれています。物体は何一つ残っていません。日々量が増す大水だけが存在する世界です。

 

 どこを見渡しても、360度見渡す限り、海ばかりです。海の上を飛ぶカモメの鳴き声はありません。目に見えるのは、天と地が一つになったかのような色彩のない灰色の世界です。空は雨でくすぶり、海はその雨を受けとめています。

 陸地はありません。四十日四十夜降り続けた雨が止むと、海の水は少しずつ引き始めます。水は、海に集まり、乾いた陸地が現れ始めます。まず、高い山々が頭を出します。

 箱舟は、大海の中に一つ、ポツンと唯一の物体でした。大海の中に顔を出した山々に引っかかると、そこで箱舟の旅路は終わりました。

 

 さて、山々が頭を出す前の世界はどうでしょうか。

 大海と一つの箱舟と、大空と太陽。最初からあった水と、神が造られた天体の世界です。そこに、ノアが造った小さな箱舟が一つ。人間の目には三階建ての大きな箱舟です。おそらく、ノアの時代にこれほど大きな建造物はなかったことでしょう。

 しかし、自然界の中では、米粒よりも小さな小さな箱舟です。地球という星は、水の衣を着た星となり、初めにあった水の状態に戻りました。

 天には、大空が広がり、太陽が照り、夜には月と星々が輝いています。

 水の中には生命がありました。魚たちは生き残っていました。しかし、地上で生き残ったのは、箱舟の中にいるものだけです。

 

 大水で流された人々は、どこへ行ったのでしょうか。

 彼らは、面白おかしく暮らしていました。約七十年かけて毎日毎日、箱舟を造り続けているノアとノアの家族は笑いものだったことでしょう。

 

 大雨による滅びが現実に起こる、と誰が想像したでしょうか。

 ノアの時代の人々は、神の前に堕落し、暴虐で満ちていました。神を恐れるノアは、変人です。ノアは、神の声を聞きます。しかし、世の人々は、神の声どころか神の存在さえ信じていません。

 

 同じ時代に、同じ地上に暮らしているのに、ノアは天を仰ぎ、世の人々は地上を謳歌していました。

 ノアには天のことばがありました。神は、水で世を滅ぼされる。

 世の人々は、水に何の力があるものか、と笑って地を見つめます。

 

 しかし、神の時に雨は降り始めました。

 箱舟の中には、ノアとノアの家族と、神が集められた生きものたちが入っています。彼らが箱舟に入ると、神御自身が、ノアのうしろの戸を閉ざされました。箱舟は、神の設計どおり、内と外には木のやにが塗られ、水に強い構造となっています。

 次の日もその次の日も、雨は降り続きます。

 

 ノアを笑っていた人々は、雨から身を避けようと箱舟に群がって来たことでしょう。しかし、戸は開きません。神が戸を閉められたからです。

 

 新約聖書には、これらの取り残されて水で滅んだ魂たちのことが書かれています。

 「キリストも一度罪のために死なれました。

 正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。(イエス・キリストは、ご自分の罪のためではなく、私たちの罪の身代わりとして、罪の生贄の子羊となられたのです。キリストは、私たちの罪を贖うために死なれたのです)

 それは、肉においては死に渡され、霊においては(聖霊のいのちを受けて)生かされて、(罪の中で死ぬべき)私たちを(ご自身の血で贖い、私たちの魂にキリストの御霊を与えて)神のみもとに導くためでした。

 その霊(聖霊のいのち)において、キリストは捕われの霊(死者)たちのところに行って、みことば(御救いの福音)を宣べられたのです。

 昔、ノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに、従わなかった霊たちのことです。(ノアとノアの家族以外にも、神は、救おうと待っておられた霊〈魂〉たちがいたのです)(結果的には)わずか八人の人々が、この箱舟の中で、水を通って救われたのです。

 そのこと(神を恐れ神に聞き従った正しい人ノアが箱舟に乗って、水の滅びから救われ、水の洗いによって暴虐に満ちた世から出て来たこと)は、今あなたがたを救う(水の)バプテスマをあらかじめ示した型なのです。(水の)バプテスマは肉体の汚れを取り除くものではなく、正しい良心の神への誓いであり、イエス・キリストの復活によるものです。(ノアとノアの家族が水の洗いによって悪い世から出て来たのに、水で洗われた世で再び罪に落ちたように、水のバプテスマは罪を取り除くものではありません。神に立ち返り、神に従う者となります、という正しい良心の誓いであり、この誓いは、イエス・キリストの死からの復活を実現された聖霊の御力によって成就するものです。御霊によらなければ、死からの甦りも、新しい人に造り変えられることもありません)

 キリストは天に上り、御使いたち、および、もろもろの権威と権力を従えて、神の右の座におられます。(「わたし〈父なる神〉があなた〈神の御子イエス・キリスト〉の敵〈悪魔と反キリスト〉をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていよ。」[詩篇110:1]と、御座に着いておられる方に仰せられたキリストは、次には罪を負うためではなく、キリストを待ち望んでいる人々の救いのために来られます)」(ペテロ第一3:18-22)

 

 ノアの時代、救おうと忍耐しておられたのに、神の導きに聞き従わなかった不従順な魂のために、キリストは、死者の世界に行って、御救いのみことばを宣べられました。

 ノアの時代は、神の子羊の贖いのみわざはまだ実現していなかった時代です。しかし、現在は、十字架のみわざはすでに完了され、終わりの時代を迎えています。終わりの時代に福音が伝えられていない人々にこのような恩恵があるのでしょうか。

 すでに、明らかにされている御救いのみわざを侮る魂には、残されていないでしょう。

 

 人間の常識は、ノアの時代の大洪水を否定するでしょう。しかし、ノアの箱舟が世の滅びから救い出されたという物語は知っているでしょう。

 

 神を信じる人々にも、神を信じない人々にも、雨が降りました。

 しかし、神を信じ神の覆い(箱舟)の中に入ったノアと生き物たちは生き残りました。

 

 次には、火で滅ぼす、と神は定めておられます。

 聖書を信じる人々も、聖書を信じない人々も、聖書を知らない人々も、世の終わりがある、という情報は得ています。

 

 水の滅びのとき、箱舟に入った生き物たちが生き残ったのならば、火の滅びのときにも、箱舟のような何かシェルターとなるものはないのか、という考えに至らないのでしょうか。

 

 神の存在を信じない人々のもとには届かない情報であるかも知れませんが、神は、火の滅びから救い出す、シェルターを用意しておられます。それは、神の家です。

 

 水の滅びから救い出した箱舟は、人間が造りました。神を恐れる正しい人ノアが神の御声に聞き従って造ったのです。

 

 しかし、火の滅びから救い出す御救いは、天から与えられます。天から来られた神のひとり子です。神のことばと一つの神の御子イエス・キリストです。イエス・キリストの御名に御救いの力があります。

 キリストが造られる神の家は、滅びの世から救い出す神の教会です。キリストは、地上に、天の御国へと引き上げる「神の家(御霊の教会)」を造り、神の家族を集められます。

 

 そして、その御救いの教会はすでに用意されています。

 キリストの血で罪をきよめ、キリストの御霊を与えて、天に入る新しい人を創造されます。地上では、罪を悔改めて、神に立ち返り、聖霊(キリストの御霊)を受けて新しい人に造り変えられる神の子どもたちが創造されているのです。

 

 水の滅びの後にも、地上の世は続けられました。

 しかし、火の滅びの後には、天も地も滅ぼされます。

 そして、天の御国に入る人々が生き残ります。生き残るのは、肉のからだの人ではありません。肉に死んで、御霊によって新しく生まれる新しい御霊のからだの魂が生き残ります。

 

 それゆえ、ノアの時代のように、肉の人(肉体の人間)のままで生き残るのではありません。

 永遠に生きる御霊の人へと生まれ変わる人々が生き残ります。御霊のいのちと御霊のからだを受ける魂が生き残ります。

 

 聖書に書かれていることは、すべて成就することを知りましょう。

 聖書の中に、永遠のいのちがあると思うので、ユダヤ人たちは、聖書を調べて来ました。

 そして、聖書は、世の終わりに、世の滅びから救い出される「神の家(霊とまことによって生けるまことの神を礼拝する御霊の教会)」の中に入る人々を招いていることを知りましょう。