ソドムの町に十人の正しい人がいるならば、ソドムの町を滅ぼすことを思い直すとアブラハムに約束したふたりの御使いは、ソドムの町に着きました。
アブラハムの甥のロトは、ソドムの門のところにすわっていました。ロトは彼らを見るなり、立ち上がって彼らを迎え、顔を地につけて伏し拝みました。アブラハムのように、ロトはふたりが特別な人だと理解したようです。
広場に泊まるというふたりに、ロトはしきりに勧めて、自分の家に招き、ロトの家に泊めました。
「彼らが床につかないうちに、町の者たち、ソドムの人々が、若い者から年寄りまで、すべての人が、町の隅々から来て、その家を取り囲んだ。
そしてロトに向かって叫んで言った。『今夜おまえのところにやって来た男たちはどこにいるのか。ここに連れ出せ。彼らをよく知りたいのだ。』(ソドムの町では男色が横行していました。ソドムの町は、神の裁きを受けるほどに汚れに満ち、悪いものとなっていたのです)
ロトは戸口にいる彼ら(ソドムの町の人々)のところに出て、うしろの戸を閉めた。そして言った。『兄弟たちよ。どうか悪いことはしないでください。お願いですから、私にはまだ男を知らないふたりの娘があります。娘たちをみなの前に連れて来ますから、あなたがたの好きなようにしてください。ただ、あの人(御使い)たちには何もしないでください。あの人たちは私の屋根の下に身を寄せたのですから。』(ロトは、聖なる人たちを汚してはならないと思いました。ロトには、神の御使いの聖さがわかったのです。人間の姿をしていますが、アブラハムもロトも、御使いを聖なる者として理解しました。テラの息子アブラハムもテラの孫ロトも、獣のような人間ではなくて、神の聖をわきまえる人だったのです。ロトは、聖なる者を守るために、自分の娘をも差し出す覚悟がありました)
しかし彼ら(ソドムの町の人々)は言った。『引っ込んでいろ。』そしてまた言った。『こいつはよそ者として来たくせに、さばきつかさのようにふるまっている。さあ、おまえを、あいつら(ふたりの御使い)よりもひどいめに会わせてやろう。』
彼ら(ソドムの町の人々)はロトのからだを激しく押しつけ、戸を破ろうと近づいて来た。
すると、あの人(御使い)たちが手を差し伸べて、ロトを自分たちのいる家の中に連れ込んで、戸をしめた。
家の戸口にいた者たちは、小さい者も大きい者もみな、目つぶしをくらったので、彼ら(ソドムの町の人々)は戸口を見つけるのに疲れ果てた。(目が閉ざされて戸口が見当たらないので、彼らは家の中にはいることができませんでした)」(創世記19:4-11)
ソドムとゴモラの叫びは非常に大きく、天に届いた叫びどおりに、実際にソドムの人々が行なっているかどうかを見るために、御使いたちは遣わされていました。
ソドムとゴモラの叫びは事実でした。彼らの罪はきわめて重いものでした。
神がソドムとゴモラを滅ぼし尽くされることは、正しい事であることを確認しました。
町全体が邪悪な罪に満ち満ちているのです。それは、大人だけではありません。子どももみな、汚れています。
御使いたちは言いました。
「この町にいるあなた(ロト)の身内の者をみな、この場所(ソドム)から連れ出しなさい。
わたしたちはこの場所(ソドム)を滅ぼそうとしているからです。彼らに対する叫びが主の前に大きくなったので、主はこの町を滅ぼすために、わたしたちを遣わされたのです。」(創世記19:13)
嫁いだ娘の婿たちは、ロトの忠告を聞き入れませんでした。彼らもまた、ソドムの罪を負う人たちでした。それゆえ、ロトのことばは冗談にしか思われなかったのです。
夜が明けるころ、御使いたちはロトを促して言いました。
「さあ、立って(決断して)、あなたの妻と、ここにいるふたりの娘たちを連れて行きなさい。さもないと、あなたはこの町の咎のために滅ぼし尽くされてしまおう。」(創世記19:15)
ロトはためらっていました。この町には、嫁いだ娘たちがいます。ロトはソドムの町の罪を嘆いている正しい人であり、邪悪な人々の中にあってとても暮らしにくい町なのに、それでも、離れがたかったのです。
しかし、御使いたちは、ためらうロトの手とロトの妻の手と、ふたりの娘の手をつかみ、彼らを町の外のほうに連れ出しました。これは、主のロトに対するあわれみによります。
神は、神を恐れる正しい人ロトを、ソドムの町の咎によってともに滅ぼし尽くすことを望まれなかったからです。
御使いは言いました。
「いのちがけで逃げなさい。うしろを振り返ってはいけない。この低地のどこででも立ち止まってはならない。山に逃げなさい。さもないと滅ぼされてしまう。」(創世記19:17)
町の外のほうへ連れ出したのは、神のあわれみによります。
しかし、ソドムの町の裁きからのがれるためには、いのちがけで逃げ切るロトの行動(神のことばに聞き従う信仰)が必要です。
ロトは、山に逃げ切る自信がありませんでした。そのような力が自分にあるとは思えなかったのです。それゆえ、ロトは、御使いに言いました。
「ご覧ください。あそこの町は、のがれるのに近いです。どうか、あそこに逃げさせてください。わたしのいのちを生かしてください。」
すると、御使いは言いました。
「よろしい。わたしはこのことでも、あなたの願いを入れ、あなたの言うその町を滅ぼすまい。
急いでそこへのがれなさい。あなた(ロト)があそこ(の町〈ツォアル〉)にはいるまでは、わたしは何もできないから。」(創世記19:21,22)
ロトが山に逃げていたならば、その町(ツォアル)も滅ぼされる町だったのかもしれません。ロトゆえに、その町は神の滅ぼす町々の中で守られたのでしょう。
もし、御使いに言われたとおり、山まで辿り着く自信がなくても、山に逃げていたならば、おそらく、ロトたちは辿り着いていたと思われます。なぜならば、御使いは、ロトたちが安全な場所である山に辿り着くまでは、何もできなかったでしょうから。
御使いは「うしろを振り返ってはいけない。」と言いました。
しかし、ロトの妻は、振り返って、塩の柱となりました。「うしろを振り返ってはいけない。」ということばは、彼らのいのちが守られ、彼らが生かされるための神の命令だったのです。
人は弱いものです。神に認められる正しい人(神を恐れる人)ロトであっても、神のことばをそのまま信じて聞き従う信仰には至ってはいませんでした。
まず、ソドムの町を出る決断ができませんでした。神のあわれみにより、御使いたちが手をつかんで、町の外のほうに置かれました。
次に、御使いの「山に逃げなさい。」ということばに、ロトは、自分は無理だと判断して、山の途中の小さな町(ツォアル)に逃げることを望みました。
そして、ロトのうしろにいた妻はうしろを振り返って塩の柱となり、妻はいのちを生かすことができませんでした。
ロトとふたりの娘は、ツォアルにはいったものの、そこに住むのを恐れて山のほら穴の中で住みました。ソドムほどではないですが、その町も良くない町だったのでしょう。
もし、ロトが事態を把握して、御使いに率先して聞き従う堅い信仰の人であったならば、妻も夫の緊迫した様子を見て取って、心の迷いは消え、うしろを振りかえるような失態をおかすことはなかったのかもしれません。
「いのちがけで逃げなさい。」ということばに従順に聞き従って、山に逃げることができたのかもしれません。
ロトの心の迷いが、あらゆる所にしみとなって、神の恵みを十分に受け取ることができませんでした。
ロトとふたりの娘は、山のほら穴に住みました。
姉は妹に言いました。
「お父さんは年をとっています。この地には、この世のならわしのように、私たちのところに来る男の人などいません。さあ、お父さんに酒を飲ませ、いっしょに寝て、お父さんによって子孫を残しましょう。」(創世記19:31,32)
「その夜、彼女たちは父親に酒を飲ませ、姉がはいって行き、父と寝た。ロトは彼女が寝たのも、起きたのも知らなかった。」(創世記19:33)
その翌日、妹も同じことをしました。
こうして、ロトのふたりの娘は、父によってみごもりました。
姉が産んだ男の子はモアブ人の先祖です。
妹が産んだ男の子はアモン人の先祖です。
「いのちがけで逃げなさい。」との神のことばに、ロトが心を合わせて信仰を定めたならば、もっと、良い結果があったのではないかと思います。
ソドムとゴモラ、低地の町々を、神は天からの火で滅ぼされました。
ロトと、ふたりの娘は、神のあわれみにより、生かされました。
しかし、神が警告される時、すぐに聞き従う信仰がある人は幸いです。
神に信頼することを学ぶことは、本当に大切です。
神のことばに信頼することができるように、また、神に聞き従う信仰が与えられるように、常日頃から祈って、備えましょう。