ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

神の御子が授けるバプテスマとエリヤの役割

 

 ユダヤ人たちの心を神に向けさせるため、また、神がお遣わしになった神の御子キリストを迎える時に備えて、ユダヤ人たちの信仰を整えるために、キリストを出現させる前に、神はバプテスマのヨハネを遣わされました。

 

 神に遣わされたバプテスマのヨハネは、キリストがユダヤ人たちに現われる前に現われ、ユダヤの荒野で教えを宣べて、言いました。

 「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」(マタイ3:2)

 

 「この人(バプテスマのヨハネ)は預言者イザヤによって、

 『荒野で叫ぶ者の声がする。

 「主の道を用意し、主の通られる道を真っすぐにせよ。」』

と言われたその人である。」(マタイ3:3)

 

 バプテスマのヨハネの出現は、イザヤ書の預言の成就でした。

 「荒野に呼ばわる者の声がする。

 『主の道を整えよ。

 荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。』」(イザヤ40:3)

 

 イエスは言われました。

 「(バプテスマの)ヨハネに至るまで、すべての預言者たちと律法とが預言をしたのです。

 あなたがたが進んで受け入れるなら、実はこの人(バプテスマのヨハネ)こそ、きたるべきエリヤです。」(マタイ11:13,14)

 

 「見よ。わたし(主)は、主の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。

 彼(エリヤの霊の人)は、父の心を子に向けさせ、この心をその父に向けさせる。

 それは、わたし(キリスト)が来て、呪いでこの地を打ち滅ぼさないためだ。」(マラキ4:5,6)

 イエスは、バプテスマのヨハネは、マラキ書の預言の成就である、と言われたのです。

 

 バプテスマのヨハネは、水のバプテスマ、すなわち悔い改めのバプテスマを、ユダヤ人たちに授けました。主と一つとなっていないユダヤ人たちの信仰を悔改めによって回復させ、主が遣わされるキリストにお会いする備えをしたのです。

 

 神の御子イエスは、天の御国に入る神の子どもたちの歩む道を示すために、自らバプテスマのヨハネから、水のバプテスマを受けられました。

 

 ヨハネは、神の御子イエスに、水のバプテスマを授けることを拒みました。

 「私こそ、あなたからバプテスマを受けるはずですのに、あなたが、私のところにおいでになるのですか。」(マタイ3:14)

 ところが、イエスは答えて言われました。

 「今はそうさせてもらいたい。このようにして、(父なる神がお定めになった)正しいことを実行するのは、(神に遣わされている)私たちにふさわしいのです。」(マタイ3:15)

 

 そこで、ヨハネは承知して、イエスに水のバプテスマを授けました。

 すると、天が開け、神の御霊が鳩のように下って、イエスの上に来られたのを、イエスも、バプテスマのヨハネも目撃しました。

 

 ヨハネは、証言しました。

 「水でバプテスマを授けさせるために私(ヨハネ)を遣わされた方(神)が、私に言われました。

 『聖霊がある方の上に下って、その上に留まられるのがあなたに見えたなら、その方こそ、聖霊によってバプテスマを授ける方である。』

 私(ヨハネ)は見たのです。それで、この方(ナザレのイエス)が神の子であると証言しているのです。」(ヨハネ1:33,34)

 

 イエスにお会いする以前に、バプテスマのヨハネは、ユダヤ人たちに言っていました。

 「私(ヨハネ)は、あなたがたが悔い改めるために、水のバプテスマ(悔い改めのバプテスマ)を授けていますが、私のあとから来られる方(神が遣わされるキリスト)は、私よりもさらに力のある方です。(神の権威をお持ちの方です)

 私はその方(キリスト)のはきものを脱がせてあげる値打ちのありません。(彼は神の子ですから、人間の私には与えられていない権威をお持ちなのです)

 その方(神の御子キリスト)は、あなたがたに聖霊と火とのバプテスマをお授けになります。」(マタイ3:11)

 

 肉体の「人の子」である神の御子イエスは、聖霊の御力によって、病人を癒し、悪霊を追い出し、罪を赦し、死人を蘇らせました。

 しかし、聖霊のバプテスマを授けるのは、まだ、この時ではありません。

 それゆえ、ナザレのイエスを、聖霊と火のバプテスマを授ける神の御子キリストであると証言していたバプテスマのヨハネは、つまずきました。

 

 神には時があります。神の子羊イエスは、神の御子キリストですが、聖霊のバプテスマを授けるキリストの権威は、まだ、お受けになっておられませんでした。

 

 神の子羊イエスは、十字架で世の罪を取り除く罪の贖いの血を流し、三日目に死から甦り、復活のからだの御霊によって新しく生まれた「新しい人」となって、遣わされた父なる神のみもとに帰ると、神から「聖霊のバプテスマを授けるキリストの権威」をお受けになったのです。

 

 イエス・キリストの御名によって与えられる聖霊のバプテスマは、父なる神が遣わされる「もうひとりの助け主」、すなわち「真理の御霊」が授けられます。

 

 聖書には、イエスご自身はバプテスマを授けておられたのではなく、イエスの弟子たちが水のバプテスマを授けていたことが書かれています。(ヨハネ4:2)

 神の御子イエスは、水のバプテスマを授ける方ではありません。聖霊のバプテスマを授けるキリストなのです。

 

 バプテスマのヨハネは、キリストについて、次のように証言しています。

 「その方(神に遣わされたキリスト)は、(悔い改めのバプテスマを受けた)あなたがたに聖霊と火とのバプテスマをお授けになります。」

 

 イエスの弟子たちは、復活した神の子羊イエス・キリストのことばに従って、一つ所に集まって、聖霊を待ち望みました。

 すると、約束どおり、聖霊が下り、みなが聖霊に満たされ、御霊が話されてくださるとおりに、他国のことば(異言)で話し出しました。

 

 聖霊を受けた使徒たちは、大胆に復活のキリストの福音を宣べ伝えました。

 

 神と契約を持つアブラハムの子孫には、聖なる神の民であるゆえに罪はないと考える祭司や律法学者やパリサイ人たちは、ヨハネのところに来て水のバプテスマを受けることはありませんでした。

 それゆえ、罪を悔改めることのない彼らは、神が遣わされた神の御子イエス・キリストを知ることができませんでした。彼らの耳は遠く、目はつぶったままだからです。

 彼らは、バプテスマのヨハネが、神が遣わされたエリヤの霊の人であることを悟らなかったのです。

 

 イエスの弟子たちは、聖霊の御力によって復活のキリストの福音を宣べ伝え、神の教会を建て上げました。

 神の教会では祈りがなされました。

 「『主よ。あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。

 御手を伸ばして癒しを行わせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行なわせてください。』

 彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語り出した。」(使徒4:29ー31)

 

 聖霊のバプテスマを受けた彼らは、御霊に導かれ、御霊に聞き従って、神の栄光を現わしました。

 

 キリストが授けるバプテスマには、聖霊のバプテスマと、火のバプテスマがあります。

 神の子羊イエスが、水のバプテスマを受けて聖霊が留まられると、御霊に導かれて荒野に上り、悪魔の試みを受けられました。

 キリストの使徒たちもまた、聖霊のバプテスマを受けた後に、牢に入れられたり、むち打たれたり、火の試練の中をくぐりました。火のバプテスマは、聖霊のバプテスマを受けた人に与えられるバプテスマです。

 

 聖霊のバプテスマを受けても、火の試練を受けない人もいます。火のバプテスマから逃げる人もいます。

 

 水のバプテスマは、エリヤの霊のバプテスマのヨハネに、神が授けられたわざです。

 聖霊のバプテスマは、キリストである神の子羊イエス・キリストのみわざです。

 火のバプテスマは、聖霊のみわざです。

 

 火のバプテスマを受ける人は、御霊に聞き従う忠実な人たちです。

 彼らの信仰の真価はすでに試されています。

 

 「各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現われ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。

 もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。

 もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。」(コリント第一3:13-15)

 

 建物が残る人たちは、火のバプテスマを受けた人で、新しい天に住まいが用意される人たちでしょう。

 建物は焼けて損害を受けるが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かる人たちは、火のバプテスマを受けなかった人たちで、新しい地に住まいが設けられる人たちでしょう。

 

 世の終わりに、再びマラキ書の預言が成就します。

 主は、主の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤを私たちに遣わされます。

 それは、日本から立つ「イスラエルのメシア」でしょう。

 彼は、神の心を救いを求める人々に向けさせ、救いを求める人々を目に見えない生けるまことの神に向けさせ希望と信仰を得させる人、神との和解へと導く人であり、罪を悔改めて、天の御国に入る人々を神のために整えるのでしょう。