ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

日本の使命

 

 ある時から、日本に与えられた使命が何かを気にするようになりました。

 「日本の使命は何ですか。」といつも主に祈り、祈れば祈るほど、頭から離れない関心事となりました。

 

 イスラエル民族に使命があるように、人がその民族に生まれて来た意味があるのではないのか。人類の歴史には、神の御心が成し遂げられるために、それぞれの民族がそれぞれの役割を担って互いに影響し合い、神の御計画の成るために組み込まれているのではないのか、との思いが強くなったのでした。

 

 そして、とうとうその答えを得る時が来ました。

 イスラエルの回復のために八十年以上祈り続けてきたある教会が主催する、超教派のセミナーでのことでした。

 

 「日本人の使命は何か」と、ドンピシャなテーマでした。

 黙示録から語られました。

 

 「『私たちが神のしもべたちの額に印を押してしまうまで、地にも海にも木にも害を与えてはいけない。』

 それから私が、印を押された人々の数を聞くと、イスラエルの子孫のあらゆる部族の者が印を押されて、十四万四千人であった。

 ユダの部族で印を押された者が一万二千人、ルベンの部族で一万二千人、ガドの部族で一万二千人、アセルの部族で一万二千人、ナフタリの部族で一万二千人、マナセの部族で一万二千人、シメオンの部族で一万二千人、レビの部族で一万二千人、イッサカルの部族で一万二千人、ゼブルンの部族で一万二千人、ヨセフ(エフライム)の部族で一万二千人、ベニヤミンの部族で一万二千人、印を押された者がいた。」(黙示録7:3-8)

 

 講師は、これらの十二部族の十四万四千人のユダヤ人に印を押す働きが、日本人の役割である、と言われました。

 このことは、講師の父親が生前、神から示されたことらしいです。それゆえ、この群れは、イスラエルの回復とともに、十四万四千人のユダヤ人の額に印を押すということのために祈っておられたのです。

 

 「ひとりの御使いが、生ける神の印を持って、日の出るほうから上って来た。」(黙示録7:2)の記述から、日の出る極東の国の日本から、印を押す人が立つ、と語られました。

 

 しかし、印を押すとはどういうことなのか、また、どのようなユダヤ人たちに印を押すのか、そういう具体的なことまでは啓かれていませんでした。

 

 私はセミナーの後から、祈り続けました。印を押すとはどのような印を押すのか、また、神が印を押されるユダヤ人はどんな人々なのか。

 

 そのセミナーの主催教会の学びに十五年以上参加しました。

 メシアニック・ジューとの関わりが開かれているその群れは、エルサレムにあるメシアニック・ジューのシナゴーグに行って、日本人に開かれた神の真理(生けるまことの神は律法ではなく、霊とまことをもって礼拝することを望んでおられること)を伝えて、自然の中に神を認め自然と調和して生きて来た日本人、目に見えない神を霊によって捉えてすべてのものに神がおられることを意識して来た日本人の信仰を語っておられました。

 

 十四万四千人のユダヤ人に押される印が、生ける神の印であることはわかっていました。しかし、生ける神の印とは、具体的に何のことなのかまでは啓かれていませんでした。

 

 印の押されるユダヤ人がどのような人々かなのか、はっきりしないまま、ユダヤ人に生ける神を伝えなければならないと、実践されていたのです。

 

 しばらくして、生ける神の印が子羊の名(神の子羊キリスト・イエス)と、子羊の父の名(神の子羊イエスをイスラエルに遣わされた、イエス・キリストの父)であることがぼんやりと見えて来ました。

 

 「私(ヨハネ)は見た。見よ。子羊(罪の贖いを成し遂げて死と悪魔に勝利をとられたイエス・キリスト)がシオンの山の上に立っていた。

 また子羊とともに十四万四千人の人たちがいて、その額には子羊の名と、子羊の父の名とがしるしてあった。」(黙示録14:1)

 

 十四万四千人のユダヤ人の額(思い)に押された、生ける神の印は、子羊の名と父の名だったのです。

 

 「彼ら(十四万四千人のユダヤ人)は女(人間の教えの不純物が混合する宗教、すなわち、純粋な真理の教えではない人間がつくり出した宗教)によって汚されたことのない人々である。彼らは童貞なのである。彼らは、子羊の行く所には、どこにでもついて行く。彼らは、神および子羊にささげられる初穂として、人々の中から贖われたのである。(額に子羊の名と父の名の印が押された彼らの思いは、キリストとひとつとなり、キリストの御霊が導かれるところに従順に従う十四万四千人のユダヤ人は、キリストのからだ(新しく創造された御霊の教会)の初穂なのです。)

 彼らの口には偽りがなかった。(十四万四千人のユダヤ人の宣教のことばは、キリスト・イエスご自身のことばです。)

 彼らは傷のないものである。(偶像の神との関わりを持ったことにない彼らは、神に召された者、生ける神に仕える者です。)」(黙示録14:4,5)

 

 十四万四千人のユダヤ人は、神が、神のひとり子である子羊イエス・キリストのために用意された、キリストの花嫁なのでしょう。霊においても、魂においても、汚れのない者、傷のない者なのです。

 

 ユダヤ教に属する者ではありません。キリスト教に関わったことのない者です。聖書の律法の下にはいません。

 彼らは、自然の中に満ち満ちた生ける神とともに歩む人々なのです。

 

 東(日の出るほう)から上って来た御使いは、聖書を知らない民、日本の民から現われるのでしょう。彼は、イスラエルのメシアであり、卍と十字の紋章を持つ男性です。

 そして、宗教と関わりを持たない、神に召された十四万四千人のユダヤ人の額(思い)に子羊の名と父の名の印を押すのです。

 

 十四万四千人のユダヤ人は、日本にいるだけではありません。少数民族の中にいて、世界中に散在しているのです。

 

 女預言者をイスラエルのメシアのところに遣わして、世の終わりの働きの油を注がれた神は、女預言者とイスラエルのメシアをアロンのメシアのところへと導き、子羊の名と父の名の生ける神の名を知らせ、卍と十字の紋章を持つ「イスラエルのメシア」と○の紋章を持つ「アロンのメシア」が一致して、ともに居る同僚たちの額(思い)に子羊の名と父の名の生ける神の印を押すのでしょう。

 彼らに印が押されると、日本にまことの神、生ける神の御救いの福音が広がります。

 

 聖霊の宮である女預言者は、ふたりの証人にとって御霊のような働きをするでしょう。ふたりを従えて世界中の少数民族の人々のところへ連れて行き、彼らの額に生ける神の印を押し、神が召された十四万四千人のユダヤ人を完成します。

 

 生ける神の印を押された十四万四千人のユダヤ人の福音宣教によって、生ける神が授けられるキリストの福音が伝えられ、世界中に救いを得る人々が起こされることでしょう。

 

 日本の使命は、生ける神を世界に伝えることです。

 そして、生ける神を世界に伝える使命を担う日本人から、イスラエルのメシアとアロンのメシアが起こるでしょう。ふたりは、十四万四千人のユダヤ人の額に生ける神の印を押して行く人々です。

 

 日本には、十四万四千人のユダヤ人の額に生ける神の印を押す使命があるのです。

 自然を愛し、自然に愛された日本人が、神に召された十四万四千人のユダヤ人(キリストの花嫁)を見出して完成し、また、十四万四千人のユダヤ人は、異邦人の時に完成する御霊の教会を整え、ユダヤ人の時に御救いを受ける御霊の教会を整えるのです。

 

 神の国である御霊の教会の建て上げを、聖書を知らない日本人(と言っても、日本人には理解できないでしょうが、血肉のユダヤ人でもあるのです。)から起こし、御霊の教会の完成のわざを始められるとは、私たちには不思議なことですね。