マタイの福音書1章には、イエス・キリストの系図が書かれています。
アブラハムにイサクが生まれ、イサクにヤコブが生まれ、ヤコブにユダとその兄弟たちが生まれ、ユダにタマルによってパレスとザラが生まれ、パレスにエスロンが生まれ⋯と、イエスを産んだマリアの夫ヨセフまでの系図がしるされています。
日本人は、新約聖書の最初の書簡であるマタイの福音書1章で大抵つまずきます。耳慣れない知らない名前の羅列にうんざりとしてしまうのです。
しかし、「新約聖書」はユダヤ人を迫害するキリスト教徒たちの信じる「悪魔の書」すなわち、ユダヤ人の血に飢える者たちの信条であると教えられているユダヤ人たちは、禁断の新約聖書の最初のページを見るとき、驚くのです。これは、ユダヤ人の書ではないか、と。
ユダヤ民族は、系図を重んじる民族です。先祖の系図を大切にします。
日本人は、四代前の先祖のことさえわかりません。日本人にとって関心のないことなのです。
ユダヤ人は家系図に信頼を置きます。ユダヤ人の敵だと思っていたイエス・キリストは、ユダヤ人ではありませんか。ユダヤ人の系図を持ち、しかもダビデ王の家系であることがはっきりと記録されている人なのです。
イエスが生まれる時代、イスラエルはローマ帝国の属州でした。そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出ました。
それで、人々はみな、住民登録をするために、それぞれ自分の先祖の町に向かって行きました。
イエスを身ごもるマリアの許嫁の夫ヨセフは、住んでいるガリラヤの町ナザレから、先祖の地である、ユダヤのベツレヘムというダビデの町に上って行きました。ヨセフは、ダビデの家系であり血筋でもあったので、身重になっている許嫁の妻マリアもいっしょに登録するためでした。
マリアもナザレの町出身であり、大祭司アロンの血とダビデの血を引く人であったと思われます。
マリアの胎内にいた子どもは、神の聖霊により身ごもった神の御子イエスです。
許嫁の夫ヨセフは夢で、御使いから「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリアを迎えなさい。マリアの胎に宿っているものは聖霊によるのです。(ほかの男による不貞の子どもではありません)マリアは男の子を産みます。その子の名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。(イスラエルを贖う救い主です)」(マタイ1:20,21)と言われ、眠りから覚めると、主の使いに命じられたとおりにして、神の子イエスを宿すマリアを迎え入れたのでした。
神は、すべての事柄をイスラエルにわかるように運ばれました。
身重のマリアは、住民登録に訪れたベツレヘムにいる間に、月が満ちて、男子の初子を産みました。ユダヤ人の大移動に伴い、宿屋はみな満員です。身重のマリアとヨセフに用意された宿泊所は、家畜小屋であり、生まれた赤子は、布にくるんで、飼葉おけに寝かせられました。
飼葉おけに寝かせられた赤子を捜して、羊飼いたちが来ました。羊飼いたちは、御使いに知らされたからです。「恐れることはありません。今、私(主の使い)はこの民(ローマの圧政に苦しむユダヤ人)全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町(ベツレヘム)で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」(ルカ2:10-12)
マリアは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしました。
イエスの名前は、ダビデの町ベツレヘムで住民登録されました。ダビデの子ヨセフの息子として登録されたのです。
神は、処女マリアの胎内にイエスを宿らせる時にも御使いを遣わされ、イエスがお生まれになった時には、羊飼いたちに主の使いを遣わされて、イエスがキリストであることを証言されました。
ユダヤ人たちは、マタイによる福音書1章を見る時、目が開かれるそうです。イエスは、ユダヤ人であり、ダビデの子であることを悟るのです。
ルカ3:23-38には、イエスの養父となったヨセフの家系をさかのぼって書かれています。最初の人アダムにまでさかのぼっています。
しかし、この系図には、ダビデ王の子ナタンの名前があります。
ダビデの王位を相続したソロモン王の子孫ではなく、ダビデ王の子ナタンの子孫ということになります。
ナタンとソロモンは、同じ母親バテ・シェバから生まれた兄弟です。ナタンは、ソロモンの兄です。
マタイはユダヤ人です。マタイの福音者はユダヤ人に向けて書かれています。
イエスをソロモン王の子とし、ダビデ王の系図であることを明確にすることで、ユダヤ人に受け入れられる内容として、また、ユダヤ人を納得させるのに十分なものとして書かれているように思います。
ルカによる福音書を書いたルカはユダヤ人ではなく、ギリシア人です。
六十六巻ある聖書の書簡の中で、ユダヤ人ではない唯一の著者です。ルカの書いた書簡は、『ルカによる福音書』と『使徒言行録』です。
ルカは、医学者であったため、綿密な調査に基づき、歴史を順序立てて、ほかの福音書には省略されているような細部も記録しています。
ルカの記録によると、イエスは、ソロモン王の系図ではなく、ナタンの系図です。
ソロモン王はダビデの王位を受け継いだダビデの子ですが、神に忠実な父ダビデと同じではありませんでした。ソロモン王は、神と一つ心の者ではなかったのです。
神の命令に背いて、外国の女たちを妻とし、妻たちの拝む外国の神々を拝んで神に罪を犯しました。
それゆえ、ソロモン王の罪を罰せられた神は、ソロモンの子レハブアム王の治世に、ソロモン王が確立した「イスラエル王国」を、二部族の「南ユダ王国」と十部族の「北イスラエル王国」とに引き裂かれました。
ソロモン王の子孫に残された民は二部族だけです。
残りの十部族は、ソロモン王の家来であるヤロブアム(エフライム族)のものとなりました。
ダビデ王が治めたユダヤ民族十二部族のイスラエル王国は、ユダ族の治める二部族と、エフライム族の治める十部族とに分裂しました。
神は、二部族のソロモン王の子孫からではなく、十二部族を治めるダビデ王の子ナタンの子孫から、キリストを出されました。ナタンの系図は地上のイスラエル王国の王位を持つ系図ではありません。しかし、神は、ダビデ王の子ナタンを選び、ナタンの子孫であるヨセフの家に、神の御子イエスを誕生させられたのでしょう。
ギリシア人のルカは、真実を書き残したのでしょう。
ソロモン王の子孫でないと分かれば、ユダヤ人たちは、イエスの王位を認めないでしょう。しかし、王を出したことがなく王位を持たないナタンの子孫に、イエス・キリストは誕生されたのです。
異邦人には、ソロモン王とナタンとの違いがわかりません。ダビデ王の子孫であれば良いのです。ナタンもダビデの息子なのですから、何ら問題意識を持ちません。
このことに気づいて、日本の天皇に照らし合わせて考えてみました。
「かごめかごめ」の歌には、鶴と亀がすべったことが歌われています。
なぜ、南朝と北朝の天皇が入れ替わる必要があったのか、また、終わりの時に隠されていた南朝が表に出て来るのはなぜか。
キリストと同じように、南朝の天皇の直系の系図からではない、南朝天皇の血筋の中から、夜明けの晩に現われる救い主が出るのではないかと考えました。
南朝の系図が続く中で、系統が入れ替わることはないことでしょう。神は、南朝の中で混乱が起きないように、いったん南朝から北朝に移し変えて、南朝の系図を忘れさせた上で、南朝と北朝を一つに回復する大和民族全体を導く和睦と調和の南朝の血筋の人をお立てになるのではないかと思いました。
今上天皇は、北朝の天皇と言われています。
私は、南朝の天皇を、大和民族を整えて神の民をつくり上げた天皇であって南朝の天皇の系図をユダヤ二部族の王ソロモン王の子孫のユダ族ではないかと考え、また、北朝の天皇は大和民族を礎としてつくった日本民族の天皇であり、北イスラエル十部族の王エフライム族ではないかと考えています。
今の時点では、北朝と隠された南朝のふたりの天皇が存在することになります。
神は、夜明けの晩に、すなわち、新しい神代を開く直前に、北朝と南朝を統合し南朝から大和民族全体のひとりの人を起こされるのだと思います。それは、天皇の位を持たない人です。
このことは、南朝の天皇の系図の復興ではありません。南朝の天皇の系図からではなく、南朝の中で天皇を出さない系図から起こるのだと思います。彼は、南朝の天皇ではなく、大和民族の指導者として現れるのでしょう。
その時、南朝から起こるその人と、北朝の天皇とは一つ心となって、大和民族の救い、日本民族の救い、アジアの救い、世界の救いのために道を設けるでしょう。
今上天皇は、北朝の天皇の最後の天皇だと思います。日本国の天皇の働きを全うされます。
そして、愛子様が、愛と調和の絆となり南朝から起こる油注がれた人と和合して、神の国を建てるために召された司祭者であり、大和民族を回復させるために神が立てられる巫女だと思います。
神が終わりの日に日本列島に立てられる「メシア」として待ち望まれる男性は、神が立てられる巫女の祈りに支えられ、隠されていた南朝の天皇の血筋のその人は、世の終わりに現われて、北朝と南朝の心は和合して一つの大和民族となり、自然と調和し目に見えないいのちの神と繋がる大和魂を世界に啓く指導者となるのでしょう。
このことは、イスラエルのひな型だと思います。
日本から起こる神の民の救い主は、十部族と二部族とが和合して一つの民族となったイスラエル、十二部族のイスラエルを神の国へと導くユダの総督だと思うのです。
「鶴と亀がす~べった」と歌われるかごめかごめ。
「すべった」という語句を、「統べる」と理解する人がいました。
北朝と南朝とに入れ替わるのではなく、北朝と南朝が一つとなって、かつての大和民族の時代のように、精神的な民の国をつくり、弥勒の世(千年王国)に入る神の民を統べるのでしょう。