5月5日のことです。
空に浮かぶ雲から神の啓示を受けました。
二匹の龍が一つになることと、大きな鳳凰が現れることです。
その鳳凰とともに、神の宝である光の玉があります。
聖書でいうと、竜は悪魔の象徴ですが、日本人が持っている信仰(神道、仏教)でいうと、龍は神の姿です。
龍は、人として正しく生きる仏教的な意味合いに感じます。
鳳凰は、神道的な聖なる神を連想します。
聖書の民ユダヤ民族が、モーセにより、神に従って造った「神の箱」があります。「契約の箱」と呼ばれる、イスラエルが神の民であることを証しする「あかしの箱」です。
箱の中には、三つの物が治められていました。
一つは、モーセが神から受け取った十戒が書かれた二枚の石の板です。神御自身の指で書かれた、神の民が守るべき十戒です。
一つは、神がイスラエルを生かすために、天から降らせたマナ(パン)を一オメル(23リットルの十分の一)たっぷり入れた金の壺です。
イスラエル人は人の住んでいる地に来るまで、四十年間、荒野でマナを食べました。そのことを後世の人々にあかしするため、イスラエル人の子孫のために保存されました。
一つは、レビ族のアロンとアロンの子孫が、神と人との間に立ち、神に仕える祭司であることをあかしする、アロンの杖です。
十二部族の族長の名がしるされた十二本の杖をあかしの箱の前に置くと、翌日、なんと、レビ族のアロンの名前が書かれた杖は、芽を吹き、つぼみを出し、花をつけ、アーモンドの実を結んでいました。こうして、主は、御自身に仕える者としてレビ族を選び、レビ族のアロンを大祭司として選んだことをイスラエル人たちにあかしされました。
「あかしの箱」は、イスラエルが天の神の律法を持つ神の民であること、イスラエルは神御自身が養われる神の民であること、ユダヤ民族レビ族のアロンとアロンの子孫が神の御前に出て神に仕える大祭司であること、これらのことをあかしする「契約の箱」です。
この契約の箱(神が契約を結ばれた神の民、アブラハムの契約を相続するアブラハムの子孫であるイスラエル、とともにおられる神の臨在)の蓋には、翼を上のほうに伸べ広げた二つの金のケルビムがありました。
ケルビムは「贖いのふた」の一部です。二つのケルビムの広げられた翼は、「贖いのふた」をおおっており、ケルビムは互いに向かい合っており、ケルビムの顔は贖いのふたに向かっています。両端にケルビムのあるその贖いのふたを、あかしの箱の上に載せるのです。
神は、モーセに仰せられました。
「わたし(主)はそこで(神がイスラエルにお与えになったさとしが納められた契約の箱で)あなた(モーセ)と会見し、その「贖いのふた」の上から、すなわちあかしの箱の上の二つのケルビムの間から、イスラエル人について、あなたに命じることをことごとく語ろう。」(出エジプト25:22)
神は、ケルビムの間、すなわち贖いの座の上からモーセに臨まれます。
ケルビムは創世の初めに出てきます。
アダムとエバが、エデンの園を追放されたときのことです。
「神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。」(創世記3:24)
ケルビムは守護天使です。罪を犯した罪人からいのちの木を守るために、置かれた天使です。
ケルビムがあかしの箱のふたをおおって守っているということは、その箱の中にあるあかしは、神御自身が守っておられるということです。
神とイスラエルとの契約は、傷つけても、汚してもなりません。それは、神御自身の瞳なのです。
神は、契約の箱に触れたウザをその場で打ち、ウザは息絶えました。この契約の箱は聖なるものです。神御自身の臨在なのです。神が定めた者以外の者が触れることは許されません。レビ族の中でも、神が定めた者たちだけが許されています。同様に、神の至聖所に入って契約の箱の前に立つことができるのは、アロンに与えられた大祭司の任務を相続する油注がれた者だけです。
さて、約二千年前、神は神のひとり子に肉体を造って、イスラエルに遣わされました。神は、神の祭司の国民イスラエルに、世の罪を取り除く罪の贖いの神の子羊を遣わされたのです。
契約の箱の蓋は、贖いの蓋です。神は、神の子羊を遣わして、神の契約の民イスラエルの罪を贖うために、神の子羊イエスの血を流されました。
こうして、神のあかしの箱(神とイスラエルとの契約)は守られて、神の子羊イエスの贖いの血によって覆われました。神は、イスラエルの不義を赦されたのです。
神の契約の箱にあった契約は、成就しました。神のひとり子イエス・キリストによって成就しました。
二枚の石の板に書かれた律法は、神の子羊イエスが完全に守られました。神の子羊ナザレのイエスによって、律法は完成しました。ユダヤ人の中から、律法を完全に守る神の子羊が現れ、神の子羊イエスが流された罪の贖いの血は、イスラエルの契約をおおいました。イスラエルの違反者たちの罪を贖い、イスラエルの契約は無事に完了しました。
ユダヤ人たちは、神の律法を守ることのできない違反者たちでしたが、神の子羊イエス・キリストの血が違反者たちの罪を贖って、神に赦されたのです。
ケルビムに守られた契約(イスラエルの契約)は、完了しました。
神は、イスラエルに、新しい契約をお与えになりました。それは、神の子羊イエス・キリストによる永遠のいのちを得させるとこしえの契約です。
この契約(神のひとり子イエス・キリストによる永遠のいのちを得させる契約)は、聖霊により死から甦って「新しい人」の初穂として創造され、神の子どもたちの長子となられた神の子羊イエス・キリストの御霊によって、結ばれます。
最初の契約は、石の板に書かれた文字の律法でしたが、新しい契約は、神の子どもに造り変える「真理の御霊」です。
最初の契約は、神は、カナンの地に入るまでの期間、契約を結んだ「肉なるイスラエル」を、天からのマナ(パン)と岩からの水で養われました。新しい契約は、真理の御霊(キリストの御霊)を受けて永遠のいのちの契約を持つ「とこしえのイスラエル(御霊の教会)」を、神の子羊イエスのことば(イエスは、「いのちのパン」と呼ばれています)と聖霊(いのちの生ける水)によって養われます。
最初の契約は、レビ族のアロンを大祭司として立てましたが、新しい契約は、祭壇に仕える者を出したことのないユダ族から出たメルキゼデクの位に等しいと呼ばれるとこしえの大祭司キリスト(神の子羊イエス・キリスト)を立てました。
キリストは、神の子羊の血を携えて、天そのものにはいり、主が設けられた真実の幕屋であるまことの聖所で仕えておられる「とこしえの大祭司」となられたのです。
さて、神は、世の終わりに、聖霊によって「新しい人」に造り変えた神の子どもたちを、滅びの世から救い出すために、ひとりの忠実な人を起こされます。
それは、真実な心で目に見えない生けるまことの神に仕える大和民族から起こされます。
「イスラエルのメシア」が立てられます。私は、大和民族の国造りをした南朝の天皇の子孫だと考えます。
神の御前を生きる人としての正しい生き方を追究した人のように思います。
これが、空に見た一匹の龍です。
もう一匹の龍は、国の安寧と繁栄、世界の平和のために祈り続けて来られた北朝の天皇(今上天皇)でしょう。
南朝の天皇のひとりの子孫(イスラエルのメシア)の霊性と、北朝の天皇の祈りが、神の国の到来のために一致する時が、もうすぐ来るのでしょう。
大和民族の霊的指導者が立ちます。北朝の天皇の祈りと、南朝の天皇の祈りが一つとなって、とこしえの和の国の扉が開くことでしょう。
とこしえの和の国は、霊的な国であって、現実の日本国とは別の国です。
神の霊が、大和民族の国を復活されるのでしょう。それは、神に仕える南朝の天皇(大和民族の天皇)がいて、その霊的な導きに従う大和魂たちの国です。北朝の天皇は、日本民族の天皇ですが、南朝の天皇は、目に見えない霊的に整った和の国、大和民族が造り始めていた神の国を完成させるのでしょう。
南朝の天皇と北朝の天皇の霊的一致が、永遠のいのちを得させられるとこしえの国の扉を開くのでしょう。
すると、鳳凰が現れます。鳳凰は、古神道の中にいるであろう「アロンのメシア」です。鳳凰のかたわらには、光の玉(十四万四千人)がいます。この十四万四千人のユダヤ人たちは、世界宣教をして、世界中の救いに定められた人々を神のみもとへと導くのでしょう。
「アロンのメシア」と「十四万四千人のユダヤ人」は、「イスラエルのメシア」とともに、世界の救いのために働く神のしもべたちです。
新しい世界、弥勒の世(千年王国)は、大和民族の中から起こるでしょう。
それは、赦しと和解の国、罪穢れが取り除かれた平安と喜びと感謝と慈愛の国です。
そして、大和民族は、天皇を敬い、南朝と北朝の和解と一致、仏教と古神道の和解と一致のために執り成し、神仏習合の大和魂を回復させるのでしょう。
大和魂は、神が立てられた真実な指導者を悟り、「イスラエルのメシア」に従うでしょう。