明治維新は、日本国を封建国家から民主国家に変え、世界の近代社会の波に乗せて、神武天皇が造った単立的な日本国を、世界に開かれた国、すなわち、世界の国々に並ぶ一つの国家としたように思います。
日本神話の国が、世界の国々と並ぶ一つの国となりました。
長らく朝廷の置かれた京都から、国の霊的権威者である天皇を、東京の江戸城跡に建てられた皇居へと移しました。
江戸城は、戦国の世を終わらせて、鎌倉幕府から始まった武家政権を完成した江戸時代の象徴です。
武家政権は、神武天皇が国造りをした大和民族の本来の姿ではありません。江戸時代は平和であるからといって、日本神話の神々が造られた日本国の姿ではないと思います。
大和民族の礎を築いたのは、渡来して来た神の民(古代ユダヤ人)だと、私は考えています。
神武天皇は、ダビデ王の子孫だと思われます。古代のイスラエル王国は、二つの国に引き裂かれていました。それは、ダビデの子ソロモン王の不義によります。
不義によって神を怒らせたソロモン王の子孫には、ユダ族と王を出したベニヤミン部族の二つの部族が残されました。本来、ソロモン王はユダヤ民族十二部族の王として、ダビデ王の王座に着いていましたが、ソロモン王の子孫には、二部族だけが残されました。
残りの十部族は、ユダヤ民族十二部族の長子の権利を持つエフライム部族、すなわち、ヨセフ部族が王となりました。
二部族は「南ユダ王国」、十部族は「北イスラエル王国」。二つの国は同胞ですが、それぞれ王がいて、おのおのに預言者がいました。
神に背いた北イスラエル王国は、アッシリアに捕囚されました。その後、十部族は離散しました。神は、悪くなったイスラエルを怒り、イスラエルから国を取り上げることを決めておられたからです。
十部族がアッシリアに捕囚されたのを見ていながら、二部族は神への背きの罪を悔改めませんでした。神は、十部族のほうがまだマシだったと怒り、二部族をバビロンに捕囚しました。
しかし、二部族には、神がとこしえの王座を約束をしたダビデ王の子孫がいます。神は、バビロン捕囚期間を七十年と定めて、二部族の南ユダをイスラエルの地に帰還させました。
アッシリアに捕囚された十部族のうち、神が正しいと認めた少数の人たちを、東に向かわせ、極東の島国へと導き入れられたのでしょう。
「十部族が捕囚されたならば、わざわいに遭う前に出て行きなさい。そして、イスラエルを忘れなさい。」と、二部族の王であるソロモン王の子孫に語られたとの噂もあります。こうして、神の御告げに従い、ソロモン王の子孫、すなわち、王家の子孫は、バビロン捕囚の前に、南ユダ王国を出て、東に向かい、極東の島国へと導き入れられたのでしょう。
二部族は途中で仏教の教えの影響を受けて、正しい生き方を大切にする民として、日本列島に渡来したように思います。神は、日本列島に、生けるまことの神に忠実に従う神の民の国、すなわち、大和の国を造る御計画だったのでしょう。
十部族は、日本列島に渡来すると、ユダヤ人の先祖の信仰によって神事を行ったことでしょう。自然の中にいのちの営みを経験し目に見えないものを恐れていた先住民たちは、自分たちが恐れていた目に見えない存在は「神」であったことを悟り、渡来人たちを「神の民」として敬い、彼らに従ったでしょう。
日本列島には、すでに、目に見えない存在を畏れる先住民がいました。それゆえ、先住民は、渡来した古代ユダヤ人たちに神の臨在を見、彼らを神の民として敬う心を持ち、神の民に従うために整えられていたのです。
それが、ほかの国々とは全く異なる点です。ほかの多くの国々では、離散したユダヤ人たちを寄留者として扱いました。決してユダヤの民を神の民として敬うことはありません。彼らは、国を失った民です。国々の民は、ユダヤ人の神にへりくだることはありませんでした。
日本列島は、神が選んだ特別な場所でした。そこの先住民たちの心はすでに備えられていました。目に見えない神を畏れ、神に仕える神の民に従う者として整えられていたのです。
それで、神は、心が神とともにある忠実な神の民(古代ユダヤ人)を選び分けて、日本列島に辿り着かせられたのでしょう。
日本列島には、神を恐れる先住民と、神に忠実な神の民(渡来した古代ユダヤ人)によって、一つの国が造られました。大和民族の国です。神々を恐れ、日本神話を残した神の国です。
最初の十部族が、先住民たちの心を、天地万物を造られた全能の神、イスラエルの神に向けました。
神の御意志により、神は、後から渡来して来た二部族に、国造りを命じられたのでしょう。二部族には、ダビデ王の子ソロモン王の子孫がいます。仏教的教えである、人としての正しい生き方を国民の礎とします。すでに、神の存在を知る人々に、「和の心」を築いて、和の国を造り、神に仕える「大和の国(神の民の国)」をかたち造ったのでしょう。
最初の天皇神武天皇は、南朝の天皇であり、南ユダ王国の王子でしょう。
南朝の天皇によって、大和民族の国は造られました。十二部族全体の王座を持つダビデ王の子孫であると考えます。
南ユダ王国がバビロン捕囚された時には、南ユダの王はすでに東に向かっていたことでしょう。それゆえ、バビロン捕囚から帰還したユダヤ人たちの中には王座に着く「王」はいませんでした。第二神殿を建設したのはユダの総督ゼルバベルです。
それから、約500年ほどして、ダビデの子孫イエス・キリストが「ユダヤ人の王」として降誕されました。
イエス・キリストは、二部族の王ではなく、十二部族全体の王、すなわち、イスラエル王国のダビデの王座に着く「イスラエルの王」として、再び、地上に来られます。
さて、江戸城の跡地に建てられた皇居にはいられたのは、北朝の天皇でした。十二部族に王座をもっていたユダ族のダビデの子孫ではなく、十二部族の長子である十部族の王です。
明治天皇は、自分は北朝であって、本当の天皇は三種の神器を所有する南朝の天皇だと言っておられたそうです。北朝であるから、武家政権の名残りの場所に移されたのかもしれません。南朝の天皇は神の霊的権威者ですから、徳川支配の霊的影響の残る場所に入ることは神が許されないでしょう。
神は、日本神話の神々の助けによって大和民族をつくった南朝の天皇の主権を守られたのでしょう。神には、御計画がありました。
大和民族は、世の終わりに、神がユダヤ人の救いのために立たせる「ふたりの証人」を出す民族です。
神は、大和民族を造るために、「これこそ、本当のイスラエル人だ。(天地万物を造られた全能の神に仕える真実なイスラエル人だ。彼のうちには、アブラハムの信仰がある)彼のうちには偽りがない。」と思召された古代ユダヤ人たちを、極東の島国に集められた、と思われます。
北朝の天皇の皇統は、神の御旨にかないました。それで、北朝の天皇の皇統の締めくくりとして、天皇家におひとりの内親王をお授けになったのでしょう。
南朝の天皇のおしるしは「鶴」、北朝の天皇のおしるしは「亀」。
神は、世の終わりに、南朝の皇統を回復されるでしょう。
鶴と亀の祈りが一つとなって天に上ると、夜明けの晩(大峠〈患難期〉に入る前)に、霊的な神の国(七つの御霊の教会)を建て上げるために、南朝の天皇の子孫のひとりが出現するでしょう。
大和魂を御救いに導き、世界の人々の光となり、ユダヤ人を救う「ユダの総督」イスラエルのメシアです。
しかし、隠されているその人は、人間の目で見るならば、見とれるような姿もなく、輝きもなく、南朝の皇統の人だと知らされません。身分も地位もない普通の人です。その人は、人々から尊ばれる人ではありません。
しかし、いのちの光を持つ大和魂には、この人について行けば大丈夫、という霊的確信と安心感があります。彼らは、このユダの総督に従うでしょう。
神は、日本人が救われるために、良い備えを用意してくださいました。
それは、神が今上天皇家に賜わったひとり子、内親王敬宮愛子さまです。神は、北朝の皇統に男の子を必要とされませんでした。世の終わりには、北朝から南朝に霊統を戻されるからです。
日本国から、霊的な神の国の扉が開かれますが、その国は、地上の政府や宗教とは相いれないものです。地上の魂たちは、地上の天皇を求めるでしょう。
しかし、とこしえの神の国にはいる国民(大和魂)は、神の国の霊的指導者に従うのです。
YouTube観測されない世界の「『女性が継ぐとき、あの世の扉が開く』宜保愛子の極秘ノートが予言する第3の選択肢!」という動画を見て、合点がいきました。
日本国がどのような判断をしようとも、愛子さまを選ぶ魂のうちには、いのちの光が宿ることでしょう。いのちの光を宿す魂は、「イスラエルのメシア」を霊で捉えることができるので、彼に従っていのちの道を歩むことでしょう。
愛子さまの存在は、メシアを正しく捉えるために、魂を備えさせてくれることでしょう。
天皇という王冠がない愛子さまを、「この方こそふさわしい。」と思える魂は、霊的に正しい選択をする感性を受け取っているのです。
南朝の天皇の子孫のひとりと、北朝の皇統の最後の天皇家(今上天皇家)の霊性が統合するとき、大和民族が造られた目的が成就して、新しい神の国(霊的に建て上げられる、永遠に生きる人たちのとこしえの神の国)の扉が開かれることでしょう。