ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

魂は天地万物の始まりから存在しているならば

 

 私たちは、肉体を持つ人間として生活しています。

 母の胎内でかたち造られた肉体に、魂がいれられたのです。

 

 この魂は、天地万物を創造される以前から存在していたとしたら、魂は、様々な経験をしていることでしょう。

 天地万物を創造された全能の神は、万物の創造の最後に「人」を造られました。

 神は、神のひとり子とともに、神のひとり子のために「人」を造られたようです。

 

 天から追放された堕天使たちは、暗闇の中で、悪魔と悪霊どもの圧政に苦しみました。彼らは、悪魔の手から逃れます。

 神は、堕天使たちのために、天体を造られたと思います。それぞれの天体で、堕天使たちの救済がされていたのかもしれません。全き天に戻ることはできませんが、光を愛する光の天使へときよめられる堕天使たちもいたでしょう。

 

 暗闇の中で、悪魔は、そのような堕天使たちを滅ぼそうと働いたことでしょう。それが、光を飲み込むブラックホールの姿で残っているのではないかと思います。堕天使たちの保護される天体は、悪魔によって破壊されてきたのです。

 

 神は、新しい天体を用意されます。しかし、悪魔は破壊します。そのことが繰り返されてきた宇宙に、神は、究極の御救いを用意されました。

 神は、「光あれ。」と仰せられたのです。

 これは、堕天使たちの避難場所ではありません。全き光の天に帰るための星が用意されるのです。いのちを育み神の栄光を現わすいのちの星「地球」です。

 

 神は、多くの苦難をくぐり、低い心となった堕天使たちのために、いのちの木のあるエデンの園を設けられました。そして、神が、神の国の相続者として定めておられるひとり子とともに神の被造物を支配する人、すなわち、いのちの木のあるエデンの園を管理する「人」を造られました。

 人は、神と、神のひとり子によって造られました。神の御子のために造られたのです。

 

 しかし、御子のために造られた人を、神のひとり子に敵対する悪魔が騙して、悪魔の支配下に置きました。

 悪魔の支配を逃れる堕天使たちを救う、神の良き御計画の協力者として造られた「人」は、神のことばに背いて、闇にはいりました。

 神のことば(神のひとり子)と一つであった人は、神のことば(神の御子)から離れて、悪魔の言葉に繋がれたのです。

 

 神は、いのちの木を守られました。堕天使たちの回復のために設けられたエデンの園は閉じられました。管理者である「人」が罪を犯したからです。

 

 エデンの園から追放された人が、地上にふえ始め、人(アダムとエバと彼らの子孫)に娘たちが生まれた時、神の子らは、人の娘たちが、いかにも美しいのを見て、その中から好きなものを選んで、自分の妻としました。そのことは、創世記6:1,2に書かれています。

 地球には、神の子らが住んでいました。神の子とは、堕天使たちのことです。女から生まれた人ではない堕天使たちは、天から出て来た自分たちを「神の子」と呼んでいたのでしょう。

 

 人は、神の子(堕天使)と混血しました。

 それを御覧になった主は、仰せられました。

 「わたしの霊(神のいのちの息)は、永久には人のうちにとどまらないであろう。それは人が肉にすぎないからだ。(土から取られた人は、土にかえそう)

 それで人の齢は、百二十年にしよう。」(創世記6:3)

 

 人は神の御子のために、神の御子によって造られました。しかし、天から追放した堕天使と混血する者となりました。

 人は、神のひとり子とともに、エデンの園を管理して、天から追放された罪を悔改め神の御子に従順な者となって神に立ち返る堕天使たちに、いのちの木の実を食べることを許す、支配者だったのです。刑務所の看守が、死刑囚と恋をし、任務を忘れた状態となりました。

 

 堕天使たちにいのちを与えるために、神のひとり子の良きパートナーとして造られた人は、死刑囚である堕天使と結ばれて、(神のひとり子のパートナーとしての栄光に富んだ)看守の職(人としての尊厳)を捨てて、神に処罰される身となり、寿命を定められました。

 

 人はいよいよ悪いものとなりました。

 「主は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのを御覧になった。

 それで主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。」(創世記6:5、6)

 

 そして、神は、世を大水で滅ぼされました。

 ノアとノアの家族から、新しい世をスタートされました。しかし、すでに、堕天使の血を持つ人も含まれていました。ノアの息子の妻の中に、その影響が残っていたと思います。

 

 私は、堕天使から始まり、多くの苦難をくぐって来た魂が、人として地上に生まれているのではないかと思うようになりました。

 夜空の星を見る時、懐かしいような不思議な思いがよぎるのは、そのためかも知れません。

 

 人として生まれることは、神の御救いの御計画の中に置かれた魂であるからでしょう。

 しかし、堕天使は、神の御子に敵対する悪魔に従って天から追放された魂です。神のひとり子の主権にへりくだる魂ではありません。反逆の心が強い魂もあるでしょう。

 神のひとり子に逆らう心を宿した魂です。その魂が、人として生まれることによって、いのちを学び、神のことばである神のひとり子と結び直されなければなりません。悪魔の影響を受けている堕天使たちの魂は、人として生まれるために多くの試練を通って、今に至っているのではないかと思います。

 人として生まれたことは、神の御救いに近づいていることです。

 人は幾度も生まれ変わり、魂の試験をやり直しているのでしょう。

 

 神のひとり子が人の子として地上に来てくださったことにより、人は、神に近づきました。かつて一つであった神のひとり子(神のことば)と結び直されて、神と和解し、天の御国に帰る「いのちの道」が設けられたからです。

 

 「神は、私たちを暗闇の圧政から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。

 この御子(神のひとり子)のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。

 御子(「人の子」となられた神の御子イエス・キリスト)は、(人間には)見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。

 なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られたのです。

 御子は万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

 また、御子(神の子羊イエス・キリスト)はそのからだ(キリストのからだ)である教会(七つの御霊の教会)のかしらです。

 御子は、初め(御霊によって生まれ、死から復活した人、すなわち、新しく創造された「新しい人」の初穂)であり、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、(御子)ご自身がすべてのことにおいて、第一のものとなられたのです。」(コロサイ1:13-18)

 

 かつて、神のひとり子よりも高い者になろうと野心を抱いた天使長に率いられて、いっしょに天から追放された堕天使たち。

 神の御子イエスは、「人の子」となり、死から甦って「新しく生まれた神の子ども」の最初の人となられました。

 後から新しく生まれる神の子どもたちは、だれも、神のひとり子よりも先にいた神の子である、と言うことはできません。

 イエス・キリストが新しい創造の初穂の「神の子ども」であり、第一のものとなられたからです。イエスは、神の子どもたちの長子です。

 

 堕天使たちは、自分たちのことを天から出て来た「神の子」と呼んでいますが、天に帰ることのできない神の子でもあります。

 天の御国にはいる神の子どもたちは、神の子どもの長子である神の御子イエス・キリスト、すなわち、神の子羊イエス・キリストの主権にへりくだり、キリストの御霊を受けて新しく造り変えられた「新しい人」たち(七つの御霊の教会)なのです。

 

 「なぜなら、神は御心によって、満ち満ちた神の本質を御子(「人の子」として遣わされたイエス・キリスト)のうちに宿らせ、その十字架の血によって平和をつくり、御子(神の子羊イエス・キリスト)によって万物を、御自分(御座におられる父なる神)と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子(十字架で流された神の子羊イエスの血)によって和解させてくださったのです。(堕天使たちはみな、神の御子イエス・キリストにあって、新しい神の子どもに造り変えられ、天の御国にはいるのです)」(コロサイ1:19,20)

 

 千年王国は、宇宙にいる地球外生命体が地球に集められて、堕天使たちの御救いの時となると思います。千年王国は、神の御子と心が一つの管理者(新しい人)のいるエデンの園、また、いのちの木のあるエデンの園の回復です。

 千年王国には、従うべき王(神のひとり子イエス・キリスト)が王座に着き、神のひとり子に逆らった堕天使たちも悔い改めて、御子にへりくだり、御子の御霊を飲むならば、いのちの木の実を食べて、天の御国にはいるのでしょう。