ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

魂を目覚めさせる

 

 古神道でいうところの弥勒の世が現われる前の、越さなければならない大峠の時が近づきました。身魂をきよめた者が弥勒の世を迎えるために用意された、地球の浄化の過程にはいるのです。

 魂の目覚める人の多くの人たちは、混乱する世からの救いを求めるでしょう。魂が内から警告を与えるからです。

 

 争いのない、被造物の間に不調和のない、純真な魂が安息する喜びと愛と平和の世界です。天の世界ではありません。この地球が揺り動かされて魂が目覚め、また、浄化された地球上に現われる正義の世界です。

 魂が目覚めると、不義をいとうようになります。魂が目覚めると、真に望むものは愛と平和であると気づくからです。偽りも不和も騙し合いも奪い合いも、魂の望むものではなかったのです。

 

 今まで、気づかなかった永遠の存在に思いを馳せます。永遠を思う思いが目覚めるからです。魂は、永遠を切に慕い求めているのです。

 永遠に思いを向けると、現状の苦しみや状況は霧のようにかたちがなく幻のように思えます。そして、永遠の場所を目標とするならば、目に見えない助けがあることを体験します。自分には八方塞がりな状況を、この助け主に打ち明けてゆだねることを学ぶならば、いのちが軽くなります。

 

 目覚めた魂は、自分ではない、ほかの霊的存在の助けを受けるようになります。

 罪を悔改めてきよくなる魂は、目に見えない天の助けを受けるでしょう。

 罪を悟らず悔い改めることのない魂は、目に見えないものであっても、神からではないものに繋がることもあるでしょう。

 

 魂に濁りがあると、真の光を区別することができません。

 悔い改める魂は、霊魂をきよめて救いの光を見い出すことでしょう。

 

 聖書にある患難時代が近づいています。患難時代は、ユダヤ人の救いの時です。

 あわれみ深い神は、異邦人の救いのために、異邦人の魂を目覚めさせてくださいます。

 神はおひとりですから、あらゆる国、あらゆる民族、あらゆる言語の人たちに救いのチャンスを与えておられます。

 

 約二千年前、イエスがイスラエルの地で宣教を始められたとき、神の福音を宣べて言われました。

 「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音(天の神が用意された良き知らせ、すなわち、神が遣わされた唯一の救い主〈罪を贖う神の子羊イエス・キリスト〉が罪人に定められている火の滅びから救い出して、聖霊を授けて永遠のいのちを与えてくださるという福音)を信じなさい。」(マルコ1:15)

 

 世の終わりが近づいた今、神は、全世界に向けて語っておられます。民族的救いが約束されているユダヤ人にだけではありません。あらゆる民族のすべての人々に語っておられるのです。

 

 なぜ、今、魂は目覚めさせられているのでしょうか。

 これからは、魂の時代になるからです。滅びゆく世の人々は、魂が眠ったままです。

 しかし、愛と調和の平和な世界を待ち望む人々は、魂の目覚めた人たちです。彼らが待ち望む世界は、弥勒の世とも呼ばれますし、千年王国とも呼ばれています。

 

 魂が目覚めた人たちを迎えてくれる新しい世です。

 そこには、武器はありません。争いもありません。ひとりの善き「王」により、正義によって治められる世界です。偽りが見抜かれてしまう世界です。

 よこしまな者が通り過ぎることのない、安全な世界です。

 

 「見よ。神の幕屋が人とともにある。(地上に神がお住まいになられる)

 神は彼ら(罪が贖われた人々)とともに住み、彼らはその民(神の民)となる。また、神御自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。(世の苦しみも痛みも悲しみも、死さえも、御救いを得た魂から離れ去ります)」(黙示録21:3,4)

 

 神(天地を統べ治められる唯一の全知全能の神)と子羊(神のひとり子であられる王の王キリスト)との御座からいのちの水の川が流れ出ており、都の大通りの中央を流れるその川の両岸にはいのちの木があります。

 この川の水が流れて行く所はどこででも、そこに群がるあらゆる生物は生きます。生物の住めない死海さえも、その川の水がはいると、そこの水は良くなり、多くの魚が住むようになります。

 このようないのちに満ち満ちた新しい世界が、地上に現われます。

 

 御座に着いておられる方がこう言われるからです。

 「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」

 「書きしるせ。これらのことば(神がヨハネに告げられたことば、すなわち、黙示)は、信ずべきものであり、真実です。(黙示録に書かれたことばは、一字一句必ず実現し、偽りのない真理です)」(黙示録21:5)

 

 きよい魂によって生きる新しい世界にはいらせるために、神は、魂を覚醒しておられます。豊かな財産や金銭によって受ける報酬ではありません。そこは、素直な汚れのない魂の世界だからです。ただ、魂の目覚めによって悟ることのできる、永遠の世界であり、永遠を求める魂に啓かれる永遠のいのちの得させられる世界です。

 

 魂のことがわからない人でも、YouTube【日本の祈り歌】『祓音(はらおと)』を聴くならば、何か懐かしいような心が洗われるような不思議な感覚になるでしょう。

 肉体の中に隠された魂の存在、肉体を離れても生き続ける本当のいのちの存在を意識するように思います。本当のいのちの存在、すなわち、肉体が死んでも永遠に存在する魂を知るならば、平和と平安と優しさと愛と平安を求めている、真の自分の本質に出会うことでしょう。

 

 次に、YouTube【日本の祈り歌】『八声(やこえ)』を聴くと、魂が宙に浮かび、漂うような感覚を覚えると思います。

 しかし、これらは、AIということなので、ここに留まってはいけません。

 私は「八声」を聴いて、胎児のように、安心して宇宙に浮かぶような感覚を覚えましたが、宇宙は光ではありません。

 それゆえ、ここに留まっていては救いに結びつきません。いのちあるものに繋がらなければなりません。

 これらのAIは、肉体と離れる魂の存在を体感させてくれます。魂がわからない人、魂の目覚めが何かを知りたい人には、役に立つと思います。

 

 しかし、魂の存在を意識できたならば、次には、自分の魂に素直に向き合いましょう。そして、地に足の着いた状態で、目に見えない存在を意識しましょう。

 感覚ではなくて、神のことばを求めましょう。

 神は、ことばの神だからです。 

 神は、ことばによって、御自身を現わされます。

 「聖書」も然り、「日月神示」も然りです。

 

 神のことばを受けたならば、神のことばとともに歩みましょう。

 その歩みの先に、魂が喜ぶ「弥勒の世」すなわち、「千年王国」があるのです。