私は、信仰歴四十二年目にして、自分は大和民族の完成のために召されていることを知るに至りました。
私の生家は、家の前の畑をはさんだお寺の裏にあります。
母親がもうひとり子どもが欲しいと祈願して、お寺の子安観音に寒参り(寒い日の朝早く裸足でお寺の階段を上って祈願する祈り)だったか、お百度参りだったかをして授かったのが、私だそうです。
上の子である姉と七歳離れて生まれました。
男の子が欲しいと思っていた両親は、男の子の名前しか考えていませんでした。しかし、生まれてみると、女の子でした。
子安観音に祈願して授かった子だから、観音様の字をいただいた名前にしたいと母が思い描いていると、父も同じ思いであったようで、父のほうから、子安観世音の、「安」と「世」から取ってやすよにしようと言いました。しかし、やすの字は「泰」にしたいということで、「泰世」になったと聞きました。
園長が浄土真宗西本願寺の人である、近くの保育園に通園しました。
家の前のお寺は臨済宗で、お釈迦様の生まれた4月8日の花祭りの日には、お寺へ行って甘茶を飲んでいました。お寺の周囲は、子どもたちの遊び場でした。観音様によって生まれた子という意識も少しあって、お寺とは縁を感じていました。
浄土真宗東本願寺の大学に入学しました。仏教の教えは哲学的で深いけれども、私が求めている救いと解放を見つけることはありませんでした。
私は、自分のうちにうごめく邪気と憎しみに悩んで、これらからの解放を願っていたのです。高校時代、解放を求めて、般若心経を毎晩唱えていました。そのとき、男の人のような太く権威のある声が脳裏に響きました。
「邪念を捨てろ。無心になれ。」
無心になるということがどういうことなのか、とうとうわからないまま、卒業しました。
大学卒業後、本屋で目が釘付けになった一冊の本、三浦綾子さんの本を手に取り、その後読んだ幾冊もの三浦綾子さんの本によって、キリストを知ることとなりました。
キリスト教会で受洗してからわかったことですが、保育園児の頃、いつも遊びに行っていた家がありましたが、母よりも年上であるその家のおばさんは、幼い頃日曜学校に行っていて、その家でも、毎週聖書の学びをしていたようです。
その家は、中部電力の社宅で、私が赤ちゃんの時からお世話になっていた人が退職したあとに入居した別の家族でした。住人がかわっても、幼い私は、いつも通りその家に遊びに行っていて、次に来た新しい家族にも可愛がられるようになったのでした。
私の記憶にはないですが、その聖書の集会に私も参加していたのでしょう。
その頃、しきりに、母に「神様っているの?」と訊いていたことは覚えています。
自分の記憶にはないですが、私は幼い頃から聖書の神に触れていたことになります。
高校進学の時も、大学進学の時も、それぞれの担任の先生は、キリスト教系の高校、また、キリスト教系の大学を勧めていたことを思い出すと、それぞれの道にキリストへの道が設けられていたことを思います。
小学三年生くらいに啓示的夢を見ました。
父と母が崖の上に立っています。私が後ろから叫んでいます。「お父ちゃん。お母ちゃん。危ないよ。そっち行くと死んじゃうよ。」
私の叫び声に、父と母は振り返り、私の方に顔を向けます。驚愕しました。父の目も母の目も、白目だったのです。父や母は何も見えていなかったでしょう。
私は、恐ろしさのあまり、目を覚ましました。そして、心に刻印しました。父と母の後ろについて行くと、私も死んでしまう。
小学五年生くらいだったのか、それとも中学生になっていたのか、一つの夢を見ました。真っ黒い衣に身を固め、魔法使いのおばあさんが持つ杖のような杖を手に持つ怪しげな男が、もう一方の手に聖書のような分厚い本を持っており、その書物を傾けるとパタパタと音を立ててページがめくられていきます。
そして、私にその書物を押しつけるようにして「これを読みなさい。」と命令するのです。私は直感的に「悪魔の書物だ。これに触れてはならない。」と思い、拒絶すると、その黒ずくめの男は消えました。
恐怖の中で激しく抵抗したままの状態で目を覚ましました。目を覚ました後も、まるで現実のことであったかのように、あのパタパタというページの塊がたてる音が、耳に残っていました。そのとき、暗い霊的な恐ろしい存在がいることを認識しました。
死と闇という事が、私の意識の根底に消えない存在として置かれたように思います。
神の恵みにより、十字架につけられたイエス・キリストは神の御子であること、そして、私の罪の身代わりに十字架にかかり、私の罪を赦すために罪の贖いの血を流してくださった「私の救い主」であることを信じることができました。
キリストを心に迎えると、私のうちにある邪気と死の恐怖に陥れる憎しみや赦せない心の鎖、キリスト教でいうところの罪の縄目が解かれて、私を縛りつけていた闇の力から解放された自由の感覚を味わいました。
仏教では出会うことのなかった、とこしえの光の中にはいった実感がありました。とこしえの光とは、救いであり、いのちの喜びと輝きです。
洗礼を受け、献身をすると、自分の罪と戦うというのとは異なる苦しみの連続でした。聖書学院の学生時代は、自分との戦いでした。卒業してからは、相手のある霊の戦いです。
クリスチャンという言葉は、私の信仰を表わすのには、ピッタリこないように思っていました。キリスト教会は、私にとって、養女にはいった家のようでした。自分の本当の居場所ではないような感覚がいつもありました。
魂が、本当の親に憧れているような状態でした。
イエスの父であられる父なる神を「天のお父様」と心から思えるのですが、御父の用意された家に居ないような気がして、魂はいつも守りの姿勢を崩さず、緊張しており孤独を抱えていました。
私にとって、キリスト教会は修行の場所でした。無意識のうちに心のどこかで、ここに長くいないように感じていました。
神がひとりで礼拝をするように導かれたので、約二十年でキリスト教会での信仰を終えて、ひとりで礼拝して、約二十ニ年になります。
その週のメッセージ箇所を朗読して、その後、祈りと黙想の中で神からのメッセージを受け取るという礼拝です。
聖書学院に入学するとき、母教会には献身することを反対され、私に使命があると信じてもらえなかったこともあって、いつも不安を抱えていました。
神は、聖書のみことばで、わたしを支えてくださいました。
「天の神ご自身が、私たちを成功させてくださる。だから、そのしもべである私たちは、再建に取りかかっているのだ。」(ネヘミヤ2:20)
天の神ご自身が成功させてくださる。これが、私の信仰でした。何が成功なのか、何が再建なのか、わからないまま、ただ、恥をかきたくない、失敗しないように守ってください、成功させてください、と神にすがっていました。
そして、現在、大和民族の中から、世界を救うメシアと呼ばれる人たちが起こることを知ることとなりました。彼らは、ユダヤ人の時に立つ霊的指導者たちです。
地上から聖霊が引き上げられた後に神に遣わされるエリヤの霊の人たち、すなわち、「ユダの総督」と「大祭司ヨシュア」です。私は、「イスラエルのメシア」と「アロンのメシア」として捉えています。神武天皇、すなわちカムヤマトイワレヒコの子孫である人と、古神道の中の油注がれた人と、「子羊の名」と「子羊の父の名」が印された十四万四千人、これらの神に召された人たちとともに御霊はおられるのでしょう。
そのときには聖霊は引き上げられているので、クリスチャンたちは、もはや御霊から啓示を受けることができません。もう一人の助け主である「真理の御霊」は天に引き上げられているからです。すべての人は、神が遣わされたエリヤの霊の人たちのことばに従う時代になると思われます。彼らは、イエスのことばを思い起こさせ真理を教えてくれる御霊が取り去られた後に、神が遣わされた神の人たちだからです。
彼らが出現するためには、大和魂の回復と、神武天皇によって始められた国造りを完成する神武天皇の血統の人を迎えるために、大和民族が備えられなければなりません。
私は、永遠のいのちの救いは、キリスト教だけのものではない、御霊の教会こそがとこしえの教会なのだ、という結論に至っています。それゆえ、キリスト教徒だけではなく、仏教、古神道、神道、そのほかの宗教、無宗教の人たちの救いのためにも、神は、真理と結び合わせる光として、神に油注がれたふたりを起こされるのでしょう。
教会の中では異端の教えのように受け取られるでしょうが、ここに来て、やっとネヘミヤ2:20のみことばの意味を理解しました。
「天の神ご自身が、私たち(大和民族)を成功させてくださる。だから、そのしもべである(生けるまことの神を信じ崇める)私たちは、再建(神の御計画の完成)に取りかかっているのだ。
しかし、(その働きを疑い、非難する)あなたがたには(いのちの木のある新しい)エルサレムの中に何の分け前も、権利も、記念もないのだ。」
魂の救われる新しい神の国を待ち望んでいる人たち、仏教、古神道、神道、キリスト教、カトリック、そのほかの宗教、また、無宗教の人たち、大和民族の人たち、神は、私たちを成功させてくださいます。
天の神ご自身が私たちを成功させてくださいます。
真理の光を見つめ、希望をもって、一人ひとりやるべきことをなし、真実な心で、正しい人はいよいよ正しいことを行ない、聖徒はいよいよ聖なるものとされましょう。