ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

神との契約を持つ神の民イスラエルと神の子イスラエル

 

 主は、主を畏れる正しい人ノアに仰せられました。

 「すべてのものの終わりが、わたし(主)の前に来ている。地は、彼ら(堕落し、道を乱している人々)のゆえに、暴虐に満ちているからだ。それで今わたしは、彼らを地とともに滅ぼそうとしている。

 あなたは自分のために、ゴフェルの木の箱舟を造りなさい。箱舟に部屋を作り、内と外とを木のやにで塗りなさい。」(創世記6:13,14)

 

 ノアは、箱舟を造り、約七百年の後、箱舟を完成しました。

 神は、ノアの家族を水の滅びから救い出されました。

 信仰の人ノアに語られた、天地万物を創造された全能の神、主への信仰は、ノアの三人の息子のうち、セムに受け継がれました。

 

 父が信仰者であっても、息子がその信仰を受け継ぐとは限りません。人それぞれ、意思や感情を持っているので、自分自身で信じるものをおのおの選択しているからです。

 信仰のかたち、しきたり、伝統などを受け継いでも、それに信仰が伴うわけではありません。心はそれぞれが管理しているからです。

 

 それを考えると、日本国の天皇は、2600年もの間、天皇としての儀式だけではなく、国民を思う心と国民の安寧のための祈り、世界平和のために執り成す信仰を保ち続けられたのは、奇蹟です。天皇の祈りに、目には見えない霊なる神が生きて働かれるのを国民は見て、天皇の上に置かれた神の権威を知るのです。

 有終の美を飾る、と言いますが、終わりがよければ、すべてが贖われます。また、初めが良かったので、この結果を生むのでしょう。

 大和民族は、セムの子孫です。

 

 神は、セムの子孫アブラハムに現れて、仰せられました。

 「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。

 地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」(創世記12:3)

 

 ノアの家族を箱舟に乗せて、大水から救い出されたセムの神が、ノアやセムの信仰を受け継ぎ、神を畏れる正しい人アブラハムを祝福されました。

 この祝福は、アブラハムが神にすがって求めて得られたものではありません。

 主御自身が、アブラハムを選び、アブラハムに現れて、アブラハムと契約を結ばれたのです。

 

 神は、エデンの園で蛇に、蛇の頭(蛇に言葉を授けた悪魔)を踏み砕く「人の子」(神に肉体を造られて人の子となられる神のひとり子)を、女の子孫(エバから生まれる人の子孫)に与えると仰せられました。

 その女の子孫である「人の子」を生む者として、神はアブラハムを選ばれました。すなわち、神の御子キリストは、アブラハムの子孫から生まれると定められたのです。

 

 アブラハムは、キリストを生む、信仰の父です。アブラハムの信仰は、キリストに至るまで、受け継がれなければなりません。

 神は、アブラハムと不妊の妻、閉経した八十九歳の妻サラとの間に、ひとりの男の子イサクをお与えになりました。イサクは、奇蹟の子どもです。

 

 アブラハムの信仰は確かなものとなりました。イサクの子孫からキリストが生まれる、とアブラハムは信じたのです。

 そして、神に命じられるまま、アブラハムは、ひとり子イサクを神にささげました。

 神は、アブラハムの信仰をご覧になり、神にささげられたイサクを受け入れて、アブラハムの契約と信仰と祝福とを、イサクに相続されました。

 

 イサクの子ヤコブは、弟に生まれ、アブラハムの契約と祝福とを相続する立場ではありませんでした。

 しかし、ヤコブは信仰によって、人と戦い、神と戦って、アブラハムの契約と祝福との相続人となりました。ヤコブは、信仰によって、神のものを勝ち取った信仰の勝利者です。

 

 ヤコブの信仰は、神に喜ばれました。ヤコブには、ノアの信仰、セムの信仰、アブラハムの信仰、先祖と同じ信仰があったのです。

 ヤコブは弟として生まれましたが、アブラハムの信仰を受け継ぐのにふさわしい資質の魂でした。一方、兄のエサウは、長子として生まれましたが、信仰には無頓着で、神を畏れる心を持たない人でした。目に見える肉の父イサクに与えられたもので満足し、目に見えない霊の父であられる神を求める人ではありませんでした。

 

 神は、信仰によってアブラハムの契約と祝福を勝ち取ったヤコブに、「人と神と戦って勝利した者」という意味の「イスラエル」という新しい名前をお与えになりました。

 ヤコブには十二人の息子が生まれました。神は、十二人の息子を族長とする十二部族のユダヤ民族を、ヤコブの子孫とされました。

 

 アブラハムの契約と祝福を受け継いだアブラハムの子は、アブラハムの八人の息子たちの中で、妻サラの子イサクひとりでした。ほかの七人の息子たちは、相続から外されました。

 アブラハムの契約と祝福を受け継いだイサクの子は、ふたりの息子のうち、ヤコブひとりでした。兄息子のエサウは、相続から外されました。

 アブラハムの契約と祝福を受け継いだヤコブの子は、十二人いました。神は、十二人の息子たちすべてを、相続人とされました。ヤコブの子らで、相続から外される息子はいませんでした。

 

 神に「イスラエル」と名づけられたヤコブは、信仰の勝利者です。

 ヤコブの十二人の息子の子孫、十二部族のユダヤ民族は、信仰の勝利者である父ヤコブの名前にちなんで、「イスラエル」と呼ばれます。

 

 イスラエルは、神から神の祭司の国民としての契約を受けて、キリストを生む民族として、神に育てられました。律法が与えられて、レビ族からモーセの律法を学び、ユダ族のダビデ王の王座のあるイスラエル王国を築き、預言者たちによって神に聞き従う道を示されました。

 

 イスラエルは、アブラハムの相続地であるカナンの地に住み、キリストを生みました。ダビデの子イエス・キリストは、ダビデの町ベツレヘムで生まれて、ベツレヘムで住民登録されました。

 

 神は、アブラハムとの契約を守られます。

 イスラエルは、律法の違反の呪いに苦しみました。また、敵国に囲まれて、存続を脅かされました。キリストは、イスラエルを贖うために来られました。

 神を信頼して信仰の勝利者となるはずのイスラエルは、イスラエルを贖う神の御子イエス・キリストを受け入れませんでした。彼らは、信仰から遠く離れ、不信仰で不従順な悪いものとなっていたからです。

 しかし、彼らの意識の外で、神の祭司の国民としての務めを果たしました。

 神が遣わされた神の子羊イエスを、十字架で屠って、世の罪を取り除く子羊の贖いの血を流したのです。

 

 神の子羊イエスは、死から甦り、復活のキリストとなられました。肉の死から生まれた御霊の子、聖霊の新しい創造によって生まれた神の子どもとなられたのです。こうして、神のひとり子イエスは、永遠に生きる神の子どもたちの初穂として復活し、永遠に生きるキリストとなられたのです。

 

 神の初めの契約は、アブラハムの血肉の子孫との契約でした。

 アブラハムの血肉の子孫イスラエルは、神の祭司の国民となり、世の罪を贖う救い主キリストを生みました。

 

 ユダヤ人から生まれた救い主イエス・キリストは、蛇の頭の悪魔を踏み砕く女の子孫の「人の子」です。

 人の子として来られた神のひとり子キリストは、イスラエルに新しい契約をお与えになりました。初めの契約は、処女マリアから生まれたダビデの子ナザレのイエスによって完成したからです。

 

 神の祭司の国民から出たキリストは、ユダヤ人たちの弟子たちに、新しい律法を与えられました。

 ユダヤ人が大切に守ってきた肉の割礼も、モーセの律法も、神の御子イエス・キリストにあって完成しました。

 キリストは、神の民イスラエルに永遠のいのちを得させて、神の子イスラエルに変容されるのです。

 

 神の民イスラエルが生んだキリストは、全世界の祝福の基です。

 「地上のすべての民族は、あなた(アブラハムの子孫のユダヤ人から出た神の御子イエス・キリスト)によって祝福される。」(創世記12:3)という、主の御告げが成就しました。

 

 救いは、ユダヤ人のものでした。しかし、ユダヤ人として生まれた神の御子イエス・キリストの罪の贖いの血は、ユダヤ民族の古い皮袋を裂き、古いぶどう酒は流れて出て、キリストの贖いの血は民族の垣根を超えて、全世界のすべての民族の御救いとなられたのです。

 

 ノアの時代、箱舟を造ったノアの家族だけが水の滅びから救い出されました。

 神の民イスラエルの契約の時代、神の祭司の国民のイスラエルだけが御救いの対象でした。しかし、今回は水ではなく、火の滅びからの御救いです。火は燃えるものをすべて焼き尽くしてしまいます。

 それゆえ、火で焼き尽くされることのない新しいからだを必要とされました。

 

 イスラエルから出たキリストは、肉に死んで、御霊によって新しく生まれる復活のからだを用意されたのです。

 復活のからだは、御霊によって生まれる新しい霊のからだです。霊のからだは、火の中をくぐっても燃え尽きません。肉は焼かれても、霊は生きています。

 

 キリストは、新しい契約を与えられました。

 肉の割礼に変えて「心の割礼」を、文字の律法に変えて「心の律法」をお与えになったのです。

 キリストは、新しい契約のしるしとして、真理の御霊をお与えになります。これは、アブラハムから相続した契約によるものではなくて、一人ひとりの信仰によって与えられます。

 

 ユダヤ人だから救われるのではありません。

 キリスト者だから救われるのではありません。

 信仰のあるところに、聖霊が下られて、御救いの保証となられるのです。

 

 「私たち(ユダヤ人)をあなたがた(キリストを信じる異邦人)といっしょにキリストのうちに堅く保ち、私たちに油【真理の御霊】を注がれた方は神です。

 神はまた、(これは義にして真実な者であるという)確認の印を私たちに押し、保証として、御霊を私たちの心に与えてくださいました。」(コリント第ニ1:21,22)

 

 御霊の契約は、神の子どもの契約です。

 信仰によって、神の子イスラエルの契約の中にはいる人たちは、火の滅びから救い出される新しい人です。

 

 肉のままのイスラエルではいけません。神の民は、神の子どもに造り変えられなければなりません。

 信仰の勝利者ヤコブゆえに神の民とされたイスラエルではありません。

 一人ひとりの信仰によって、信仰を保ち続けてこの世に勝利する人たちが、永遠のいのちを得させられる、神の子イスラエルです。

 

 神の子イスラエルは、御霊によって新しく生まれ、新生した神の子どもたちの七つの御霊の教会であり、永遠の御救いです。