古神道の『日月神示』の神示を降ろしたのは、封印されていた「艮の金神(うしとらのこんじん)」です。艮の金神は、宇宙神と呼ばれる「国常立神(くにたちのかみ)」です。
国常立神は、造化三神(聖書の父なる神、子なる神、聖霊の三位格の神のように、古神道には、天に三柱の神がおられます)のおひとりである天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)という神が、人間界に来られた御姿とも考えられています。
私の中では、地上に遣わされて地に住むユダヤ人たちの間を歩まれた、天の父なる神の栄光を現わす「神の御子イエス・キリスト」と、重なっています。
イスラエルに来られた神の御子イエスは、肉体の人の子として、ユダヤ人の弟子たちとともに歩まれました。
イエスは、神に遣わされた目的である、世の罪を取り除く罪の贖いの血を十字架で流された後で、墓に入り、三日目に死から甦り、復活のからだで弟子たちとお会いになりました。
復活したイエスは、四十日の間、地上を行き巡られました。
イエスは言っておられました。
「わたしにはまた、この囲いに属さないほかの羊があります。わたしはそれをも導かなければなりません。彼らはわたしの声に聞き従い、一つの群れ、ひとりの牧者となるのです。」(ヨハネ10:16)
イスラエルの中を巡られた肉体のイエスは、死から甦ると、復活のからだで、世界中に散っているユダヤ人たちに現われたのではないかと思います。
私は、復活のからだのイエスが、残りの者たち(極東の島で神の祭儀を行ない神に仕える選ばれた大和の人〈神の民〉)の住む日本列島を巡られたように思っています。
復活のイエス・キリストに出会った大和民族の人たちは、霊なるキリストを見ました。肉体を持つイエスではなく、復活のからだの神の御子イエス・キリストを見たのです。それゆえ、彼らは、キリストを子羊イエスとしてではなく、永遠に生きる神格を持つお方、神として知ったのです。
そして、その名は、「国常立神」として記憶されたように思います。
それゆえ、古神道が信じている国常立神は、キリスト教の神の御子イエス・キリストである、と私は思っています。
「わたし(主)のしもべダビデが彼らの王となり、彼ら全体のただひとりの牧者となる。彼らはわたしの定めに従って歩み、わたしの掟を守り行なう。(もはや思い思いに生きるのではなく、ダビデの子〈人の子となられた神の御子キリスト〉が王となり、おひとりの神を仰いで、神のことばによって生き、とこしえの神の契約の中にはいる)
彼らは、わたしがわたしのしもべヤコブに与えた国、あなたがたの先祖が住んだ国に住むようになる。そこには彼らとその子らとその子孫たちとがとこしえに住み、わたしのしもべダビデが永遠に彼らの君主となる。」(エゼキエル37:24,25)
神は、ダビデの子イスラエルの王(神の国の王)をイスラエルの地のユダヤ人たちだけではなく、諸国に離散していたユダヤ人たちにも、復活のキリストとして現わされたように思います。復活のイエス・キリストは、この日本列島をも歩まれたのでしょう。
日本列島の霊界では、天照大御神の統治から、国常立神の統治の時代が始まっているようです。
目に見える日本国の中で、弥勒の世の備えが開かれ始めたようです。すなわち、目に見えない精神的霊的な大和魂の群れが集められる時にはいっているようです。
国常立神は、長い間封印されてきましたが、富士山に鎮座して新しい神代の国の国造りのために、大和民族を眠りから呼び覚まし、大和魂を回復しておられるようです。
その働きの中心に、天皇家があります。
クリスチャンには理解できないことでしょうが、日本から精神的世界が始まり、世界の大和魂(自然と調和して平和を愛し、愛と信仰と希望を持つ魂)は、千年王国に向けて目覚め、備えられ始めたのです。
世界は、いのちを得る人と、霊が暗いままで霊的な変化を悟らず神に立ち返ることのない生まれつきのままの人とに分かれて行くでしょう。
世界を救うと期待されているふたりの証人は、この大和魂の人たちです。日本語を話し、日本人の精神を保っている大和民族から起こると思います。
そして、このふたりを起こされるのが、皇統の巫女愛子様だと思います。
敬宮愛子様には、「敬」と「愛」の漢字があります。敬愛の巫女です。愛子様は、天皇家が受け継いだ慈愛とともに敬愛の人です。
日赤で国民の一人として勤められて、国民と同じ目線をもって、国民の痛みを知り、国民の生き様に敬意を払う、「敬愛」の巫女です。そして、国民はそんな愛子様を敬愛します。愛子様と国民は、敬愛によって一つに同調します。
神が終わりの時代に立てられる油注がれた唯一の巫女です。愛と平和と慈しみの霊的導き手となられるでしょう。
神は、「イスラエルのメシア」と呼ばれるひとりの男性を、日本人と世界の救いのために用意しておられます。彼は、権威を求めず、和解と赦しと愛を国民に伝える霊的指導者です。
異邦人の時が完成して、ユダヤ人の時にユダヤ人を救うために立てられるふたりの証人のうちのひとりです。愛子様は、これらのふたりの証人が世界に立つために道備えをされるのではないかと思います。
歴代の天皇は、日本国民の安寧と幸せ、また、世界の平和のために祈り、神に仕えて来られました。
皇統の働きを完成される愛子様は、国常立神とともに、新しい世界(弥勒の世)に入る神の民の精神を整え、また、霊的な国民を整える働きをされるように思います。
YouTube観測されない世界の【禁断の予言】木村藤子も驚愕?愛子さまを巡る「ギボアイコ第7の遺言」の正体! という動画を観て、やっぱりと思いました。
イエスは十字架につけられる前、オリーブ山で祈っておられました。これから起こること(弟子たちはイエスを置いて逃げ、イエスは十字架につけられてユダヤ人たちからはののしられ、嘲られ、つばきされること)を知っておられたイエスは、苦しみ悶えて、父に祈られたのです。
「そのとき、イエスは彼ら(弟子たち)に言われた。
『わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。』」(マタイ26:38)
愛子様が負われる荷も重いものです。大和魂を持つ人たちは、大和民族から立つ愛子様とふたりの証人のために祈りましょう。
私たちは、日本列島から始まる神の御計画が無事に成し遂げられるように、執り成しましょう。
天皇家のWBC観戦の時に、問題となったある場面を知り、愛子様の歩まれる道の新しい苦難を見たように思いました。
愛子様は子どもの頃、学校で男の子のいじめにあって、登校できなくなった時期がありました。噂によると、その男の子の母親は、紀子様の知人だそうです。
皇室内では、美智子様の嫌がらせに耐えました。
そして、これからは、天皇家に敵意を持つ不遜な国民の、鋭いさそりの針のような邪悪な視線を感じる機会があるのかも知れません。
愛子様には、私たちの祈りが必要です。愛をもって祝福しましょう。どんな不真実な人たちの恐ろしい視線の中でも、あるいは敵意をむき出しにする国民があっても、神がともにいて守ってくださいますように。
今まで耐え忍ばれた心の傷は、神の愛が豊かに注がれて、魂の輝きとなりました。
愛子様は、イエスの道を歩まれるのでしょう。いばらの道ですが、神が用意されたとこしえの栄光の道です。
愛子様は、国常立神、すなわち、人には隠された神のひとり子イエス・キリストの御霊に選ばれた、魂の導き手なのだと思います。
聖霊によって、イエスの母マリアに語ったシメオンのことば(預言)を思い出します。
「ご覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人が倒れ、また、立ち上がるために定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。
剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。それは多くの人の心の思いが現わされるためです。」(ルカ2:34,35)
愛子様のうちにある神の御霊に、日本人は反応します。光を求める人々には希望として、また、闇を愛する人々には敵意として、その態度はあからさまになります。
愛子様が負う十字架は、重いのです。ですから、私たちは、祈りによって支えましょう。
政府が決めたことだから正しい、宮内庁には権威があると考える人に、イエスのことばがあります。
イエスが、ユダヤ人たちに語ったことばです。
「あなたがたは、西に雲が起こるのを見ると、すぐに、『にわか雨が来るぞ。』と言い、事実そのとおりになります。
また南風が吹きだすと、『暑い日になるぞ。』と言い、事実そのとおりになります。
偽善者たち。(「私たちは神を知っている。真実を知っている。」と高ぶる者たち。しかし、あなたがたのうちに神の真理はない)あなたがたは地や空の現象を見分けることを知りながら、どうして今のこの時代を見分けることができないのですか。(真理が啓かれるこの時代に、神が立てようとする者、神が選ばれる者を知ろうとしないのですか)
また、なぜ自分から進んで、何が正しいかを判断しないのですか。」(ルカ12:54-57)
私たちは、真理を愛し、光を求め、神が立てられる人を祝福して、神のいのちと祝福を受け取りましょう。
天皇家とともに、生けるまことの神が用意された弥勒の世、すなわち、千年王国にはいり、神の栄光を仰いで喜び祝いましょう。
この務めは、大和魂に用意されている栄えある任務です。