ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

魂の救いの道を示す北極星

 

 北極星は北側の極星で、天の北極に最も近い輝星を意味するもので、一つの星というのではなくて、何千年か毎に別の星に移り変わり北極星の役割を交代しているそうです。およそ二万五千八百年で元の星に戻り、これを繰り返しているそうです。

 地球上から見るとその星はほとんど動かず、北の空の星は北極星を中心に周りを回転しているように見えるので、北極星は天則航行を行なう際に正確な測定をするための固定点となり得る星だそうです。

 

 いよいよ物質社会の歪みと二極化が進んで将来への不安が蔓延すると、文明を追い求めて来た関心は薄まって、生き残るための本能が芽生えます。生存するために備わっている能力です。

 生命維持のための危機管理意識が高まると、そもそも、いのちとは何か、ということに行き着きます。災害でもし生き残ったとしても、生き残った自分はこれからどう生きていったらよいのか、すべてを失ったあとで何が残っているのか、と自分の内側の空虚に気づきます。しかし、いのちはあります。

 自分の人生に不満はない、乏しいものはない、と安心して生きていたはずなのに、いのちの軌道がむなしく霧の中に消えて行くようです。何を目標に生きたらよいのでしょう。

 

 動物の中にある帰巣本能。動物がどこにいても自分の巣に帰りつくことができる、生まれた時から備わっている能力。

 地球規模の変容に伴い、人の中に在った帰巣本能が始動し始めます。すなわち、魂が目覚めるのです。

 

 人は魂の存在を意識せずに、肉体に思いを目けてどうしたら格好良く見られるのか、人の目に恥ずかしくない暮らし向きであることに心を使い、神経をすり減らして来ました。それが、幸せだったかと問われると、幸せ、不幸せなんて考える余裕もなく、時間に追われて来ただけです。

 

 しかし、このような精神的なことに思いを向ける機会を設けられたのは、神の憐れみによります。神とは、天地万物を造られた創造主です。

 私たちは、偶然できた生命体ではありません。目的をもって造られた霊的存在であり、魂の修行のために、地球に生まれて来た途上の魂、また、すべての被造物を管理する能力を授かった者なのです。

 

 魂が眠り、霊的感覚を殺された人は、神の存在を認めませんが、それだからと言って、神が実在されないということではありません。

 生命が生まれるのも、病むのも、苦しみも悲しみも、また、死んで行くのも、目に見えない神のわざなのです。

 

 人が見たことのない神。しかし、神は、私たち一人一人をよく知っておられます。

 「すずめの一羽でも、あなたがたの父(私たちを造られた方、私たちにいのちを与えておられる神)のお許しなしには地に落ちることはありません。

 また、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。

 だから恐れることはありません。あなたがたは、たくさんのすずめよりもすぐれた者です。」(マタイ10:29-31)

 神は生きておられて、私たちに語りかけてくださる父です。

 

 物質的な繁栄が幻想であることに気づいてしまいました。

 私たちは、しばらくの間、燃えて輝くともしびの光の中で楽しみ喜んだのです。

 

 やがて風と共に去り行く、しばしの繁栄が過去のものとなったとき、精神的な渇きに気づきました。

 人も動物も喉が渇けば、水を欲します。そして、水を飲んで元気を取り戻します。

 人は肉体の渇きではない、自分のうちにある深い所の渇きに気づきました。そして、精神的満たしへと求めが移行します。

 

 精神的なものはお金で買うものではありません。自分自身の魂でつかむものです。

 「ああ。渇いている者はみな、水を求めて出て来い。(いのちの水を求めて、自分の殻から出て来い。すなわち、魂に素直になれ)

 金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買い、代価を払わないで、ぶどう酒と乳を買え。(キリストのからだであるパンとぶどう酒を食し、神のことばを受けなさい。〈食べ物に感謝し、いのちに感謝し、生かしてくださる神とともに生きよ〉すなわち、永遠のいのちを受けよ)

 なぜ、あなたがたは、食糧にもならない物のために金を払い、腹を満たさない物のために労するのか。

 わたし(魂の主である神)に聞き従い、良い物を食べよ。(永遠のいのちを得させる神のことばを食べて、まことのいのちを得よ。人間の教えや、混ぜ物のある偽りの真理に惑わされ、汚されてはならない)

 そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づこう。(神の真理のことばは、あなたの魂を生かし、健やかにする)

 耳を傾け、わたしのところに出て来い。(真理を聞く耳を持ち、いのちを得させる神を求めなさい)

 聞け。(霊の耳を開いて、声にならない神の御声を聞き取りなさい)そうすれば、あなたがたは生きる。(神のことばとともに生きるならば、魂の救いを得て、腹の底から湧き上がる喜びと平安に満たされ、神の愛を知るでしょう)」(イザヤ55:1-3)

 

 魂の声に素直になると、人間の知識にはなかった不思議な領域の扉が開きます。それは、目に見えない次元の扉です。学校で教えることのない、また、社会で学んだことのない全く新しい学びです。

 しかし、この学びは、魂を解放して自由を得させます。そして、愛を学びます。

 

 実は、この生き方は、日本人の先祖たちのいのちの在り方でもあるのです。先祖たちは、魂に素直に生きていました。

 そして、現在まで、「ありがとう。」「おかげ様で。」「お互い様。」という言葉を伝承し、お天道様が見ているという、目に見えないものを畏れ敬う意識が途絶えないように残してくれました。

 

 私たちは、神を知っているのです。DNAに刻まれているのです。

 生けるまことの神は、私たち日本人に、自然を教師として学ばせて、目に見えない神を意識する者として育ててくださったのです。

 

 「神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。」(ローマ1:20)

 

 「世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神〈の存在〉を知ることができます。〈それなのに、神を知らないと言う者、神はいないと言う者は、魂に嘘を言っているのです〉

 従って、彼らには弁解の余地がありません。なぜなら、神を知りながら、神として崇めることも感謝することもせず、かえって、むなしい思いにふけり、心が鈍く暗くなったからです。

 自分では知恵があると吹聴しながら愚かになり、滅びることのない神の栄光を、滅び去る人間や鳥や獣やはうものなどに似せた像と取り替えたのです。(獣や蛇などの像を拝むことは、人知を超えた神の存在があることを認めているのです。神の存在を知りながら、神を神とせず、神の代わりのものを神としているのです)」(共同訳ローマ1:20-23)

 

 神は、日本人の眠っているDNAを目覚めさせるために、多くの苦難を通されました。大和魂を目覚めさせるためです。

 なぜならば、日本人のうちにある大和魂(自然と調和し和の心を有して愛を知る魂、すなわち神と繋がる魂)が、混沌とする世界の希望であり、まことのいのちを得させる御救いの光だからです。

 

 私たち日本人の目覚めた大和魂が正しい道を歩むために、神は、北極星を用意してくださいました。それは、宗教ではありません。

 日本人の象徴である天皇家であり、苦難にあっても立ち上がって愛を増し加えて行かれる愛子様の生き様です。

 宗教ではなく、日本人の生き様によって、世界は光を見ます。

 私たちは、愛子様の使命のために祈りましょう。神の守りがあるように、また、勝利の主がともにおられてあらゆる困難に勝利を取って聖なる神の栄光が輝き、神の御力が豊かに現われますように。

 

 日本人は、日本人としてどう生きるのかを象徴を見て知り、神に受け入れられる歩みを愛子様とともに完成しましょう。

 大和魂の北極星が、世界に輝く時が来ます。それは、ふたりの証人のうちのひとりである「イスラエルのメシア」の出現です。

 その時を信じて、愛子様の守りと祝福とを祈りつつ、大和魂を磨き、愛を深めて行きましょう。