日本列島から黙示録に書かれたふたりの証人と、世界宣教を完成させる十四万四千人が起こるでしょうか。
世界を救いに導くふたりは、「死海文書」に書かれた「イスラエルのメシア」と「アロンのメシア」です。ホピ族の伝承によると、「卍の紋章を持つ人」と「○の紋章を持つ人」です。
「イスラエルのメシア」は、北朝と南朝に分裂した大和民族を、再び一つの大和民族に回復して和合へと導き、大和魂を神に立ち返らせて救いへと導く、南朝のひとりの子孫であって、ユダヤ人の時に、ユダヤ人の救いのために立つふたりの証人のうちのひとりでしょう。
二部族と十部族に分裂したユダヤ民族を十二部族の一つのユダヤ民族に回復し、十二部族の総督、すなわち、ユダの総督として立つ人でしょう。
「イスラエルのメシア」と呼ばれる人は、ユダや民族十二部族の総督であり、また、生けるまことの神の民「とこしえのイスラエル」をイスラエルの王神の子羊イエス・キリストのために整える人です。
卍の紋章は、仏法を生きる証です。古武道の精神により、正しい生き方を追求して正しく生きて、神に正しい人として認められた人でしょう。
その神とは、かつて、暴虐に満ちる世から、神を恐れる正しい人ノアを選び、ノアを大水の滅びから救い出して、大水で洗い流した地の上に、ノアの家族から人類の営みを再スタートさせられた神です。
また、ノアの息子セムの子孫のアブラハムを選び、神の国を建てるカナンの地の相続権をお与えになられた神です。アブラハムには、神に聞き従う信仰がありました。神は、アブラハムの信仰を義とし、アブラハムを祝福して、アブラハムの子孫を神の民とされました。
アブラハムの子孫とは、神に『聖書』をゆだねられたユダヤ民族です。
神は、ユダヤ民族に、世の罪を取り除く神の子羊イエス・キリストをお与えになりました。神の子羊イエスは、イスラエルの王ダビデの子孫としてお生まれになった神のひとり子、「人の子」となられた神の御子キリストです。
神の子羊イエス・キリストは、罪の贖いの血を流し、世の罪を贖われました。神は、神の子羊イエスの血による罪の贖いを信じる人々を義とされます。神がお遣わしになったキリスト(救い主)を信じたからです。神は、義とした人々に、真理の御霊を遣わして、神の子羊イエスのことばを思い起こさせ、真理を教えて、肉の性質から神の子どもの性質に造り変え、キリストに似た者とされます。
「イスラエルのメシア」は、アブラハムの子孫であり、ユダ族のダビデ王の子孫と思われます。大和民族の南朝と北朝を和合させて、大和民族全体を治める南朝の天皇の使命を完成する人でしょう。
彼は、指導者になるつもりも、支配者になりたいという願いもありませんが、神の御霊がその地位に押し上げるのでしょう。彼は、地位や権威や名誉に関心はなく、謙遜な人のようです。光を求める魂たちは、彼の生き様に引きつけられます。平和を愛する大和魂は、彼に従うでしょう。なぜならば、彼の中に、とこしえの平安があるからです。
彼に立ち居振る舞いは、傷ついた魂を癒し、争う心を鎮め、赦しと和解と愛とを回復させます。
「アロンのメシア」は、○の紋章を持つ人です。古代ユダヤの精神的教えを忠実に継承する古神道の信仰の人だと考えます。聖書を教典としていませんが、イエス・キリストの父なる神、すなわち、生けるまことの神に仕えてきた血統の人です。
彼と同じ信仰仲間のうちに、十四万四千人がいるのかも知れません。彼らは、目に見えない神を目に見えるようにして仕えてきた忠実なしもべたちです。
大和民族の精神を養ったのは、神仏習合の信仰です。神は、彼らに「弥勒の世」が訪れることを知らせておられました。
しかし、明治維新期、武家政治を廃し君主政体に復した政治転換をするため、王政復古の大号令により、明治政府樹立の宣言がされました。
明治政府は、「神仏分離令」を出して、「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」を断行しました。
大和民族の精神、大和魂を育んだ神仏融合の「和の精神」は分裂しました。ある者は神道へ、ある者は仏教へと、ひとつだったものが二つに分裂すると、同じ民族なのに、大きく引き裂かれました。
「イスラエルのメシア」と「アロンのメシア」は、それぞれ、仏法と古神道、別々の背景を持ちますが、ふたりが一致することで、神仏習合の大和魂は回復するでしょう。
そのためには、まず、大和民族が目覚めて、大和魂が本来持っていた和の精神、赦しと和合、さざれ石の巌のような一つの大きな普遍的精神を思い出して、もともとあった精神的安らぎの居場所に帰る望みが起こらなければなりません。
少年たちに降ろされた神示によると、五つの山(立山、白山、富士山、霧島、大山)が一つになるとき、新しい世界を開く世界を救う人が出現する、とのことです。
立山にはイザナギノミコト、白山にはセオリツヒメとククリヒメ、富士山にはコノハナサクヤヒメと国常立神、霧島にはニニギノミコト、大山にはオオナムチノカミ(出雲大社の大国主神の若い頃の名前)が鎮座しておられます。
スサノオノミコトの娘婿である大国主命は、実質的支配をする天照大御神に大和民族の精神的支配がゆだねられています。それぞれの働きをするアマテラスとスサノオが一つとなって大和民族と大和魂がかたち造られているのかも知れません。
私は、これらの五つの山に隠された大和民族へのメッセージを考えました。
日本列島をかたち造ったイザナギは、アマテラスとスサノオの父です。アマテラスは実質支配、スサノオは精神的支配によって神に仕える大和民族を造り上げました。それで、私は、立山はアマテラスとスサノオが造った大和民族を表わすと考えました。
白山のセオリツヒメは禊の神です。壊れていた大和魂が、生きにくい世の中で、目覚める時がやって来ました。大和民族は神に揺さぶられ、様々な禊を受けて、目覚め始めたのです。ククリヒメは目覚め始めた大和民族を、集合意識へと導き、真理の光を求める新しい心、すなわち、永遠を思う思いを持つ大和魂へと回復しておられます。
富士山には、国常立神がおられます。新しい弥勒の世を開く宇宙神です。罪の世界の後に、大峠をくぐり抜けた大和魂を迎える「弥勒の世」の神です。私は、国常立神は千年王国の王であられる神の御子イエス・キリストの、大和民族の古の人々に現われた御姿だと思っています。
富士山の神は、コノハナサクヤヒメ、火の神様です。国常立神とともにいます。きよめの火の神です。肉の性質を焼いて、神の子どもの性質に造り変える、神の御霊による火のバプテスマを与えるのでしょう。
これは、キリスト教会に属する忠実なキリスト者の殉教を表わすのではないかと思います。キリストの血によって罪が贖われているキリスト者たちにゆだねられた尊い使命です。殉教者の血(いのち)は、日本列島を贖います。日本民族を贖います。
罪が贖われた日本列島では、リバイバルが起こると思います。
一方、大和民族は目覚めて、光と救いを求める人々の切なる願いと祈りと集合意識によって、日本列島には目に見えない霊的ネットワークができるのでしょう。すると、大和魂の前には救いの道が導かれるでしょう。
そのように、大和民族の意識が整うと、神に油注がれた卍の紋章を持つ人が起こるのでしょう。そして、魂の飼い主の御声に導かれる大和魂は、彼に従うのでしょう。
キリスト者の殉教者たちの犠牲とともに、大和民族の目覚めと悔い改め、大和魂が一つ心となるような集合意識が日本列島を覆い、天に意識を向ける彼らは、神が立てられた霊的指導者に従い、「弥勒の世」へはいる歩みをするのでしょう。
神仏習合の大和民族の回復と、キリスト者たちの殉教により、まず、日本列島でリバイバル(生けるまことの神に立ち返る信仰復興、魂の再興)が起こるのではないかと思います。
そのリバイバル(魂の再興)は、アジアの国々へ、世界の国々へ、そして、イスラエルで完成するのでしょう。