YouTube「輪廻転生の秘密」の「5歳の子供が主張する。『私はジョン・レノンだ。それを証明できる。』」を観て、幸せな気持ちになりました。
ジョン・レノンを生きていた魂が、新しい生を受けてこの世に戻って来たのです。
自分はジョン・レノンだったと言う、5歳の男の子が過去の様々なことを、ジョン・レノン本人でなければわからないようなことまで、的確に話すのです。
両親は混乱しました。息子は何を言い出すのか、と怪しんだのです。
ビートルズを知らないはずの子供が、まるで、自分の事であるかのように話し出しました。
子供に何が起きているのかを理解したいと考えた母親は、息子をリバプールのビートルズ博物館へ連れて行きました。
博物館のガイドの人が知らない情報までも、5歳の子供が話すのです。ビートルズ博物館に行けば、自分はジョン・レノンである、という息子の発言は引っ込められるだろうと期待していた両親は、これはただ事ではないと思い始めました。
その後、男の子が聞いたことのない知らない歌を歌うのを録音し、精神科医のハリソン博士に送りました。
すると、ハリソン博士によって、オノ・ヨーコとの面会が手配されたのです。
私は、自分はジョン・レノンだ、という男の子の話が進む中で、「あ~ぁ、ジョン・レノンの妻オノ・ヨーコさんに教えてあげたい。」と思いながら聴いていました。
オノ・ヨーコさんと面会したということがわかり、「良かった。」と胸をなでおろしました。
5歳の男の子のうちにあるジョン・レノンを生きた魂は、オノ・ヨーコに言いました。「まだ、僕の最後の手紙を保管している。死ぬ一日前に書いた最後の手紙。『もし僕に何かあったら、僕たちの愛は永遠だと君に伝えるために、何らかの方法で君を見つける。』と書いた手紙。」
オノ・ヨーコはその手紙を金庫に保管し、誰にも見せたことがありませんでした。息子にも見せていなかったのです。
オノ・ヨーコは、「手紙のことをどうして知っているの。」と男の子に尋ねると、彼は言いました。「だって、僕が書いたんだもの。愛しい人。そして約束を果たしに来たんだ。」
オノ・ヨーコは、ジョン・レノンと自分のふたりだけが知っていることを、5歳の男の子の口から聞き、理解できないことが実際に起こっていることを悟りました。
両親に、ジョン・レノンだった自分がどうして戻って来たのかを説明しました。
「ジョン・レノンだったとき、録音したい最後の歌があったんだ。タイトルは「ザ・ブリッジ・ビトウィーン・ワールズ」それは、死について、愛が物理的な生命を超えてどう生き続けることができるかについてだった。人類への僕の別れの贈り物になるはずだったんだ。」
5歳の男の子は、ピアノに近づき、美しいメロディーを引き始めました。ジョン・レノンの声で歌いました。
そして、演奏を終えると、こう言いました。
「この歌は世界に届けられなければならない。僕の最後のメッセージなんだ。だから、戻って来たんだ。完成できなかったことを完成させるために。」
男の子の中にあったジョン・レノンの意識は、再び見えない世界に帰って行きます。
「でも行く前に、約束してほしいことがある。この歌は録音されて世界と共有されなければならない。僕の最後の遺産なんだ。真実の愛は決して死なない、という僕の証明へ。」
男の子のジョン・レノンであった記憶は消え去り、再び、5歳の男の子に戻りました。
私は、当時、ジョン・レノンの事件のニュースが流れる中で、犯人の妻が、ジョン・レノンを失って未亡人となったオノ・ヨーコに、訴えていたことを記憶しています。
「私(犯人の妻)は、クリスチャンです。ですから、夫の罪を赦します。ですから、ヨーコも、どうか、夫を赦してください。」というような内容だったと思います。
「クリスチャンって、生きている次元が違う生きものだ。理解できない。」と不思議な感覚を持ったことを覚えています。
自分がクリスチャンになった後で考えてみても、何か身勝手な感じで、「クリスチャンって独自の正義感を持っている不思議な存在だ。彼らの自分自身の正義を押しつけられたくない。あまり、仲間になりたくない。」と思いました。
オノ・ヨーコは、怒りよりも悲しみを選びました。心に悲しみの涙が溢れ、流れ続けて、怒りも憎しみをも居座りませんでした。
それで、ジョン・レノンの恐怖も、無念も、怒りも、ジョン・レノンの魂を地上に留めることなく、解放し、魂の自由と愛の中に帰ることができたのでしょう。
それで、神は、やり残したことを完成するためにジョン・レノンの魂の願いを聞き入れて、ジョン・レノンを生きていた魂が再び、地上に生まれることを許されたのでしょう。
オノ・ヨーコは、ジョン・レノンの死を現実の事として受け入れたのです。怒りや憎しみではなく、悲しみの中で受け入れました。
もし、オノ・ヨーコが、犯人に対する憎しみを選んだならば、ジョン・レノンの魂も成仏(仏教的な表現ですが、キリスト教的にどんな表現をしたらよいのかわからないので、この表現を使います。仏教には輪廻転生の思想があるので、魂が成仏できないと現世をさまよい続ける、と考えます。成仏は魂が現世を離れて帰るべきところに帰ることです)できず、新しい生命のチャンスを得ることはできなかったことでしょう。
犯人を憎み続けることは、死者の魂を迷わせることでもある、と思いました。
怒りと憎しみを選ばなかったオノ・ヨーコは、人知を超えた慰めと愛と希望を受け取りました。それまでの悲しみは、ジョン・レノンの愛の証言によって、報われたのです。
そして、物質の世界から永遠の世界へと、オノ・ヨーコの意識は引き上げられて、まことの希望を得たのでした。
魂は生き続けること、また、愛の記憶を持ち続けることを知ることは、地上に残された人たちの大きな慰めです。
先に逝く人を見送り、少しずつでも、時間がかかっても、死を受け入れるならば、死者の魂は思いを残しつつも、帰るべきところに帰って行くことでしょう。現世をさまよい続けることはありません。
肉体を脱いだ魂は、もといたところに帰るのです。
再び、地上に来るときは、新しい事を学ぶためであったり、やり残した良い計画を完成させるためであるかも知れません。
魂に怒りや憎しみや呪いのしがらみがなく、新しい心でスタートするのです。
オノ・ヨーコの体験した慰めは、死者を悼む遺族や残された者たちの希望であり慰めです。
ジョン・レノンの愛は、生きる者の希望です。死んで終わりではない、愛の世界がある事を知るのです。愛は永遠なのです。
「いつまでも残る者は、信仰と希望と愛です。」(コリント第一13:13)
憎しみや怒りではなく、悲しみの中で死者を弔い、死者の魂が安息の地へ向かいますように。
魂は永遠に生きるのですから、今生の学びに終止符を打って、新しい学びへと進み、魂が健やかに成長しますように。
ジョン・レノンを死に追いやった犯人の妻の言葉は、あるいは、オノ・ヨーコを憎しみから守ったのかも知れません。
オノ・ヨーコは、神を選んだのだと思いました。
ジョン・レノンは、犯人への憎しみや恨みよりも、妻ヨーコへの愛がまさっていました。
オノ・ヨーコも、犯人への憎しみよりも、夫ジョン・レノンへの愛がまさっていたのです。
愛が勝利しました。そして、生ける神はふたりを祝福して、人知を超えた不思議な愛の奇蹟により、ふたりを再び一つにしてくださったのです。
愛は、死によって裂かれるものではないことを知らせてくださいました。生も、死も、愛によって一つなのです。そして、愛は永遠です。
「高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」(ローマ8:39)
神は、死を通して、なおも愛に生きるふたりを、神の愛のうちにあって、とこしえの愛へと引き上げられたのでしょう。
ふたりの愛は、人間の愛よりも高く、魂の愛へと、また、神の愛へと昇華されたのです。