ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

2026年3月20日23時46分  春分点

 

 冬至点の祈りを発信してくださったさとうみつろう氏の【衝撃】○月○日を逃すな!という動画に出会いました。

 

 今度は、春分点での祈りについてのお知らせです。

 冬至点で祈った祈りは聞かれるとのことでしたが、春分点は「人生をリセットできる恵みの時点」のようです。

 

 クリスチャンには、受け取りがたい考え方かもしれません。神の霊の働きではないと捉える人は多いでしょう。

 

 「ある日を、他の日に比べて、大事だと考える人もいますが、どの日も同じだと考える人もいます。それぞれ自分の心の中で確信を持ちなさい。(信仰から出たものを神は受け取られます)

 日を守る人は、主のために守っています。(そのことがその人の信仰から出ているからです)食べる人は、主のために食べています。なぜなら、神に感謝しているからです。食べない人も、主のために食べないのであって、神に感謝しているのです。

 (目に見えない神に信頼している)私たちの中でだれひとりとして、自分のために生きている者はなく、また自分のために死ぬ者もありません。(生かしてくださる神によって生き、神が取り去られる時に死ぬのです)

 もし(私たちが)生きるなら、主のために生き、もし死ぬのなら、主のために死ぬのです。(生きていることは、この世にお役目が残っている証拠です。死ぬことはこの世の務めを終えて神のみもとで休息を得ることです)

 ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。(主に立ち返った私たちの魂は、主とともにあるのです)

 キリスト(神のひとり子イエス・キリスト)は、死んだ人にとっても、生きている人にとっても、その主(彼らの主)となるために、死んで、また生きられたのです。

 それなのに、なぜ、あなたは自分の兄弟をさばくのですか。(クリスチャンではない人の提示する祈りに関わり聖書に書かれていないことを信じて神に罪を犯している、とさばくのですか)また、自分の兄弟を侮るのですか。(クリスチャンが春分点を気にすることは信仰者としてふさわしくない、と決めつけるのですか)

 私たちはみな、神の裁きの座に立つようになるのです。(神から出ていないものは、神から思いを遠ざけます。神から出ているものは、神へと思いを向けます。キリスト教会が救いの家ではなくて、キリスト教、ユダヤ教、古神道、神道、仏教、無宗教、そのほかの宗教、様々な信仰の中にいる残りの者〈神からの啓示を与える御霊により真理につく人たち、それは少数派〉が、肉体を脱ぎ魂に戻る時、目に見えない霊的な群れである「御霊の教会」に集められるのです。この御霊の教会が、永遠に生きるキリストのからだなのです)」(ローマ14:5-10)

 

 生けるまことの神の前にひざまずき、信仰と希望と愛とを与えてくださった全能者である神をほめたたえる者たちが、永遠のいのちを得るのです。

 

 神は、自然の中に働く摂理をある人々に明らかにしておられます。

 聖書は真理ですが、聖書の中にすべてのことが書かれているとは思われません。

 仏教のいう輪廻転生は、聖書に隠された真理だと思います。

 神道のいう身魂磨きは、重要な真理です。

 

 聖書を信じる人々は、神の子羊イエスの十字架の死による罪の赦しとキリストの血による贖いとキリストの復活による永遠のいのちを信じています。

 しかし、御霊に聞くということをおろそかにしています。

 神道や仏教には、聖書がありません。しかし、彼らは、瞑想や座禅や祈りによって、霊なる神に近づき、目に見えない神から生きたことばを授かっているのです。

 

 クリスチャンは、自分たちが体験し得ない事柄において、もし、霊的に対立することのない平安を感じるならば、それを信じることができなくても、否定してその能力を侮らないほうがよいのかも知れません。

 

 神は霊なる方であり、ユダヤ人やクリスチャンたちだけではなく、あらゆる宗教、あらゆる国、あらゆる民族、あらゆる言語の人々に、救いの御手を伸べておられるからです。

 

 今年の春分点は、3月20日23時46分だそうです。

 その時、天からのひらめきが降りて来る、と言います。これは、聖書を知らない人々への恵みの時でもあるでしょう。

 直感が鋭くなり、新しい夢が与えられるという啓示が開かれる時点のようです。

 

 私は、こう思いました。

 冬至点で祈ったことが聞かれるにふさわしい歩みをして来た人たちへごほうびが与えられる時なのかもしれないと。

 今まで気づかなかった、自分のうちに隠された賜物に気づく時になるかもしれません。使命に気づく時になるかも知れません。一歩踏み出す時になるかも知れません。

 

 今度は、私たちのほうが、神の啓示に応答する時です。

 この時刻を知ることができたことは幸いです。

 信仰をもってその時に臨むと、エルサレムに集まって聖霊が授けられるのを祈り待ち望んだ弟子たちのように、恵みの体験をするかも知れません。

 

 聖霊を待ち望みましょう。真理の御霊を受けましょう。

 自分の霊で捉える真理ではなく、真理の御霊が教えてくださる真理は確かなものだからです。

 

 今日から、3月23日くらいまでの期間、身体に良い自然の物を食べて身魂をその啓示を受け取るために備えることが大事なようです。

 霊なる神が用意してくださった、霊的な恵みの時を受け取りましょう。

 この集合意識が、また日本人の魂を呼び覚ますことでしょう。

 

 私たちは、神の使命を受けた日本民族です。大和民族の祈りと使命を土台とする神の働き人です。

 キリスト者も仏教徒も神道も無宗教もありません。みな、同じ遺伝子によって、いのちの道へと導かれる、とこしえの家族なのです。

 神の御恵みが、日本人とともにありますように。

 救いに定められた人がすべて、生けるまことの神を知り、真理の御霊によって永遠のいのちを得ますように。

 

 「しかし、疑いを感じる人が食べるなら、罪に定められます。

 なぜなら、信仰から出ていないことは、みな罪です。」(ローマ14:23)

 

 「彼(神のひとり子)のことを伝えられなかった人々が見るようになり、聞いたことのなかった人々が悟るようになる。(彼らは、まだ告げられなかったことを見、まだ聞いたこともないことを悟るからだ。[イザヤ52:15])」(ローマ15:21)