ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

当事者でなければわからない

 

 キリストに出会ったハマスメンバーの元妻は言います。

 主に出会うことで、真理が啓かれ、ガザ問題の根源を認識できたと証言しています。

 

 「(イスラム教の聖典)コーランにさえ、"(約束の地〈神が父祖アブラハムに相続させると契約されたカナンの地〉は)イスラエルの子らの土地"とあるのに、ハマスはユダヤ人を追い出すべきだと言います。私たちは、ハマスの言うことを事実として受け取るのではなく、歴史に目を留めるべきです。

 ハマスがイスラエルを攻撃する以前は、隣人としてユダヤ人と長く平和に暮らしていた、と祖母が言っていたことを思い出します。」

 

 「2008年、ガザ紛争後、イスラエルはガザ再建のために送金をしていました。

 ところが、ハマスはその再建資金を使って、自分たちのトンネル(閉鎖されたガザの土地に、イスラエルを攻撃する武器を運び入れるための、地下に掘られたトンネル)だけをつくりました。」

 

 「彼ら(ハマス)は平和を望んでいない。(パレスチナ人に)幼いころからユダヤ人への憎悪と武器の使い方を学ばせ、市民を人間の盾にします(ハマスは、パレスチナ人の民家の地下に武器庫をつくっています。イスラエルは、武器のありかを特定すると、まず、その民家の人たちに避難勧告のビラを配ります。しかし、ハマスは、その民家の人々を脅して家から出させないようにするのです。イスラエルがあらかじめ伝えていた日にちに武器庫を破壊するためにその民家を攻撃します。すると、その家の人々は家の中にいてともに死んでしまうのです。すると、イスラエルの攻撃によって民家が破壊されてパレスチナ人が殺された、とハマスは発表するのです。これが、ハマスの戦略「人間の盾」です。こうして、国際社会は、イスラエルを非人道的な恐ろしい国として非難する、という仕組みです)」

 

 証言をするその人は、ガザの人々が真理に目覚めるようにと願っています。

 「(パレスチナ人は、ハマスの策略に惑わされないように)自ら考えることを恐れず、(真の平和をもたらす救い主)イエス(の赦しと和解の教え)によって真の自由を得てほしい。」

 

 パレスチナ人がすべて、ハマスを支持しているわけではありません。ハマスの凶暴さを恐れています。しかし、それらの人々は少数です。残りの民です。

 救いを求め、平和を愛する人たち、生けるまことの神に立ち返る魂です。

 

 イスラエルを非難する人たちは、このような少数の人たちがいることを知りません。少数の彼らは、真理を求める真実な魂です。

 パレスチナを人道的に支援している人たちは、霊の深いところ(サタン)を知りません。神の民(イスラエル)に敵対して、イスラエルを滅亡させようとするハマス(反キリストの霊)の協力者となっています。

 

 ハマスを恐れるパレスチナ人もいるのです。イスラエルは、ガザから悪の根を断ち、ユダヤ人もパレスチナ人も平和に暮らす土地に回復するために、ハマスを根絶しようとしています。

 

 アメリカとイスラエルがイランを攻撃しています。

 イランの建造物は攻撃され破壊しています。

 その有り様を見ると、世界の人々の心は、イランの国民への同情へとなびきます。しかし、イランの中には、イランの体制からの解放を求める人々もいます。イランの指導者ハメネイ師が死亡したことを喜ぶ人々もいるのです。それは、少数の人です。残りの民です。

 残りの民(真の平和を求める、神に覚えられた真実な魂)は、イランの中にも、ガザの中にも、どこにでもいます。

 

 イエスは、これらの残りの民を救うために来られました。

 

 そのような残りの民、反体制のイラン人は、何と、体制の中心部を攻撃して体制の力を打ち砕くアメリカに感謝しています。また、アメリカが手を引いて戦いを終えることを恐れています。

 今は、アメリカや、イスラエルや中東の国々に、イラン政府の目が向けられていますが、アメリカが戦いを終えると、イラン内部に目が向けられることでしょう。体制側が反体制の人々を虐殺することを恐れているのです。

 

 残りの民(神に覚えられる民)であるひとりのイラン人は言います。

 「イランが破壊されることには心が痛むが、それでも、子どもたちに自由な国、民主的な国を与えることができるならば、自分の命は惜しくない」と。

 

 真言宗の中であった話だと思います。

 かつて、日本人が朝鮮半島に出兵するときに、日本人の兵士たちに言いました。

 「朝鮮人をあわれんでやりなさい。植民地にならないように、守ってやりなさい。」

 

 アジアの多くの国々は、植民地支配から解放されたと、日本人の兵士たちに感謝し、今でも親日の国民が大勢いるようです。

 一方、隣国は、日本人の兵士を憎み、日本にひどい目にあったと子孫に伝え、日本を憎む教育がされてきました。

 

 同じことを体験しても、感謝の心を残す人々と、憎しみの心を残す人々がいるのです。

 どちらが正しいというのではなく、どちらも真実の面があり偽りの部分があり、また、どちらを選ぶかは一人一人の選択にゆだねられています。

 

 ただ、光を求め、救いを求め、真の平和を求めている私たちは、神の側にいたほうが良いのです。真の平和とは、神との平和です。神の御心にへりくだることです。

 

 イスラエルをどう見るのかは、個人の自由です。

 しかし、クリスチャンの方々にはお伝えしたいことがあります。

 自分の信仰の土台が真理(神のことば)に立っているかどうか、確認してください。

 

 イスラエルは、いつも、世界の中の問題児のように扱われています。そのような深刻な状況が許されているからです。しかし、それは、神が、ひとりひとりの魂を調べておられるからだと思います。

 

 ユダヤ人やイスラエルに好意的だったクリスチャンの中にも、迷いが出ている事でしょう。

 キリスト教会の中で、イスラエルの側につく人とパレスチナの側につく人と、また、イスラエルやアメリカを非難する人と、祈る人と。

 それは、世の人々の中に埋もれる人と、残りの民の中に加わる人とに分けられているように感じています。

 

 このことで、天に属する人と地に属する人とが分かれるという話ではありません。

 天に招かれている人々の中にあって、子羊の婚宴に招かれる人々が量られているということです。

 はかりに足りないならば、反キリストの刻印を拒むことによって、永遠のいのちを受けるのでしょう。

 

 私は、信仰の土台がイスラエルとユダヤ人を祝福することに置かれている人々は、キリスト教会の中で、殉教者としての召しを受ける人々であると考えています。

 それらの殉教者たちの血は、彼らの所属する民族や国の罪を贖うことでしょう。その地にリバイバルをもたらす尊い血です。殉教者に選ばれた魂は、キリストのしもべの働きをして、神の栄光を現わすことでしょう。彼らは、子羊の婚宴に招かれる人々です。

 

 聖徒がすべきことは、むやみに感情によって判断しないで、神のことば(真理)の土台に立ち続けることだと思います。

 真実なことは、当事者たちでなければ、わからないのです。