ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

反キリストの霊を宿す教会の末路

 

 「倒れた。大バビロンが倒れた。そして、悪霊の住まい、あらゆる汚れた霊どもの巣窟、あらゆる汚れた、憎むべき鳥どもの巣窟となった。」(黙示録18:2)

 

 「地上の商人たちは彼女のことで泣き悲しみます。もはや彼らの商品を買う者がだれもいないからです。

 商品とは、金、銀、宝石、真珠、亜麻布、紫布、絹、緋布、香木、さまざまの象牙細工、高価な木や銅や鉄や大理石で造ったあらゆる種類の器具、また、肉桂、香料、香、香油、乳香、ぶどう酒、オリーブ油、麦粉、麦、牛、羊、それに馬、車、奴隷、また人のいのちです。」(黙示録18:11-13)

 

 世界中の宝物がバチカンに集められているといいます。

 贅を尽くしたバチカン宮殿は、ローマ教皇の住居だそうです。

 バチカンは、世界の宝庫です。世界中の一級品が集められています。世界中の商人たちは、バチカンによって財を得ています。

 

 イエスは、イエスに向かって「私はあなたのおいでになる所なら、どこにでもついて行きます。」と言う村人に言われました。

 「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子(キリスト、すなわち、人の罪を贖うために遣わされた神の子羊イエス)には枕する所もありません。」(ルカ9:58)

 

 この村人は、イエスの栄光を見て憧れを抱いたのでしょう。しかし、イエスの歩まれる道はいばらの道であり、十字架の道なのです。憧れで歩める道ではありません。

 

 キリストの使徒パウロは言います。

 「私は、牢に入れられたことも多く、また、むち打たれたことは数えきれず、死に直面したこともしばしばでした。

 ユダヤ人から三十九のむちを受けたことが五度、むちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度あり、一昼夜、海上を漂ったこともあります。

 幾度も旅をし、川の難、盗賊の難、同国民から受ける難、異邦人から受ける難、都市の難、荒野の難、海上の難、偽兄弟の難に会い、労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さに凍え、裸でいたこともありました。」(コリント第二11:23-27)

 

 本気でキリストに従う人には覚悟がいります。覚悟のない人は、持っている信仰まで失ってしまうことでしょう。

 

 キリストの訪れを告げるために、荒野で叫び、ユダヤ人たちに悔い改めの水のバプテスマを授けていたヨハネは、らくだの毛の着物を着、腰には皮の帯を締め、その食べ物はいなごと野蜜でした。

 

 イエスは、ヨハネについて群衆に話されました。

 「あなたがたは、何を見に荒野に出て行ったのですか。風に揺れる葦ですか。でなかったら、何を見に行ったのですか。

 柔らかい着物を着た人ですか。(上流階級の人ですか)柔らかい(上質な)着物を着た人なら王の宮殿にいます。

 でなかったら、なぜ(荒野へ)行ったのですか。預言者を見るためですか。そのとおり。(ヨハネは神が遣わされた預言者です)

 だが、わたし(イエス)は言いましょう。預言者よりもすぐれた者をです。

 この人(ヨハネが「見よ、世の罪を取り除く神の子羊。この方は神の子である。」と証言したナザレのイエス)こそ、『見よ、わたし(主)は使いをあなたの前に遣わし、あなたの道を、あなたの前に備えさせよう。』と書かれているその人(キリスト)です。(神は、ヨハネを遣わして、キリストの道を整えさせました。ヨハネは、きたるべきエリヤです。そして、ヨハネが証言したナザレのイエスこそ、神がお遣わしになったキリストなのです)」(マタイ11:7-10)

 

 バプテスマのヨハネは、イエスに、人々の感嘆を集める権威あるキリストの姿を求めたのでしょう。

 しかし、イエスの歩みは地味なものです。祭司や有識者や民の権力者が来て、神の御子イエスをほめたたえたりはしません。

 イエスは、黙々とご自分の成すべきことをしておられます。権力者たちに認められなくてもいいのです。

 

 イエスのわざは、盲人が見、足なえが歩き、らい病人がきよめられ、つんぼの人が聞こえ、死人が生き返り、貧しい者には福音(良き知らせ)が宣べ伝えることでした。

 ナザレのイエスは、イザヤ書に預言されたキリストなのです。

 

 「彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。

 彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。

 人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。」(イザヤ53:2,3)

 

 神の子羊イエスは、多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする、「メルキゼデクの位に等しい祭司」と神が証しされるキリストなのです。

 

 黙示録を記録したヨハネは、大水の上にすわっている大淫婦、「すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン」という名が書かれた女を見て、非常に驚きました。

 約二千年前、ヨハネは、二千年後の教会の姿を見たのです。現在のバチカンの姿を見たのでした。

 

 そこは宮殿ではありませんか。

 らくだの毛の着物を着、腰に皮の帯を締め、荒野に住み、いなごと野蜜を食べ物としていたヨハネのような神のしもべを見い出すことはできません。

 「枕する所もない。」と言われた師の「神の子羊イエス・キリスト」は、どこにおられますか。いばらの道を歩み、十字架を負う弟子たちはどこにいますか。

 

 亜麻布、紫布、緋布を着て、金、宝石、真珠を飾りにしていた大きな都は、焼かれて、あれほどの富は、一瞬のうちに荒れすたれてしまいます。

 

 「なぜなら、おまえの商人たちは地上の力ある者どもで、すべての国々の民(ローマ・カトリック信者たち)がおまえの魔術(言葉巧みな偽りの平安と、偽りの救い、偽りの信仰)にだまされていたからだ。

 また、預言者や聖徒たちの血、および地上で殺されたすべての人々の血が、この都の中に見いだされたからだ。」(黙示録18:23,24)

 

 宣教と称して、人身売買をしていた罪、性的な罪、欲望がうずまく闇の世界。

 どれだけのユダヤ人の血を流して来たことでしょう。神の聖徒たちを迫害し、刑に処した歴史は、キリストの血を侮っています。

 キリストの名を語りながら、実は、キリストの忌むべきことを積み重ねた、あらゆる汚れた霊どもの巣窟、あらゆる汚れた憎むべき鳥どもの巣窟です。反キリストの片棒を担ぐ教会です。

 

 ファティマの預言では、第一に、絶望する人間が苦しみながら火に飲み込まれる、火の海のような光景を見せて、地獄の存在が確かにあることを知らせています。

 第二に、第一次世界大戦の終戦と、第二次世界大戦の始まりについて預言されました。第二次世界大戦でナチスがユダヤ人虐殺することに黙してしまう教皇の苦しみを警告しています。(黙することで、ユダヤ人を虐殺する罪をカトリックも負うことになったのです)

 第三に、第三次世界大戦で出現する「反キリスト」とともに、世界統一を進める教皇への警告があったと思います。ローマ・カトリック教会は反キリストの罪を負うことになるからです。

 

 神のあわれみは、ファティマの預言の警告を無視するならば、最初に見せた火の池の苦しみの中に入らなければならないことを、示されたのでしょう。

 

 「あなた(ヨハネ)が見た十本の角(反キリストが支配する十の国の王たち)と、あの獣(反キリスト)とは、その淫婦(バチカンとその組織)を憎み、彼女(反キリストの霊に捕えられたローマ・カトリック教会)を荒廃させ、裸にし(キリスト信仰を完全に取り除き)、その肉を食い、彼女を火で焼き尽くすようになります。

 それは、神が、みことばの成就するときまで、神の御心を行なう思いを彼ら(反キリストと十の国の支配者たち)の心に起こさせ、彼らが心を一つにして、その支配権を獣(反キリスト)に与えるようにされたからです。(神が警告を与えたのにも関わらず、ローマ・カトリックは悔い改めることなく、反キリストの協力者となります。神は、怒りをもって、反キリストと中東の十の国〈イスラムの国〉の支配者たちに、バチカンと教皇と組織を火で焼き尽くすように命じられます。すると、十の国の支配者たちは心を一つにし、反キリストに十の国〈中東〉の支配権を与えるのです)」(黙示録17:16,17)

 

 神は、バチカンでこれから起こる裁きのしるしを、バチカンに近い場所に残しておられます。

 火で焼かれた町ポンペイがそのしるしです。

 ローマ帝国のエリートが集まる場所、活気あるリゾート地であった古代都市ポンペイは、火山の噴火によって裕福な人たちが一夜にして消えました。

 

 ファティマの預言を謙虚に受けとめて、罪を悔い改めて、神にへりくだらなければ、火で焼かれてしまいます。

 神は、神の警告にへりくだる人々を、火の滅びから救い出されるでしょう。