サラは、美しい女性であったようです。70代にもなろうとしているのに、ほかの男性の目を引く女でした。
アブラハムはゲラルに滞在中、自分の妻サラのことを、「これは私の妹です。」と言っていました。
この地方には、神を恐れることが全くないので、人々が美しい妻サラのゆえに、夫であるアブラハムを殺して、サラを自分のものにしようとする者がいるかも知れない、と思ったからです。
案の定、ゲラルの王アビメレクは、使いをやって、サラを召し入れました。
ところが、神は、夜、夢の中で、アビメレクのところに来られ、そして仰せられました。
「あなた(アビメレク)が召し入れた女(アブラハムの妻サラ)のために、あなたは死ななければならない。あの女は夫のある身である。(聖なる契約の神の法は、契約の外の関係〈夫のある女との姦淫〉は、死に値する罪なのです)」(創世記20:3)
「アビメレクはまだ、彼女(アブラハムの妻サラ)に近づいていなかったので、こう言った。
『主よ。あなたは正しい国民をも殺されるのですか。
彼(女の夫であるアブラハム)は私(ゲラルの王アビメレク)に、「これ(サラ)は私の妹だ。」と言ったではありませんか。
そして、彼女自身も「これは私の兄だ。」と言ったのです。わたしは正しい心と汚れない手で、このことをしたのです。(アビメレクは、正しい心で、サラを召し入れたのです)』
神は夢の中で、彼(アビメレク)に仰せられた。
『そうだ。あなたが正しい心でこの事をしたのを、わたし自身よく知っていた。それでわたし(神)も、あなた(アビメレク)がわたしに罪を犯さないようにしたのだ。それゆえ、わたしは、あなたが彼女(アブラハムの妻サラ)に触れることを許さなかったのだ。
(事実を知った)今、あの人(アブラハム)の妻を返していのちを得なさい。あの人(アブラハム)は預言者であって、あなたのために祈ってくれよう。
しかし、(心頑なにして)あなた(アブメレク)が返さなければ、あなたも、あなたに属するすべての者も、必ず死ぬことをわきまえなさい。』」(創世記20:4-7)
神は、神を信じているわけではない人の夢の中にも現われて、御自分のしもべ(神の民)のために警告される方です。
神は、ゲラルの王アビメレクの夢の中に現れて、アビメレクと会話し、警告されました。
アビメレクは、夢の警告を単なる夢としてやり過ごすことはありませんでした。アビメレクは汚れた心で、サラを手に入れたのではなく、正しい心で召し入れていたからです。
アビメレクの夢の内容を聞いたしもべたちは、非常に恐れました。アブラハムの妻サラゆえに、王も王に属するすべての者も必ず死ななければならない、というではありませんか。
アブラハム自身から出た保身のための言葉によって、被害は、ゲラルの王たちに及ぶのです。アブラハム自身の言葉が罪の源なのに、罪を着せられるのはアビメレクのほうなのです。
合点がいきません。しかし、サラを返さなければ死ぬことが宣告されます。
「アビメレクはアブラハムを呼び寄せて言った。
『あなた(アブラハム)は何ということを、してくれたのか。あなたが私と私の王国とに、こんな大きな罪をもたらすとは、いったい私がどんな罪をあなたに犯したのか。
あなたはしてはならない事を、私にしたのだ。』
アブラハムは答えた。
『この地方には、神を恐れることが全くないので、人々が私の(見目麗しい)妻ゆえに、私を殺すと思ったからです。
また、本当に、あれ(妻のサラ)は私の妹です。あの女は私の父(テラ)の娘ですが、私の母の娘ではありません。(アブラハムとサラは異母兄妹なのです)それが私の妻となったのです。
神が私を父の家からさすらいの旅に出されたとき(父の家を出て神が示される地に向かって行くとき)、私(夫であるアブラハム)は彼女(妻サラ)に、「こうして、あなたの愛を私のために尽くしておくれ。(そして、私が殺されないように)私たちが行くどこででも、私(夫)のことを、この人は私の兄です、と言っておくれ。」と頼んだのです。』」(創世記20:9-13)
アビメレクは、羊の群れと牛の群れと男女の奴隷たちをアブラハムに与え、またアブラハムの妻サラを彼に返しました。
また、サラに言いました。
「私は、あなたの兄に銀千シェケルを与えました。これはあなたの身に起こったすべての事について、あなたに償いをするものです。こうして、すべての人にあなたは正しいと認められます。」(創世記20:16)
神が夢でアビメレクに語られたように、アブラハムは神に祈りました。
すると、神はアビメレクとその妻、および、はしためを癒されたので、彼らはまた子を産むようになりました。
神は、アブラハムの妻、サラのゆえに、アビメレクの家のすべての胎を堅く閉じておられたのです。しかし、アブラハムの祈りによって、癒されました。
不思議な出来事です。
アビメレクに本当のことを言わずに、自分の身を案じて妻サラを差し出したのは、アブラハムではないでしょうか。
神は、神が選んだアブラハムのために、サラを召し入れたアビメレクがサラに近づかないように守られました。神は、アビメレクがサラに触れることを許されなかったのです。
神は、アブラハムを罪に定めておられません。
神は、アブラハムを責めないどころか、アビメレクの夢に現れて、アビメレクを罪に定めて、サラを返さなければ、あなたは必ず死ぬとまで仰せられたのです。
また、神は、アブラハムの妻サラをアビメレクから取り返すだけではありませんでした。アブラハムが、羊の群れと牛の群れと男女の奴隷たちと銀千シェケルをもアビメレクから受け取るようにされたのです。
本当に不思議な事です。
アブラハムの恐れと弱さから起こった過ちなのに、神は、すべてを益としてくださいました。
アビメレクに召し入れられたサラは、神が間に立たれて、羊の群れと牛の群れと男女の奴隷たちと銀千シェケルとを伴って、アブラハムのもとに返されました。アブラハムは、この出来事を通して失ったものはありませんでした。神から罰せられることもありませんでした。それどころか、この出来事を通して財産が増えるという神の恵みの体験をしたのです。
神は、アブラハムとともにおられる「アブラハムの神」です。アブラハムに御計画を持たれる全知全能の神、主は、その御計画を成就するために、選びの民アブラハムを守られるのです。憐れみ深く恵み豊かな神を、アブラハムは体験しました。
「神を愛する人々、すなわち、神の御計画に従って召された人々のためには、神はすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。
なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々(様々な神の試練をくぐり抜けて、すでに整えられている魂)を、御子(死から復活した神の子羊イエス・キリスト)のかたちと同じ姿(御霊によって生み新しく造り変えて神の子どもとすること)にあらかじめ定められたからです。」(ローマ8:28、29)
神がひとり子のために御霊にあって新しく生まれ造り変えられた「新しい人」すなわち、死から甦られたキリストと同じ御霊を飲む神の子どもたち、すなわち、これらの多くの兄弟たちの中で、御子イエス・キリストが、神の子どもたちの長子となられるために、神は、神の御子と一つとなる純真な魂を知っておられるのです。
神を愛する人たち、つまり、神の御計画に従って召されている者たちには、万事が益となるように共に働くのです。すべてのことが働いて益となるのです。
それは、その人が良いものだからではありません。神の恵みが神を愛する人たちとともにあるからです。
「では、これらのことからどう言えるでしょう。
神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。
私たちすべてのために、御自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。
神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。
罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、甦られた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのために執り成していてくださるのです。」(ローマ8:31-34)