ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

神の子羊イエス・キリストとイスラエルのメシア

 

 神の御子イエスは、ユダヤ人たちに言われました。

 「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたし(神の子羊イエス)について証言しているのです。(神の御子イエスは、聖書に書かれているとおり、ベツレヘムの町で処女の胎から生まれました。また、イザヤ書53章にあるとおり、罪を贖う神の子羊として来られました。イエスが行なうみわざ、すなわち、病人を癒し、悪霊を追い出し、死人を蘇らせるみわざは、イザヤ書61章の「主に油注がれたキリスト」であるからです。イエスの上には、主の霊があるのです)

 それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。(聖書の中に永遠のいのちがあると信じて、聖書を熱心に調べていたユダヤ人たちは、聖書に予告されていたキリストが、目の前に現われているのに理解できません。イスラエルの神が遣わされた神の御子ナザレのイエスを信じていないので、ユダヤ人たちは、永遠のいのちを得るために神の子羊イエスのもとに来ようとはしません)」(ヨハネ5:39,40)

 

 「わたし(神のひとり子イエス)はあなたがた(イエスのもとに来ないユダヤ人たち)を知っています。あなたがたのうちには、神の愛がありません。(聖書は信じているのに、聖書に書かれていることが理解できません。それは、神の愛がないからです。人の栄誉を求めて互いの栄誉は受けても、唯一の神からの栄誉を求めない人々は、信じることができません。神は愛です。愛は神から出ています。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者に、神はわかりません。神がわからない者は、神が遣わされた神のひとり子イエスを悟ることができません)

 わたし(イエス・キリスト)はわたしの父の名(イスラエルの神)によって来ましたが、あなたがたはわたしを受け入れません。ほかの人がその人自身の名において来れば、あなたがた(ユダヤ人たち)はその人を受け入れるのです。」(ヨハネ5:42,43)

 

 ユダヤ人たちは、イエスをキリスト(神に油注がれた者)であると告白する者があれば、その者を会堂から追放すると決めていました。

 この事を、キリスト教会に適用するとわかりやすいです。

 ユダヤ人の会堂から追放されるとは、キリスト教会から除名されることと同じです。すなわち、あなたはキリストのからだにふさわしくない。それゆえ、キリスト者の群れから追放します、ということです。

 キリスト教会の中に天の御国に繋がる道があると信じる人にとって、キリスト教会からの除名は、あなたは天の御国に入ることができない、と烙印を押されて、「いのちの書」から名前が消されるようなものです。

 

 しかし、実際は、一つの地方教会の除名であって、世界のキリスト教会すべてから除名されたのではありません。

 ユダヤ人が会堂から追放されることは、ユダヤ人にとってもっと深刻な事です。それは、聖なるイスラエルから断ち切られて、神の民から切り離されることなのです。

 

 律法を厳格に守るパリサイ人たち、祭司や律法学者たちなど、誰よりも聖書に精通しているはずのユダヤ人たちが、神のひとり子イエスを信じません。

 そして、イエスをキリストであると告白するユダヤ人たちを、会堂から追放することを決めたのです。

 

 さて、終わりの時代に、世界を救い、ユダヤ人を救うメシアが起こると預言されています。

 天の神が神の子羊イエス・キリストの御名によって任命した、ユダの総督「イスラエルのメシア」と大祭司ヨシュアのような祭司「アロンのメシア」のふたりでしょう。

 ふたりには、キリストの権威による油が注がれています。

 神のひとり子イエスが、神の栄光を現わしたように、ふたりは、エリヤの霊によってキリストの御名の栄光を現わします。

 

 彼らは、黙示録に書かれた「ふたりの証人」です。

 「彼ら(ふたりの証人)は全地の主の御前にある二本のオリーブの木、また二つの燭台である。

 彼ら(ふたりの証人)に害を加えようとする者があれば、火が彼らの口から出て、敵を滅ぼし尽くす。彼らに害を加えようとする者があれば、必ずこのように殺される。

 この人たちは、預言をしている期間は雨が降らないように天を閉じる力を持っており、また、水を血に変え、そのうえ、思うままに、何度でも、あらゆる災害をもって地を打つ力を持っている。」(黙示録11:4-6)

 

 ふたりの証人の預言は、悪魔と悪魔の民を苦しめます。それゆえ、闇の力は、ふたりのいのちを狙います。しかし、彼らが預言する三年半の期間、神御自身がふたりに御力を与えて、闇の勢力を打ち負かします。その力の源が神であるので、反キリストも太刀打ちできません。

 

 しかし、預言の期間が満ちると、反キリストはこのふたりを殺して、木に吊るします。厳しい預言に苦しめられていた闇を愛するユダヤ人たちは、互いに贈り物を贈り合って、ふたりの証人の死を喜び祝うでしょう。

 

 ところが、三日半の後、神から出たいのちの息が、彼ら(木につるされたふたりの死体)にはいると、ふたりは自分の足で立ち上がったので、それを見ていた人々は非常な恐怖に襲われます。

 

 「そのときふたりは、天から大きな声がして、『ここに上れ。』と言うのを聞いた。そこで、彼らは雲に乗って天に上った。彼らの敵はそれを見た。

 そのとき、大地震が起こって、都の十分の一が倒れた。この地震のため七千人が死に、生き残った人々は、恐怖に満たされ、天の神をあがめた。」(黙示録11:12,13)

 

 ユダヤ人たちは、目覚めるでしょう。

 かつて、神のひとり子イエス・キリストを十字架につけたユダヤ人たちは、イエスの弟子たちが、神の子羊イエスは三日目に墓から甦った、と復活のキリストを宣べ伝えても、なお頑なにイエス・キリストを信じませんでした。

 

 しかし、終わりの時代のユダヤ人たちは、ふたりの証人の死と復活と昇天を見て、天の神をあがめるのです。

 

 神のひとり子イエス・キリストを信じて天の御国にはいる人々、また、ふたりの証人の預言と十四万四千人の宣教によって天の御国にはいる人たちがいます。

 

 イエス・キリストのことは知らないのに、光を持つ人々がいます。それらの人々は、「イスラエルのメシア」に希望を見て、彼に従い、いのちを得るのでしょう。

 

 日本列島から立つとされる「イスラエルのメシア」に従う日本人は多く起こるでしょう。精神的霊的な平安に魂が惹かれて彼に従い、真理を悟るのでしょう。

 

 ここに来て思うことは、イエス・キリストを信じていないのに、永遠のいのちが得られるわけはないと思う人々のことです。

 

 かつて、神の民ユダヤ人たちは、イエスをキリストであると告白する者があれば、その者を会堂から追放しました。

 世の終わりに、武道の精神性を持つとされて仏法を生きる「イスラエルのメシア」と、古神道の目に見えない神に忠実に仕える「アロンのメシア」、聖書を知らない彼らを「メシア」と考える人々をキリスト教会が妨げるのかも知れません。

 

 しかし、ふたりの証人は、確かに、天の神が油注いだ人たちです。

 「これら(ふたりの証人)は、全地の主のそばに立つ、ふたりの油注がれた者だ。」(ゼカリヤ4:14)

 

 こうして、クリスチャンの中には、信仰につまずく人々が起こるでしょう。神の愛がなければ、神から出た者はわからないのです。