ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

飼い主を知る魂

 

 日本国は、天地万物を造られた生ける神が目的を持って造られたいのちの国です。

 2600年以上続いて国家と国民の安寧を祈り宮中祭祀をしておられる万世一系の天皇がいます稀有な国です。日本国は、祈りの血統を持つ天皇、神官によって守られてきた国なのです。

 

 日本列島には、先人の祈りがしみ込んでいます。祈りの島々です。

 どの時代においても神の御前に出て祈る、油注がれた特別な血統は守られました。

 

 ところが現在皇統が途絶えようとしている、ということで政府は何とか繋げなければならない、自分たちの代で途絶えさせてはならない、と策を講じています。

 

 天皇を霊統(帝王学を学び、日本国の安全と国民の幸福を祈る祭祀の務めのために選ばれた人)として捉えるのか、皇室によって維持するもの(血の繋がりや帝王学の習得に関係なく、天皇の外戚であっても皇族の関係者であればよい)と捉えるのかによって、変わります。

 

 神を第一にして霊的に捉えるならば、天皇家に男子がお生まれにならなかったのは、大和民族の歴史の幕が閉じようとしているからだと言えます。すなわち、世の終わりが近づいており、新しい世の備えの期間に入ったということです。

 

 古神道、仏教が融合していた、かつての神仏習合の捉え方でいうならば、「この世の大掃除をして、大峠をくぐると、夜明けとともに弥勒の世が現われる」といわれる時代になったということです。

 

 私は、日本国の天皇の玉座に座る者がいなくなることは大和民族の完成の時であり、新しい世、すなわち、世界を覆うおひとりの神が支配される御救いの世界が現われる兆しだと考えます。

 

 神は、大和民族に南朝の天皇の系図と北朝の天皇の系図の二つの天皇の血統をお持ちです。

 イスラエルの神が二部族の南ユダ王国と、十部族の北イスラエル王国の二つの王家をお持ちのように、日本国にも二つの天皇家があります。

 大和民族の国造りをした中心には、大陸から渡来して来たユダヤ人たちがいると考えている私は、ソロモン王の子孫が天皇となって国を統治したと考えています。

 

 しかし、わらべ歌「かごめかごめ」には、皇位が北朝の天皇に移っており、また、南朝に戻されるという秘密めいたことが歌われています。

 私は、隠されていた南朝が北朝と和解して表舞台に立つ時が、終わりの時の合図である、という神の暗示のように思います。それゆえ、人間の配慮で、北朝の天皇のための玉座を守らなくてよい、と考えます。すなわち、今上天皇が北朝の天皇の時代を完了される方だと思います。

 

 神は、終わりの時に大和民族を目覚めさせて、天皇に仕える臣民を回復されると考えます。大和民族の子孫は、この時のために残されていたのでしょう。大和民族の子孫ではない日本人と大和民族を結ぶ結び目は天皇であり、一人ひとりのうちに眠っている大和魂だと思います。

 目に見えない神、生かしてくださる方を信じ、自然と調和して霊魂をきよめて生きる歩みをするならば、神から霊的権威を授けられた人を知ることができ、その霊的主権に繋がる者となる。その霊的集合意識へと導くのが大和魂なのです。

 

 神は、北朝の天皇家に終わりの時代の働きを担う巫女を用意されました。天皇ではなく、巫女です。なぜならば、終わりの時代の天皇の玉座は、南朝の天皇に戻されるからです。

 

 私は、神が北朝の天皇の皇統を日本の天皇とされたことで、北朝の天皇家の霊統の最後に立てられる巫女は、南朝の天皇が世界の救いとなるための良き助け手となられるように思います。

 長い間、分裂していた二つのものを一つとし、イスラエルのダビデ王の子ソロモン王の子孫である南朝の天皇の子孫と、もう一つの北朝の天皇の子孫愛子様は和解とともに、大和民族を回復して、すなわち、大和魂を持つ人たちを霊なる生けるまことの神にふさわしい大和民族に整えて、いのちの光を持つ大和魂を新しい世に備えさせる務めをされるように思います。

 愛子様は、天皇家でお育ちになったからこそ、見えて来るものがあります。終わりの時代の霊的な務めを神に任命された巫女は、賢く学ばれました。

 

 私は、愛子様は預言者ゼカリヤのように、神に仕えるレビ人大祭司ヨシュアの頭にきよいターバンをかぶらせる人のように思います。南朝の天皇は、このレビ人とともに立つユダの総督ゼルバベルのような人だと思います。

 南朝の天皇の血統であることを忘れた人なのかもしれません。この男性は権威を求めず、古武道の精神によって正しく生きる生粋の大和魂でしょう。

 多くの大和魂(国民)は、大和魂の生き方を愛子様から学んでいました。それゆえ、生粋の大和魂のこの男性のことばが真実であることを知り、本物であることが分かるのです。

 

 ユダの総督は、赦しと和解の霊によって二部族と十部族を一つの民族として、世界をユダヤ人の時のために備えさせるでしょう。

 日本から起こるユダの総督と大祭司ヨシュアは、全地の主のそばに立つ、ふたりの油注がれた者です。

 

 古代イスラエルで、神はキリストを現わす前に、主イエス・キリストの道を備えるバプテスマのヨハネを、ユダヤ人たちに遣わされました。

 

 イエスは、祭司長、律法学者たちに言われました。

 「まことに、あなたがたに告げます。取税人や遊女たちのほうが、あなたがたより先に神の国にはいっているのです。

 あなたがたは、(バプテスマの)ヨハネが義の道を持って来たのに、彼を信じなかった。しかし、取税人や遊女たちは彼(バプテスマのヨハネが神から出た者であること)を信じたからです。

 しかもあなたがたは、それを見ながら、あとになって悔いることもせず、彼(バプテスマのヨハネ)を信じなかったのです。」(マタイ21:31,32)

 

 民を導くはずの指導者たちは、バプテスマのヨハネから洗礼を受けませんでした。キリストにお会いするための備えをしなかったのです。それゆえ、神の子羊イエス・キリストを見、イエスの行なう奇蹟や不思議を体験し、また、イエスの口から真理のことばを聞いたのに、キリストを信じることができませんでした。

 しかも、キリストが甦ったことを聞いてもなお、心頑なにしてイエスを神の御子キリストであることを信じなかったのです。

 

 指導者たちの罪は重いものです。自分だけではなく、民衆の御救いをも妨げたからです。

 イエスは、神の御子を拒み、神を信じない指導者たちに言われます。

 「おまえたち蛇ども、まむしのすえども。おまえたちは、ゲヘナ(永遠に燃える火の池)の刑罰をどうしてのがれることができよう。」(マタイ23:33)

 

 同様のことが、日本列島でも起こるのでしょう。

 魂を正しい道に導く北朝最後の霊統の巫女愛子様は、バプテスマのヨハネのような務めだと思います。国民に大和魂のあるべき姿を見せて、大和民族の意識を呼び覚まし、愛と平安と静かな喜びこそが魂の求めていた真の宝であったことを思い起こさせるのです。

 

 愛子様に希望と慰めを持つ日本人は、神が次に現わすために隠しておられる南朝の天皇の子孫が現れたときに、愛子様に感じた魂の安らぎの感覚により、彼について行くのです。

 愛子様によって心が慰められ、大和魂の本来の姿を取り戻した日本人の多くは、霊的感覚が目覚めており、人の目には見栄えはしないが、魂に喜びと平安を与えてくれるその人(ユダの総督)の存在に御救いを見るからです。

 

 神は、神のひとり子キリストを遣わされた時に、初めの雨を注がれました。

 神は、終わりの雨の時に、「イスラエルのメシア」と「アロンのメシア」のふたりの証人を遣わされます。

 

 バプテスマのヨハネを信じず、ヨハネから水のバプテスマを受けなかった指導者たちは、神の御子イエス・キリストをも信じることができませんでした。

 愛子様の上に置かれた神の権威を信じず、愛子様に皇位を認めず、ほかの者を変わりとするような人たちに、いのちの道に導くユダの総督(南朝の天皇の子孫)を信じることはできません。目覚めた大和魂によらなければ、彼に御救いを見ることはできないからです。

 

 終わりの時代に、それまで神の御子イエス・キリストを信じることのできなかったユダヤ人と日本人に対して、神は、南朝の天皇ユダの総督を通して、真理を知らせ御救いを得させられるのでしょう。人口の1%しかいないとされるユダヤ人と日本人のキリスト者。しかし、神は、契約の民を救うために、忠実なしもべユダの総督によっていのちの道を開かれるでしょう。

 キリスト者たちには不思議なことです。

 

 大和魂が回復した者は、いのちの道へと導くユダの総督の声を聞き分けます。愛子様を支持した人たちの魂は素直で真理を愛するものとなっているからです。

 

 「彼(南朝の天皇の子孫、ユダの総督)は、(神にゆだねられた)自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。

 すると、羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。

 しかし、ほかの人には決してついて行きません。かえって、その人から逃げ出します。(羊の魂は)その人たちの声を知らないからです。」(ヨハネ10:4,5)

 

 一人ひとり、自分の魂によって判断します。

 今は、自分の魂が歩む道を定める時です。その道の先には、魂がはいる永遠の場所があるのです。

 誰のせいにもできません。自分自身の魂が道を選ぶのです。

 飼い主である羊の牧者(キリストに任命されたユダの総督の声)を知る魂は、彼に従い、魂の故郷に帰って永遠の安息を得るのです。