ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

そのままの私を 神は愛しておられた


  母教会を出て一年後くらいの事です。体の調子が思わしくありませんでした。長く立っていられないのです。

  座っているのも辛くて畳に寝転ぶと、体が畳に吸い込まれていくように感じます。自分の体なのに、自分の思うようにならない。

  立ち上がる事、歩く事、一つ一つの動作に意識を向けて日常生活をこなしていく事に、精一杯でした。どうなっていくのだろう。不安で一杯でした。

  病院で検査をしました。なんと、肺結核だというではありませんか。えっ、まだ結核なんていう病気があったの?というのが、第一の感想でした。

  熱もなく、咳も痰もありませんでした。ただ、体がだるく体力が無い状態でした。診断されてから、咳が出始めました。

  結核は伝染病です。いつどこで誰から?思い当たりません。

  さっそく入院です。四人部屋でした。食事は用意され、ベッドで横たわる生活で安堵しました。自分で何もしなくてもいい、とあらゆる重荷を置く事が出来ました。

  同室の三人は、創価学会信者だというではありませんか。重荷を下ろし安堵したのもつかの間、緊張し守りの体勢に入りました。

  かつて、母教会で姉妹と二人で福音を伝えるために地域を回っていた時、たまたま創価学会の方の家に行ってしまいました。

  すごい剣幕で怒られました。先輩の姉妹は応戦し、すごいバトルを目の前にした時の、体が動かなくなるような恐怖を思い起こしました。

  あとで、その先輩から、創価学会の人はクリスチャンが大っ嫌いだから。何よりもクリスチャンを憎んでいると聞かされました。

  きっと同室の三人も憎むだろう、と思いました。私は毎日、病棟にある小さな図書室で、朝食を食べてから昼食までの間中、神を礼拝し祈り続けました。

  結核は、私の不信仰が原因だと知らされました。神に献身したのに、すべては終わった。神が「ご苦労様、もういいよ」とあしらわれたように感じていたのでした。

  神に捨てられた、献身者失格の烙印が押されたと、落胆していたのです。神は、それを不信仰の罪といわれたのでした。

  神の法では、不信仰の罪は最も重い罪なのです。

  「わたしがしていることは、今はあなたには分からないが、あとでわかるようになる」との聖句をいただきました。この結核があなたの証となるといわれたのでした。

  私は、創価学会の霊が怖くて、自分の守りのために聖書を読み祈っているだけなのに、婦長さんは、「私も昔聖書を読んでいたのよ。あなたが聖書を読んでいるのを見て、また、旧約聖書を読みたくなったわ」と言われたのです。

  一人の人が退院されました。それまでお話していなかった二人と少しずつ話すようになりました。

  毎日聖書を持って、図書室へ行っているのを知っている二人は、「あんたのような人が婦人部長になってくれたらいいなぁ」なんて言い始めたのです。

  70代の人は、創価学会の天国の上にキリストの天国があると言い始めました。そんな天国はいくつもあるものでは無い、と思うのですが、その人は嬉しそうです。

  90代の人は、うたた寝している時に美しいお花畑にいる死んだ姉と自分を見た。天国や、とひとり夢心地です。

  二人は、キリストが一番や、と言い始めました。三人で紅茶を飲んで色んなお話をしました。看護婦さんは、「いいわね。この部屋は明るくて。みんなが生き生きしてるわ」と言われました。

  私は、創価学会の人も同じ人間なんだ、と分かりました。それからは、創価学会の人を恐れる事はなくなりました。

  三か月の入院予定だったのが、経過が良くて二か月で退院しました。

  私が結核になって、父は打ちのめされていました。私が生まれる以前、父のお兄さんが結核で亡くなっていました。

  母は「うちには、結核の系統は無い。あんたの方や」と言われて落ち込んでいました。仲がいいと思っていた両親のうちにある他人と直面した時でした。夫婦も他人なんやな、と思いました。

  この結核を患ってから、家族は変わりました。父はアパートに来て、冷蔵庫に野菜やスーパーで買って来た色々なものを詰めてくれるようになりました。

  家族として回復し始めたのです。労わる心が戻って来ました。

  病気をきっかけに、健康に留意して生活しました。おかげで、病院の薬を服用する事の無い生活を送っています。

  神のされる事は、人には理解出来ません。最悪だ、と思っている事のうちに、生涯大切な宝が隠されていたりするのです。

  神は血の通ったお方だと分かりました。律法のようなものでがんじがらめにするお方ではなくて、とっても人情味あふれた方でした。

  その当時結核の入院費は国が全額負担してくれました。栄養価のある美味しい食事(そこの病院食は美味しかったです)もいただきました。

  何の働きの無い者が、神のご配慮の中で養われたのです。そのままで神は愛しておられる、という事を身を持って実感した体験でした。